彼女との幸せな関係
武蔵野のとある喫茶店で俺とハルカさんは向かい合っていた。彼女に連れられて、ここまで来たが、今の俺は彼女とどういう関係なんだろう? もう、付き合っているということになっているのだろうか? そうだとして、以前ほど拒否感は無い。
「アキヤさん。ここのパンケーキは美味いんだぜー!」
「それは、楽しみだね」
テーブルにコーヒーとパンケーキが運ばれてくる。俺だけでなく、ハルカさんもお礼を言う。今の彼女は、さっきの公園の時と雰囲気が違う。というより、いつも通りの彼女に戻っている気がした。それはそれで、悪い気はしないのだけど。彼女が、あの時の公園で見せた特別な顔を再び見たいと思う俺が居る。
でも、どうしよう。そういう顔を見たいと、彼女に言っても良いものか……言ってみるか。
「ハルカさん。なんというかな。公園で俺に見せてくれたあの顔は、なんだかとても魅力的だった」
「ああ、あの顔ね」
む、あんまり触れられたくないことだったりするのかな? そうだとしたら、悪いことを聞いた。
「ちょっと、気になっただけなんだ」
「いや、構わないぜ。アキヤさん。あの顔は、私のもう一面みたいなもんかな。普段のハルカちゃんも、あの公園の私も、どっちも私の素だよ」
「どっちも?」
「ああ!」
ハルカさんは楽しそうに頷いた。なんだか、複雑な背景があるように思えるけど、そのことを彼女は気にしていないような気がする。なんだか、不思議だ。
「私さ。家では凄くお姫様みたいに育てられてたんだ。小さい頃の話だよ。まあ、結構古い家だから。かな?」
「なるほど?」
「でも、私はお姫様だけじゃなくて、王子様にも憧れてた。だからなのかな。いつの間にか、お姫様に憧れる私と、王子様に憧れる私の、二つの心がいつの間にか合った。多重人格とかいうんじゃないぜ。夢が、二つあるんだ」
「そうだったんだね」
それが、ハルカさんに、二つの顔がある理由か。そして、彼女はその二つの心をどちらも受け入れている。それはなんだか、強い生き方をしているようで眩しかった。
「私は欲張りだからさ。お姫様にも、王子様にも、どっちにもなりたい。どっちも諦めないし、自分に正直に生きているつもりだぜ」
「でも、ハルカさん。それって疲れないかい?」
「それを、いつも誰かのために生きてるようなアキヤさんが言うかね。でも、まあ。私も癒しは欲しい。だからさ」
ハルカさんは俺の顔を見て、気恥ずかしそうに微笑んだ。俺も、むず痒い気持ちになる。でも、そのむず痒さが気持ち良い。俺って、変態かもしれない。
「アキヤさんが私を癒してよ。私もアキヤさんを癒してあげるからさ。それとも元気なハルカちゃんと一緒に過ごすのがお望みかい?」
ハルカさんも、難儀な内面を抱えていたんだな。でも彼女はそれを気にしていない。そんな強さに俺は心を惹かれる。ハルカさんは強い人だと思う。俺は元々、彼女の心身の強さに惹かれていたんだろうな。改めて、分かった。俺は彼女のことが好きだ。
「ハルカさん、またこうして、二人で一緒に食事でもどうかな?」
「お、そいつは嬉しいね。アキヤさん。私は、どっちの私で来れば良い?」
「もう一人の君も魅力的だし、いつものハルカさんも大好きだ。君が、そうしたいようにすると良い。俺も、したいようにする」
「そうか。それは楽で良いぜ」
ハルカさんは嬉しそうに笑った。俺も嬉しい気持ちになって笑う。そろそろ、食事にしようかな。コーヒーが冷めないうちに。
俺とハルカさんの二人で、他愛のない会話を楽しむ。ハルカさんが連れてきてくれた一線の先は、楽な気持ちで居ることができる。
美味しいパンケーキを食べ終えて、俺から、ハルカさんに言いたいことがある。感謝の気持ちを込めて、その言葉をハルカさんに送る。
「ハルカさん。君が俺を一線の先へ連れてきてくれたからか、なんだか凄く、楽になった気がする。きっとこれから、生きるのがもう少し楽しくなっていく気がするんだ」
「うん、そうだね。アキヤさん。きっとこれから、もっと楽しくなるよ」
それから、喫茶店を出る頃には、辺りは暗くなり始めていた。ハルカさんから俺の手に触れてきて、俺はその手を握る。するとハルカさんは嬉しそうな顔をして、そんな彼女を見た俺は幸せな気持ちになった。
「送るよ。ハルカさん」
「だったら、家の近くまでお願いね」
暗くなっていく道をハルカさんと共に歩く。その全ての時間が幸福に感じられる。自分に正直になるだけで、世界とはこんなに変わるものか。とはいえ今は絶対に越えてはいけない一線があることも理解している。そこだけは、絶対に越えない。
「ハルカさん」
「なんだい?」
「ん……いや……何でもない」
「なんだよもー」
文句を言いながらも、ハルカさんは楽しそうだ。俺の方は、危ないところだった。とりあえず、この関係をハルカさんが大人になるまで続けてみようか? なんて、聞くのはタイミングが早すぎる。早すぎるよな……? でも。
ハルカさんとの幸せな関係を続けたいと、俺は強く望んでいた。




