夜の島の決戦
監理局前の戦闘は援軍のおかげで順調に進み、その時はやってきた。ぽつぽつと雨が降り始め、やがて嵐がやって来る。嵐は島民たちの動きを止める。やがて、彼らは糸の切れた人形のように、その場に崩れ落ちる。そのうちの一人に駆け寄ると、眠っていることが確認できた。彼らが生きているようで一安心だ。
「おじさまー! 無事でいらしてー?」
監理局の屋上からウイカゼさんとハルカさんが飛び降りてきた。アキヅキは屋上に待機しているようだ。ともあれ、ウイカゼさんのスキルは無事に発動したようだ。肌に当たる雨を心地よく感じる。
「解呪の嵐、無事に発動しましたわ。これで島の人たちが大人しくなってくれると良いのですけれど」
「島民たちは操られていただけだろう。ウイカゼさんのスキルが発動した今、彼らは眠りについたようだし、陸に上がってきた魔物たちもあらかた片付いた。後は北の漁村を……」
そこまで話した時だった。凍った海の下から、それがゆっくりと上昇してきているのが分かった。氷の海を割って出てくる気か? そう思ったのだけど、予想が外れた。それは氷面を静かに透過して現れる。実態がないのか? 触手のような頭を広げ、そいつは上昇していく。俺たちを見下ろすそいつは、異様な雰囲気を放っている。吐き気さえ覚える。とにかく、そいつがその場に居るのが嫌だった。
「話の途中だが、ラスボスの登場みたいだ」
「ですわね……」
嵐の中で、俺たちはそれぞれの獲物を構える。まず動いたのはハルカさんだった。大弓から矢が放たれる。続いて、監理局の屋上から炎が上がった。矢と炎による攻撃が大型の魔物をすり抜ける。あのクトゥルフとかいう魔物は実体が無いのか? 面倒なことこの上ないな。
「おじさん! 守りは任せた!」
「待て! サナ!」
サナが素早く動いた。彼女は何羽もの黒い鳥を生み出し、その鳥たちを飛び移るようにして移動する。素早い動きでクトゥルフの頭上をとった。並の魔物なら、あれでもう勝ちみたいなものだが……そう上手くはいかない気がする。
「重圧剣……!」
サナの獲物を活かした必殺の一撃……! が、決まらない……! サナの体はクトゥルフをすり抜け、そのまま凍った海に激闘。彼女は厚い氷を叩き割り、そのまま海に沈んでいった。ああ、海に! 海に! S級冒険者の彼女なら鎧を着て海に落ちてもなんとか戻って来られるだろうけど……姪っ子のことが心配だ。
「……言わんこっちゃない!」
「アキヤさん! 敵さん、攻撃してくるみたいだぜ!」
クトゥルフが広げていた触手の先が、今はこちらを向いていた。触手の先が花のように開き、その中には無数の歯と、奥に光輝く白いものが見えた。何か、攻撃をチャージしているな。俺の本能がその攻撃が破滅的な一撃であると予感させる。
「フユコ! TAMAGUMO部隊にすぐ島民を回収させろ! 俺の影犬も全て島民を屋内に運ぶのに使う!」
俺の言葉に応じ、フユコがTAMAGUMO 部隊に指示を飛ばす。けれども、そんなものは気休めだろう。幸い、今は敵の攻撃は全て俺に向いている。俺の近くの島民だけでもどこかに避難させれば、攻撃範囲から外せるかもしれない。そうだったら、良いんだが。
打てる手は全て打つ。やつに聞くかは分からないが、一応発動してみるか。時間稼ぎくらいにはなるかもしれん。
「黒眼!」
目のあった者を気絶させる強力なスキル。ただ、あの化け物相手に効果があるかは不安なところだが……お! 意外とやってみるもんだな。相手の動きが鈍るのが明らかに分かった。となれば、やつには何も効かないというわけでもないか。
「アキヤさん。やつには黒眼が効いた! そう考えて良いよな?」
ハルカさんに聞かれ俺は「だろうな」と答える。それから、彼女が「じゃあ、私もアレを使うぜ」と言うまでは早かった。彼女にはできるだけあのスキルは使わせたくなかったが、今は使わざるを得ない時だろう。彼女の覚悟を無下にはできない。
「……分かった。スキル発動までの時間は俺が稼ぐ」
「頼んだぜ……! アキヤさん!」
愛する人からの頼みとあれば、頑張らないわけにはいかないな。黒眼の効果は今のやり取りをしているうちに切れたようだ。再び、敵が攻撃のチャージを始める。こちらも再び黒眼を発動してみたが、効果は無かった。今ので黒眼も、適応されたか……本当に厄介な相手だ。
「おじさま! これを!」
ウイカゼさんから投げ渡されたエリクサーを一気に飲み、体力と魔力が体に漲るのを感じた。おそらく、この後の数秒から十数秒で決着がつく。敵の強さは未知数。あの花のように開かれた触手から放たれるのは、とんでもない攻撃だろう。だが、とんでもない攻撃ならば、ハルカさんにもある。そして、彼女が攻撃を決めるまでの時間、俺が彼女を守りきる!
決意を固め、獲物を構えたまま、敵の攻撃を待つ。ここまでにできることは、ほとんどやった。だから、信じているぞ。ハルカさん。そして君も、俺を信じていてくれ。
そしていよいよ、敵からの攻撃が放たれた。




