婚約破棄後に追放されたので獣人少年とのスローライフを満喫します……?
初投稿です。
よろしくお願いします。
「はぁ……異世界転生って最高だよね」
推し作家様の最新作を読み終えてタブレットの電源をオフにしてから眠りにつく。寝る直前まで小説を読んでいた影響だろうか、不思議な夢を見た。
『異世界に行きたいのであれば私の代わりをしてくださいませんか? 何度も繰り返される時間に疲れてしまったのです』
『いいですよ!』
その問いかけに「これは悪役令嬢ループものでは?」と思った私は何も考えずに快諾した。悪役令嬢ループものといえば乙女ゲームのヒロインが転生者であることが多く、全てのルートを攻略しようとするのでエンディングを迎えた際に強制的に時間が巻き戻されるパターンが多い。何故か悪役令嬢は記憶を持ったままループに巻き込まれてしまうのだ。
何度も繰り返されるということから、そろそろ最後の攻略ルートだったりするのではないだろうか?
『ありがとうございます。これでようやく女神様の花園に行くことができます』
『あなたの代わりにざまぁしてあげますからね!』
『ざまぁ……?』
不思議そうな声を最後に夢が終わった。
「メリアーナ、そなたは貴族としての身分をはく奪された。身支度を整えて本日中に王都を出ていくように。今後は平民となるが生涯王都への立ち入りを禁ずる」
ドンッと背中を押されて城門から追い出されたわけだが、完全に詰んだ。
ありのままに説明すると悪役令嬢らしき少女からの問いかけは現実の出来事だったようで、夢から覚めた時には断罪の真っ最中で、義妹への虐待を理由に王太子との婚約が破棄され、ついでに上級貴族の娘という身分をはく奪され、王都からも追放されるらしい。
異世界転生モノの小説が大好きでたくさんの作品を読んだけど、何もかもが終わった後に転生するパターンってアリ?
「いいえ、アリ寄りのナシだわ」
ガッカリしたけど気を取り直して、異世界転生したら言ってみたいセリフナンバーワンのあれを口にしてみる。
「ステータスオープン」
自分にしか見えないであろうステータスが記載された液晶っぽいものが出てきた。ヒロインに立ちふさがる悪役令嬢なだけあってかなりのハイスペックだ。たくさんの魔法が並ぶ中に空間魔法があったのでアイテムボックスが使えるかもしれない。それに各パラメーターはカンストに近かった。
「名前はメリアーナ、17歳……これだけの力があって追放されるということは多分ゲームか小説の原作があって、それを熟知していた転生者のヒロインが先を読んで行動していてストレートに負けたパターンかしら」
義妹と思われる女の子がニヤニヤしていたから転生者であることは間違いないと思う。断罪のときに王太子とその側近が言っていた情報をつなぎ合わせて分かったことだけど、メリアーナは上級貴族の長女で王太子の婚約者だったらしい。
母親は産後の肥立ちが悪くメリアーナを産んですぐに亡くなってしまったようだ。上級貴族の父親がいつまでも独り身でいられるわけもなく喪が明けてから後妻を迎え、その後妻が産んだのが義妹のアンジュ。後妻は結婚前の愛人とか平民ではなく貴族の出身であり、義妹にもちゃんと貴族の血が流れている。
義妹への虐待が冤罪なのか事実なのかは分からない。
なぜなら……
「記憶が引き継がれない転生ってアリかしら? ……いいえ、アリ寄りのナシね」
この子の! 記憶が! ないのだ!!
「記憶がないから冤罪を晴らすとか復讐とか無理でしょう? 完全に詰みましたわ」
口にする言葉が自然と令嬢言葉に変換されるのは有難いけど、ブツブツと呟いている私が怖いのか周囲の人がササッと避けていく。まるでモーセの海割りかというレベルでパッカーンと道が開いた。ここで弱弱しい様子を見せると暴漢を引き寄せかねないためランウェイを歩くモデルのように堂々とウォーキングしてみる。
「今日中に王都を出ないといけないからまずは資金を調達する必要があるわね」
ひとまず目についたドレスショップに立ち寄ってみた。令嬢が護衛も連れずに単独で店に来るなんて訳ありでしかないのでドレスを買い叩かれないためにも数店舗に声をかけ、高値をつけてくれたショップに売ることに決めた。
たくさんの金貨が運ばれてきたので「半分は小さいお金にしてちょうだい」とお願いするとすぐに両替してくれた。ついでにお金の種類や簡単な物価についても質問してみたら普通に教えてくれた。あちこちに宝石が散りばめられたドレスだったおかげか丁寧な対応をしてもらえたのは有難い。
裕福な商人の娘が着るようなワンピースを購入し、着替えを済ませてから店を出る。
「アイテムボックス」
ステータスに空間魔法があったから使えるだろうと予想はしていたけど、ちゃんとアイテムボックスが開いて安堵した。食料や雑貨など生活に必要な物資をどんどん購入してアイテムボックスにしまっていく。
「まさか空だとは思わなかったわよね」
そう。
からっぽだったのだ。
アイテムボックスなのに!
