黒の矢
クトゥルフの開かれた触手から、まばゆい光が俺たちに迫ってくる。かつて、この世界をめちゃくちゃにした魔王から感じたのと同じ力だ。あれは、絶対にやばい。正直、ゾッとする。
フユコが叫び、巨大な氷の壁が出現した。並の攻撃ならシャットダウンするであろう防御スキルだ。けれど、その壁はまばゆい光に溶かされるように消えてしまった。今ので少しでも、敵の攻撃の威力が弱まってくれることを期待していたが、そうはいかないようだ。
が、分かったこともある。敵から放たれた光は俺へ向かって収束してきている。絶対に俺を消すという強い石を感じた。いいぜ。やってみろ。
俺と光との距離が限界まで狭まり、俺は動く。ここまで来られたら、もう相手をするしかない。全ての攻撃を防いでやる!
「パアリイィ!」
盾で収束する光を弾き返そうとした。だが、盾が光に触れた瞬間。それは消えてしまった。後ろでハルカさんが叫ぶ声が聞こえる。心配しなくても大丈夫。盾は消されたが、俺の存在が消された訳じゃない。
まばゆい光を全身でもろに受けながら、それを押し返すように両手を前へ突き出した。その動きに意味があるのかは分からないが、押し返そうって気持ちが大事なんだ。心の力ってのはバカにはできない。
光が、俺の存在を消そうとしているのが分かる。その力に対し、俺はしっかりと踏ん張って、存在をここに残そうと耐える。これは敵と俺との根気の勝負。そして、俺は根気には自信があるんだ。
光に耐えながら思い出す。かつて、夢の魔王が言っていた。魔王はものの存在を消す力を持つのだと、その力の強弱はあれど、ものの存在を消す力を持って始めて、魔王として認められるものなのだとか。だとすれば、今この光で俺を消そうとしている存在は間違いなく魔王なのだろう。だが、魔王なら既に倒した経験がある。今回もなんとか勝ちたいところだ。
伸ばした手の先で鎧が剥がれていくのが見える。光によって、俺の装備は消されていく。それでも、俺自身は消えない。俺には、騎士の面影のスキルがある。俺が皆を覚えている限り、皆が俺を覚えている限り、俺という存在は消されない。魔王たちが持つ、ものを消す力に対抗できる唯一の存在。それが俺なのだ。だから俺は魔王なんぞに絶対負けん。
クトゥルフと俺との根比べ。長く感じられたが、実際には数秒のこと。攻撃を耐えきった俺に対してクトゥルフが驚いているような気がした。そうだったら良いな。そして、俺が攻撃を耐えたってことは、お前の終わりだ。
「アキヤさん。準備ができた!」
「ああ! やってくれ!」
「分かってる。あのクトゥルフの向こうにの存在ごと、消してやる」
向こうの存在……? ハルカさんと話ながら、再び夢の魔王との会話を思い出した。そういえば、島に発生していたものは魔王そのものではなく、魔王がやってくるための門だったか。あのクトゥルフという化け物は、実際には門なのだ。俺の目に見えている化け物の向こうに、本物の化け物が居る。その存在にハルカさんは気付いているのだ。流石だな。ハルカさん。ならば、一発決めてやれ!
「射つぜ……黒の矢!」
一筋の黒い光が、ハルカさんの大弓から放たれた。それは、ハルカさんが消そうと願ったものを何であろうと消してしまう必殺の矢。相手が概念的な存在だろうが、実態が無かろうが、関係ない。ハルカさんが当たると思ったのなら、黒の矢は当たるのだ。味方にしても恐ろしく、それでいて頼もしい。相手を絶対に消滅させる一撃が敵を襲う。
クトゥルフに黒の矢が触れ、その体に大きな穴が空いた。やつに他の攻撃が一切通らなくても、黒の矢を防ぐことはできない。あれに耐えられるとしたら、俺くらいのものだろう。あまり試そうとは思わないが。
クトゥルフの体が崩れていく。おそらくは、向こうの存在とやらも、今の一撃によって倒されたのだろう。なんとか……なったか。今回の戦いは、想像以上に大変だった。
「ともあれ、一件落着かな」
「ん、だな……」
俺の言葉に、ハルカさんはぎこちなく答えた。というか、視線をそらしている? なんで……あぁ! クトゥルフの攻撃のせいで、今の俺って裸じゃん! うぅ……しまらないなあ。というかだ。サナが戻ってくる前に急がないと!
「ハルカさん! 俺は服を着てくるから! 後のことは任せた!」
「えぇ!? い、いやでも服は着ないとだもんな! おう、任されたぜ!」
俺は急いでその場を離れた。後々、俺がハルカさんの元へ戻ってきた時にはサナとタマちゃんも戻ってきていた。サナはともかく、タマちゃんは「活躍の機会を残していてクダサイヨ!」とブーたれていた。あの戦いでタマちゃんが活躍できる場はあったかなあ……?
まあ、終わり良ければ全て良しだ。クトゥルフは消滅し、嵐も止んだ。ハルカさんはへたり込み、その場で眠ってしまったようだ。黒の矢は使うとかなり疲れるらしいからな。今はおやすみ、ハルカさん。
俺も疲れた。今日は午後まで眠らせてもらおう。




