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小さい頃好きだった幼馴染みがキッカケで彼女が出来るお話

作者: クロシュ

 そこはとある高校の昼休み。

 せっかくの昼休みだと言うのに、彼らがいるのは自習室。そこでは女子生徒が一人、外国語の参考書を片手に購買の惣菜パンを食べている。


 その姿を見ながら少年は窓枠に座って、ポツリとその少女に話しかけた。


「なあ……例えばさ、小さい頃に好きだった幼馴染みが、自分の通ってる高校に転校生としてやって来たらどう思う?」

「転校生って、例え話にしては随分とタイムリーだけど、何?そうなの?」

「……そうだよ」


 彼、白谷梓紗は友達が居ないごく一般的な高校二年生だ。

 そしてつい今朝のこと。

 小さい頃に好きだった幼馴染みの女の子が転校生として自身の通う高校にやって来た事で、軽いパニックを起こしていた。


「良かったんじゃない?クラス同じでしょ?話したの?」

「俺がクラスメイトと話せる訳ないだろ……」

「あ、なんかごめん」


 梓紗が話しかけた彼女は藤沢那由多という女子生徒だ。二人は一度しか同じクラスになった事はないが、中学生の時から仲良くしている同級生だった。


「…………いいよ、自業自得だし」


 友達が居ないと一括りに言っても、梓紗は自分をその中では恵まれている方だと思っていた。

 理由は何であれ、少ない時間であっても昼休みの時間を一緒に過ごしてくれる、可愛い女の子の同級生が居る訳だから。


「小さい頃好きだった、って事は、今は違うの?」

「どうだろうな……初恋拗らせてる事は間違いないけど」

「前にも思ったけど、初恋拗らせてる陰キャってちょっとキモイよ」

「陰キャって言うな。……分かってんだよそんなの」


 那由多のいつも通りの辛辣な物言いに、梓紗は思わず気分を落とす。


「ま、でも会いたかったんでしょ?」

「それはそう……だけど、それはそうと会いたくなかった」

「なにそれ?」

「……あの頃は……」


 そう、所詮は小学生の頃だ。今ほど、他人の意思や自分の気持ち、物事を深く考えることなんてしなかった。


「スポーツ得意だったし、成績も良かったし……」


 その程度のことで人気者になれたのに、今はそのどちらも出来ずに居る。


「白谷にそんな時期あったんだ、生意気だね」

「悪かったな、どうせ俺には似合わねえよ。それに小学生の頃の話だからな……。藤沢は知らないだろうけど、これでも優等生だったんだよ」

「へえ?じゃ、随分と落ちぶれたんだね。今じゃ私が居ないと中間テストにもついて行けないもんね」


 それは事実だったから、梓紗には全く口答えが出来ない。

 より一層気分を落としていると、那由多は参考書を閉じて梓紗に目を向けた。


「ね、白谷が陰キャになったのって、ご両親が原因だっけ」

「陰キャって言うなって」

「茶化さないでよ」


 梓紗は茶化してるつもりはなかった。

 ただ、どんな悪口を言われるよりも心に来るから止めて欲しいのだ。昔はこんなじゃなかったって、そう思ってしまうから。


「別に誰のせいって言うつもりはないから」


 梓紗が10歳の時、母親の不倫が原因で両親が離婚した。梓紗が付いて行った父親はその数ヶ月後に持病が原因で他界。

 そして梓紗は地元を離れて、父親の妹である人を保護者として生活している。

 ただ彼は、自分の境遇を悲観するつもりはなかった。


 地元を離れた後、ずっと両親のことを引き摺って塞ぎ込んでた自分が悪いのだと、そう思っている。

 結局のところ、落ちぶれたのは自分が原因だ。


「ま、今の方が性に合ってそうだけど?白谷って、根暗なんだし」

「ハッキリ言うよな……。そうだとしても、昔と違う姿を見られんのは、やっぱりなんか嫌なんだよ。友達も居ないし、勉強も一人だと付いて行けないしさ」


 全て那由多の言う通りだった、以前と比べてしまうと、随分と落ちぶれた。こんな姿を好きだった人に見せたくない、見られたくない、そう思っているから、自分から転校生に話しかけられずにいる。