からっぽだったのだ!!
「自分では動けないタイプの悪役令嬢だったのかしら……」
感情があるのにNPCのように決まった動きしかできない状態だったなら『疲れてしまった』ことにも納得がいく。
王城で使っていた部屋から持ち出すことが許されたのは古びた鍵が一つだけだった。これは父親が所有している別荘の鍵らしい。「幼い頃に遊びにいったことがあるから場所は分かりますよね? 住む場所さえあれば何とかなります。お姉さま、そこで罪を償ってください」と言って義妹がわざわざ持ってきてくれたものだ。
「もしかして、まだ終わっていない……?」
私は異常なまでにハイスペックなステータスだった。
ゲームか小説がまだ続いているとしたら?
今後、私がラスボスになる可能性は?
「別荘には近づかない方が良いかもしれないわ。強制力みたいなものが働いてラスボス化しちゃったら困るもの」
親戚の別荘ということは王都の周辺だろうか? 別荘の維持管理が必要だから移動に何日もかかるような場所にはないと思いたい。
「鍵だけあっても別荘の場所が分からないから持っていても意味がないわ。断捨離するわよ」
買い物のついでに雑貨屋さんに話してみると快く買い取ってくれた。最近は平民の間でアンティークキーを模したアクセサリーが流行っているらしい。
「王都から離れた場所なら辺境とか国境みたいな遠い場所まで行けば安心かしら?」
王都を出て適当に歩き続けたら数時間で街に到着した。途中で魔物が襲ってきたけど魔法を駆使してなるべく苦しまないように倒し、死体はアイテムボックスに収納しておいた。
身分証がないからお金を払って街に入ったけど、この先も街や村を出入りする度にお金を払うのはもったいない。門番の人にどうにかならないかと聞いてみたらその街でお金を払って住民になれば身分証が発行されるという情報を得た。または魔法が使えるなら冒険者ギルドに行って冒険者として登録をする方法を紹介された。冒険者の証があれば無料で出入りできるらしい。
早速、冒険者ギルドに行って登録を済ませた。無事にライセンスをゲットできたのでアイテムボックスに収納していた魔物の死体を全て買い取ってもらった。
魔物を倒しながら移動して冒険者ギルドで素材を売るという事を繰り返していたところ、冒険者としてのランクが上がって上級冒険者になることができた。ランクによって受けられる依頼が違うのだが、今の状態だとどの依頼でも問題なく受注することができる。
王都から追放されて2ヶ月が経過した頃、やっと国境に到着した。王都からここまで移動するには馬車を乗り継いで最短でも3週間ほどかかるらしいのでラスボス展開からも逃れられたのではないかと期待している。
「本当にここで良いのですか?」
「ええ、自分で修理しながら住むから問題ないわ。周囲の魔物は適当に狩らせてもらうけど良いのよね?」
隣国との境目には大きな森があってそこから絶えず魔物が出現するらしい。冒険者ギルドで空き家情報をたずねてみたところ森の近くにある古い家を紹介された。
「討伐して頂けるなら助かります。素材は全て引き取らせて頂きますので!」
「それなら何も問題ないわね。いまここで購入するわ」
古い家だけど格安で購入できたのはラッキーだった。この家はキッチンとリビングを兼ねた部屋と寝室があるだけの、現代でいうところの1LDKのような間取りだ。荷物は空間魔法のアイテムボックスに収納してあるから寝室には大きなベッドが一つあるだけというミニマリスト状態。
生活魔法を使ってDIYで自宅を修繕しながらスローライフを送ること1ヶ月、森の中を散策していたら十歳ぐらいの少年が倒れているのを発見してしまった。
「えっ! 大丈夫!?」
気を失っているだけではなく所々怪我をしていたので回復魔法をかけておく。魔力を飛ばして周囲を探ってみたけどこの少年の他に生命反応は感じられなかった。このまま放置するわけにもいかないから自宅に運んで様子を見ることにした。
「とりあえず私のベッドに寝かせておくしかないわね」
