ワイルドピッグ討伐
草原の向こうから大きなブタさん。ワイルドピッグが勢い良く走って来ていた。この状況にハルカさんは弓の準備をしているけど、サナとウイカゼさんは戸惑っている。
「わわっ!? どうする!?」
「ええっと!? どうしましょう!?」
さて。俺はどの程度、彼女たちに手を貸せば良いのかな? 俺が全てをやったとして、彼女たちのためにならない。今後のことを考えるなら、なるべく彼女たちを中心に戦うべきなのだ。サナの叔父さんとしてはたくさんお節介をしたい気持ちはあるけれども。ちょっと、冒険者としてのサナたちを応援したい気持ちも強くなってきているんだよな。
「まだ魔物と距離がある。ならハルカちゃんが先制攻撃を仕掛けるぜ」
「お願いします」
※頑張れハルカちゃん
※ハルカちゃんの先制攻撃だべ
※ファイ!
※狙い撃つぜ
※当たれー!
ハルカさんは弓を構え、矢を放った。まっすぐに飛んでいく矢はワイルドピッグの頭に直撃。流石の命中精度だな。
「やったぜ!」
「いや、浅い」
矢は、ワイルドピッグの皮膚には刺さっている。だが、そこまでだ。皮膚を傷つけるだけでは、魔物は倒せない。今のハルカさんの問題点は単純な火力不足だな。
「う、うお!? 矢が効いてねえ」
「落ち着いて。弾かれたわけではありません」
「お、おう」
ハルカさんはすぐに落ち着きを取り戻した。まあ、矢が弾かれたわけではないという言葉は気休めでしかないんだが。彼女にまで混乱されるのは困るからな。
それと、魔物が迫っている。近接戦闘の準備を急ぐ必要はあるが、先にサナたちを落ち着かせなければ。サナたちは守る。冒険者としての経験も積ませる。どっちもやらなきゃいけないのが辛いところだな。
俺はゆっくりと歩きながら、漆黒の盾を構えた。大丈夫、俺はダンジョンで、昔と変わらず落ち着いている。だから、やれるさ。迫る魔物の突進を盾で――弾く!
「パリィ!」
盾で弾かれたワイルドピッグは踵を返し方向転換。これでも逃げてはくれない。大きく旋回して戻ってくるぞ。元々が気性の荒い魔物だし、矢を当てられて、怒っている。だが、恐れるような敵ではない。所詮、スライムより強いという程度の魔物だ。戦闘中ではあるが、同時サナたちへのレッスンにはもってこいの状況。ダンジョンでの経験は全てが糧にできる。
「ワイルドピッグの皮膚は固く、足も早い。それに、百キロ近い体重を活かした突進は驚異です。とはいえ、やつの攻撃は単調そのもの。突進くらいしか攻撃のパターンはありません。落ち着いて対処すれば、皆さんが勝てない敵ではないはずです」
なるべくサナたちに落ち着いて理解してもらえるように、大きな声でゆっくり話す。さて、まだ説明の途中だがワイルドピッグが戻ってきたぞ。
「パリィ」
俺のスキルと盾によって再びワイルドピッグは弾かれる。ますます怒り狂った魔物は再び踵を返し、大きく旋回する。次に突進してくる時が勝負だな。俺たちで、決着をつけてやる。
「ハルカさん、次の矢の準備は出来ていますか?」
「おう、できてるぜ」
「ウイカゼさんは後方に待機、いざという時に備えてください」
「了解ですわ」
二人とも、素直に指示にしたがってくれて助かる。今は、誰が偉そうとか気にしてる状況じゃないからな。とはいえ、今後はこういう時に誰が指示をするのか、とかは事前に決めるべきか。うぅ……俺って気が回らないな。
でだ。正直、この指示をするのに、俺は気が進まない。サナに少なからずのリスクを負わせるからだ。とはいえサナが、冒険者として活動をしていきたいのなら、越えなきゃいけない壁ではある。ならば、やらせるべきだし、支えるべきだ。
「サナさん、前に出ることはできますか? 俺も、あなたの横に立ちます」
「は、はい! やります! やれます!」
「サナさんは盾を構えて、踏ん張って。魔物の攻撃を受け止めることに集中してください」
「わ、分かりました!」
二人でそれぞれの盾を構え、俺たちは魔物の突進を待つ。さあ、来るぞ! 全員気合いを入れろ!