「《《友達》》、ね。ホントに居ないもんねぇ」

「噛み締めんな!篠沢だって昼休みに俺と居る辺りあんま友達とか居ないだろ」

「私は放課後に遊ぶ友達とか普通に居るよ?」

「…………」


 梓紗は彼女のそういう姿を見たことはないが、自信持って言ってるのだから多分そうなんだろう。

 一人で「俺と違って交友関係もちゃんとしてるんだな、寧ろ俺に構ってるこの状況の方が、本来はおかしいのかも知れない」と納得した。

 那由多は愛嬌のある整った容姿をしているから、多少毒舌でも友人が多いことに違和感はない。


 梓紗がそう考えていると、那由多が話を戻した。


「ま、そんな事より、結局その転校生のことどうするの?」

「どうって……。別にどうもしないだろ、まず俺の事覚えてるかも分かんないし」

「直接会ったんでしょ?どうだったの?」


 そう聞かれて梓紗は今朝のことを思い出す。


「取り敢えず……今朝は見向きもされなかった」

「ははっ、どんま」

「笑うなよ……」

「白谷って、昔とどのくらい見た目違うの?私は中学の不登校だった頃からしか、知らないんだけど」

「前は……」


 梓紗が思い出そうとして口を閉じると、先に那由多が口を開いた。


「あ、やっぱり良いや、聞かなくて」

「……えぇ?」

「だってよく考えなくても、昔の白谷に興味ないし」


 梓紗が小さく「あ、そう」と呟いて窓の外に目を向けた。聞かれたから考えていたのに、と若干拗ねていると、いつの間にか那由多がそばに来ていた事に気付いた。


「うわっ」

「は?なに?」

「いや……」

「あっそ。ともかくさ、どうもしないなら気にしないで過ごせば良いんじゃない?」

「気になる物は気になるんだよ……」

「今日の白谷、女々しい事しか言わないじゃん」

「放っといてくれ」

「話振ってきたの白谷なのに?」


 言われてみればその通りだ。そして梓紗は結局、那由多から例え話の答えを聞けずじまいだった。

 それに気づいた梓紗が思わずため息を吐くと、そこにチャイムの音が重なった。


「あ、そうだ篠沢」

「なに?」

「放課後ちょっと付き合って」

「中間テストの復習?」

「そうそう。駅前に新しい喫茶店出来たらしいから、そこ行こう」

「いいよ。幼馴染みに忘れられてた可哀想な白谷と放課後デートしてあげましょう」


 梓紗が勉強を見てもらうだけなのに、デートと言って良いものなのか?と頭に疑問符を浮かべた。

 確かに、放課後に同級生の女子と喫茶店に行く、とだけ言ったら普通にデートかも知れない。


「ていうか白谷のクラス、次移動教室じゃなかったっけ準備しなくて良いの?」

「えっ……あ、そうじゃんやばっ。じゃ、放課後よろしくな」

「はいはい。後でね」


 梓紗が自習室を出て行ったあと、那由多はゆっくりと伸びをしてから、参考書を片手に自習室を出た。


 すると廊下の向かい側にある教室から、今話題の転校生が数人の男子生徒に囲まれた状態で現れた。

 那由多と転校生は一瞬だけ目が合ったが、その女子生徒は特に気にした様子もなく顔を背けた。


 那由多は釣られる様に同じ方向を見ると、一人で廊下を歩く梓紗の姿があった。


 再度那由多が転校生に目を向けると、彼女の視線が梓紗に向けられている事に気付いた。


 男子生徒に囲まれたまま別の教室に向かった転校生の背を見送り、那由多は独りごちる。


「……覚えてるじゃん、転校生。筒美詩歩だっけ、幼馴染み……ね、なんか特別な感じ出して、やな感じ」


 意味もなく呟き、那由多は自分の教室に戻った。




