遥か彼方の未来へ
朝、目が覚めてから。自室のベッドに腰をかけて考えていた。ここにリリスの姿は無い。彼女が話していたことを思い返す。ちょっと、複雑な気分だ。
リリスは今も夢の世界で門番の役割を続けている。今なら、彼女がこちらの世界へ来ても良いのではないかと聞いてみたが、彼女は自分がこちらへ戻って来る資格は無いのだと譲らない。彼女にとって不本意だったとしても、白漂に協力していたことを気にしている様子だった。気にするのも仕方がないのかもしれない。
それに新たな魔王がこちらへとやって来る可能性もあるからと、リリスは話していた。もう、白漂のようなやつは、こちらの世界には来させないからという言葉が印象に残っている。
それでも、と俺は思う。もし、また白漂のようなやつが現れた時、リリスでは止められないかもしれない。だから、もしもの時には、俺たちはこの世界を守れるよう準備をしておく必要がある。もう二度と、勝手なやつに世界を好き放題されないように。
決意を固めて、立ち上がり、部屋を出た。今は、今できることをする。それが遠い未来にも、繋がるはずだ。
今日も家を出て、日課のランニングを始める。外は平和そのもの。こんな日々が、これからも続いてほしいと思う。でも、もしものことがあるかもしれない。なんて、考えていると。
「――はよ! アキヤさん。私もご一緒させてくれよなー!」
ハルカさんがランニングに合流してきた。最近は待ち合わせていなくても、朝走る度に、この辺りでハルカさんと合流する。心が通じ合っているようで、少し嬉しい。
二人で並んで走っているとハルカさんから「ちょっと良いかい?」と、話しかけてきた。彼女が言いたいことがあるのなら、俺に遮る理由はない。喜んで話を聞く。
「昨日見た夢の話なんだけどさ」
「夢の話?」
「そう、寝てる間の話。いつか夢に出てきた仮面の人が、また私の夢に出てきたんだ。アキヤさんに、言われてきたって」
「なるほど?」
とぼけてみたが、聡いハルカさんなら、俺が何か隠していることは察しているだろう。というか、思いきり名前が出ちゃってるからな。夢の話とはいえ、無関係と言い張るのは難しいかもしれない。
実は……あの夜、俺はリリスに言ったのだ。たまには、夢の中でも良いから娘に会いに行ってやれと。そうして、リリスはすぐに行動したらしい。彼女がハルカさんに会いに行ってくれたのは嬉しく思う。
「……それで、仮面の人は他に何か言ってた?」
「まあ、世間話かな。最近、調子はどうか……とか、そんな感じ」
「そっか……」
「アキヤさんと私と、仲良くやれてるか、とかも聞かれたよ。まあ、ぼちぼちだよって答えといたけど……本当はすっごい仲良しだなんて、答えるのは恥ずかしいし」
「恥ずかしいんだ?」
からかうように聞いてみると、ハルカさんは焦ったように「アキヤさんのことは大好きだけど……!」とつけ加えた。その焦っている様子が凄く可愛い。
「アキヤさんのことは大好きだけど、それを人に話すのは、ちょっと……恥ずかしいじゃん? いや、私がアキヤさんを好きなのは間違いないよ? 間違いないんだけど……」
「からかって悪かった。ハルカさんに、そう言ってもらえて、めっちゃ嬉しい」
「めっちゃ嬉しい? ほんとに?」
「ああ、本当だとも」
俺がそう言った途端、ハルカさんの顔がパッと明るくなった。そんな風に分かりやすく喜んでもらえると嬉しいじゃないか。
ハルカさんと、あれやこれやを話ながら、俺は走り続ける。彼女と並んで走っていると一体感のようなものが感じられた。その一体感は俺に元気を与えてくれる。そのうち、ハルカさんは、こんなことを話した。
「私の名前の由来、教えてたっけ?」
「ハルカさんの名前の由来? 春の季節からだと思ってたけど」
「それが、違うんだなあ」
楽しそうに話すハルカさんに強く興味を惹かれた。俺が「どういう由来なの?」と聞くと、彼女は遠くを見ながら言う。
「春の季節からもあるんだろうけど、遥か彼方って意味もあるんだ。遠く、ずっと遠くまで、手が届くようにって」
「なるほど……」
遥か彼方へ手が届くように。その願いは、とても尊いもののように思えた。
「……私たちさ、今度浅草ダンジョンに挑んで、その後も冒険は続けるじゃん? で、きっと冒険以外にも多くのことがあるんだと思う」
「そうだろうね」
「TAMAGUMOプロジェクトだとか、他にも多くのことが、私たちの回りで起こってる。あることが終われば、その時にはあることが始まってる。きりがなくて、気がついた時には、私たちは遠く、遠くに居るんだろうね。そんな私たちは、想像もつかないような何者かになっているかもしれない」
ハルカさんの話は少し抽象的な部分もあったけど、分かる。俺はこの頃、世の中や自分が変化していくのを感じている。そんな変化が積み重なって、遠い未来には、何がどうなっているのかなんて想像がつかない。
ハルカさんはチラリと俺を見た。そしてすぐに、彼女の視線は前方へ向いた。その姿は、かっこよくも見えた。
「アキヤさん。私が行く遥か彼方に、あなたも来てくれるよね?」
かっこよくもあり同時に不安そうでもあった彼女に対し、俺は返事を迷わない。嘘偽りの無い言葉を彼女に伝える。
「ハルカさんとなら、どこへでも行きたい」
「……そっか。じゃあ、行こうぜ! いつか、行けるところまで」
「ああ、行けるところまで! お供させてくれ!」
夏が近づく平和な道で、俺とハルカさんはずっと遠くを見ていた。遥か彼方の未来まで、俺たちは共に行くのだ!
第三部 遥か彼方の未来へ 了