「ハルカさん! 来ましたよ!」
「おう!」
ハルカさんが叫び、矢を放った。勢いよく放たれた矢がワイルドピッグの目に直撃する! が、突進は止まらない。片目を潰されながらも、怒る魔物は攻撃をやめない。その、突進をサナは覚悟を決めた顔で見据えていた。
サナは魔物を恐れてはいない? いや、恐れてはいるはず。なら、彼女の心の強い何かが、今の彼女を支えているんだろう。その何かに俺は強い興味を惹かれた。そして。
魔物の突進を、俺とサナで受け止める。全身に強い衝撃を受けるが、後退せずに、踏ん張る。サナは、俺と同じように、一歩も引かずにパーティの壁としての役割を全うしていた。
「私が、絶対に皆を守る!」
そうか……サナは俺が思っていたよりも、しっかり覚悟を決めていたんだ。今、凄く怖いだろうに。盾を構えながら、魔物をちゃんと見ている。姪っ子の成長を頼もしく思いながら、俺たちは二人で魔物を押し返す。サナが、力一杯に叫ぶ。
「うううううあああああぁぁぁ!」
そうして、数秒が経過。衝突していた魔物の力が緩んでいくのが分かった。衝突の衝撃で、頭の矢が魔物の脳天まで届いたのだ。即席で組み立てた作戦だったが、上手くいったな。いやあ、良かった。
「……魔物の動きが、止まった?」
サナがキョトンとした様子で俺を見た。俺は彼女のそんな顔を可愛いと思いつつ、説明する。
「ハルカさんが矢を当ててくれたでしょう。ただ、あれはワイルドピッグに深くは刺さっていなかった。だから、攻撃を受け止めて、矢を脳天に打ち込んだんです」
「わ、わあ……」
開いた口が塞がらないと行った様子のサナの顔は面白かったが、今の攻防で骨折でもしてないかと思うと心配だ。
「それより、サナさん。腕とか脚とか、痛くなってはいませんか? しっかり防御していたとはいえ、魔物の攻撃をもろに受け止めたわけですから」
「そ、そうですね! ウイカゼちゃ~ん。私の手が、じんじんするよ~。でもでも、あのワイルドピッグを倒せたよ~!」
サナが後方で待機するウイカゼさんに走りよる。ウイカゼさんの治療を受けるサナの顔は、どこか誇らしげだった。彼女の顔を見ると、なぜか、俺も誇らしい気持ちになれた。
魔導ドローンの配信画面に、今の戦闘はバッチリ映っていたようだ。今も多くのコメントが流れている。なんだか、ちょっと恥ずかしいな。今さらか。
※ないすー
※ないすー
※サナ姫かっこよかったよー
※皆の勝利だ!
※ないすです!
さて、ワイルドピッグが塵になって消えていく。同時に経験値が体に入ってくるのを感じた。まあ、俺にとっては、Dランクの魔物の経験値は微々たるものにしかならないが、サナたちにとっては多くの経験値が入ったはず。それとは別に、強敵との戦闘経験は、彼女たちに多くのことを教えてくれたはずだ。
「……なあ、おじおじ」
「ん、どうしました。ハルカさん?」
ハルカさんは俺に小声で話しかけてくる。何か、秘密の話だろうか。なら、俺も声は潜めるべきかな? こういう時の配慮とか、良く分からんのよね。
「おじおじ……さっきのパリィってスキル使ってた時さ。いや、私の見間違いかもしんねえ、けど」
「なんでしょうか?」
「ちょっとずつ、矢を打ち込んでたよな?」
「お、気付きましたか」
別に隠そうと思ったりはしていないけど、そこに気付くのは、まじで目が良い。やはりハルカさんは才能の原石だな。正直、彼女を冒険者として伸ばしてみたいと強く思わされる。先輩の冒険者として、こんな才能の持ち主を育てられる機会なんて、滅多に無いはずだもの。まあ、それはそれとして、今は彼女の問いに答える時だな。
「……やっぱりそうかよ。私が当てた矢、少しずつ打ち込んでたんだな」
「はい」
「しかも、私が思うにだ。あんたは魔物が死なないように絶妙な加減で矢を打ち込んでいた。違うか?」
「まあ、そうですね」
「……あんた、まじ半端ないよ。あんたと居ればワイルドピッグみたいな中堅の魔物が相手でも心強い。サナもあの魔物を倒せて誇らしいだろうぜ」
中堅の魔物? ワイルドピッグが?
今、サナたちの勝利に、水を差すことはしない。だから俺は黙っている。そして確信した。サナたちはウェンディゴを伝説級の魔物と評価し、今倒したワイルドピッグを中堅の魔物と評価している。
つまり、世の中の、魔物に対する認識が昔と比べて、変化している。その認識の変化には冒険者協会が関わっている気がした。だが、何のために? 分からない。分からないことが不気味だった。