 その後、午後の授業とホームルームが終わって放課後。

 梓紗が校門の近くで那由多を待ってスマホに目を落としていると、彼に近付いてくる足音が聞こえた。


「ん、篠沢──」

「ねえ君……やっぱり梓紗くん、だよね?」

「えっ……」


 言われた言葉の意味が分からず、梓紗は咄嗟に顔を上げる。目の前に居たのは待ち人の篠沢那由多ではなかった。


 見ているだけで懐かしさを覚える面影。梓紗は、一層美人になった幼馴染みの名前を呼んだ。


「……詩歩」

「うん、久しぶり、梓紗くん」

「あ、えっ……覚え、てた?」

「あはは、その……凄く格好よくなってたから、最初は分からなかったの。でも、ちゃんと覚えてるよ。だって私──」

「《《梓紗》》、何やってんの?」

「「えっ」」


 詩歩の言葉を遮りながら、那由多は二人に近付いて歩いた。

 そして梓紗の手を取り、腕を胸元に抱き寄せる。


「っ!?」


 詩歩は、自分以上に困惑している梓紗に気付かないまま、彼の腕を抱きしめる那由多に少し鋭い目を向ける。


「えっ、えっと、その子は……?」

「私?梓紗の彼女だけど」

「!!?」


 より一層困惑したのは梓紗で、彼は思わず言葉を失った。

 そんなのはお構い無しに、那由多はむぎゅう、と彼の腕を抱きしめる。

 

「あっ……そ、そうなんだ……。えと、私邪魔しちゃったかな?」

「そうかもね。私たちこれからデートだから、お話するなら今度にしてもらって良い?」

「そっか……そ、それじゃあ、またね、梓紗くん」


 それだけ言って詩歩はパタパタと校門の方に駆け足で立ち去ってしまった。那由多は、詩歩の表情が少しゆがんでいた事を見逃さなかった。


「……」

「ほら、早く行こうよ」


 愕然とした様子の梓紗から、那由多はパッと離れた。

 そうしてから、梓紗はパクパクと口を開閉して言葉を探す。


「お……お前っ……!な、何言ってくれてんの!?」

「んー?良いじゃん、どうせ白谷には私しか居ないんだし」

「いやそれは……そう、かも。じゃなくて、さっきのどう言うつもりだよ!?」

「どうって?」

「いやだから……か、彼女がどうとかって……」


 梓紗からすればあまりにも突拍子のない、飛躍した話だった。詩歩が何を話そうとしていたのかも分からず、那由多が何をしたかったのかも分からない。


 それなのに、那由多は平然とした表情で答えた。


「だって、白谷が言ったんじゃん。《《友達》》居ないって。つまり、私と白谷は友達じゃないんでしょ?」

「えっ、あぁ……だって、それは」


 そこまで呟き、梓紗は口をつぐんだ。

 その先をどう言葉にすれば良いか分からなくなって。


 梓紗の悩ましい表情を見て、那由多は小さくため息を吐いた。


「一応聞くけど、私が彼女は嫌?」

「えっ、嫌とかじゃなくて!寧ろ……」

「なら今はそれで良いでしょ。私はポッと出の転校生と梓紗がイイ感じになんのが嫌なの」

「えっ……」

「ほらいくよ」

「あ、ちょっ……それどういう事だよ!」


 先に校門を抜けて歩く那由多の背に、梓紗は疑問を投げかける。答えは返ってくる訳もなく、梓紗は「訳わかんねぇ」と零してから、那由多の背を追った。


 駆け寄って来る足音に振り返ることなく、那由多はぽつりと呟いた。


「ちょっとは自分で考えなよ。ばーか」


 その台詞が梓紗に届くことはなかった。

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