浄化魔法で清潔な状態にしてからベッドに寝かせてあげるとスーっと可愛らしい寝息を立てはじめた。
「まだ子どもよね……迷子ではなさそう……着の身着のまま逃げてきたのかしら?」
少年が目覚めた時のために鶏粥を作っておいたのだが、匂いに刺激されたのか少年がむくりと起き上がってぼんやりとこちらを見つめていた。
「大丈夫? あなたは森の中で倒れていたのよ。回復魔法で怪我は直したけれど……痛いところはないかしら?」
「……あっ!」
少年が青ざめた様子で両手を頭に持っていく。
「ぼ、ぼくは……その……」
「分かってるわ。羊の獣人なんでしょう?」
「ん?」
少年の頭からはクルッと巻いたような角が生えている。羊のような角だったから獣人だと思ったんだよ。異世界あるあるだよね、獣人。
「羊の獣人なのよね?」
「そ、そうなのだ。助けてくれたことに感謝する。あなたを何と呼べば良いだろうか?」
「私はメリアーナだけど愛称のメリィでも良いわよ」
「あぁ、メリィだな。ぼくはクラウディオだ」
なんとなくだけど、所作が洗練されている気がする。後継者問題で命からがら逃げだしてきたお坊ちゃんという感じだ。
「婚約破棄後に追放されたので獣人少年とのスローライフを満喫します!…的な…?」
「ん? メリィ?」
「いいえ、なんでもないわ。ところでお腹は空いていない? お粥があるわよ」
現状を説明するような小説タイトルを口走ってしまった。気を取り直して、先ほど作っておいた鶏粥を見せてみるとクラウディオが目を輝かせた。かわいい。かわいすぎる。
「……美味しい。これはなんだろう、まるで身体に染み渡るような味だ。それに卵がツルツルとしていて喉を通っていく感触も楽しい。今まで経験したことのない味だと思う。メリィは料理人なのか?」
急に食通のようなコメントをしたから思わず笑ってしまいそうになったけどクラウディオは真剣な表情で私を見上げてくるので「私は冒険者よ。料理は基本さえ押さえておけば上手に作れるの」と教えてあげた。
「メリィ、頼みがある。しばらく僕をここに置いてもらえないだろうか。身の回りのことは……自分で頑張ってみるから」
「好きなだけ居ていいわよ。この家は魔法で結界を張ってあるから魔物は入って来られないし、クラウディオが挑戦してみたいのなら料理も教えてあげるわね」
ようやく安心できたのか、クラウディオはホッとした様子でウトウトし始めた。ずっと緊張状態で逃げ回っていたから疲労もたまっているだろう。優しく肩を押してベッドに寝かせてあげた。そのあとはクラウディオを起こさないよう気を付けながら洗濯をしてみたり刺繍をしてみたり貯蓄している金貨や宝石類を数えたりしながら一人の時間を過ごした。
よほど疲れていたのだろう。夜になっても起きる気配がなかったのでクラウディオが眠るベッドに入って私も寝ることにした。
「ん……」
「クラウディオ?」
「母様……」
クラウディオが私の腕にすがりつくようにして身体を寄せてきた。お母さんを思い出しているのだろうか、クラウディオの頬を涙が伝っていく。
「大丈夫よ、クラウディオ」
そっと涙を拭って頭を撫でてあげると安心したようで小さく微笑んでいる。
「それにしても……この角、危険だわ」
クラウディオが身体を寄せてきた分だけ角の先端が私の顔に近づいてくる。さすがに怖い。このままだと刺さる。
「そうだわ、アレならいけるかも」
そーっとベッドを抜け出して、余り布を使って靴下のような形に仕上げる。メリィお手製の角カバーだ。
「おやすみなさい、クラウディオ」
クラウディオを起こさないよう、そーっと角カバーを装着させてからベッドに戻る。これで安心して眠れそうだ。
――翌朝。
驚いたことにクラウディオは一人で着替えが出来なかった。昨日のうちに魔法で洗濯しておいた服を渡してみたら不思議そうな表情で首を傾げたのだ。けれど、自分のことは自分でやってみると言うので手を出さずに見守っていた。
良いところのお坊ちゃんだと思っていたけど、羊の王子様の可能性が浮上してきた。
「クラウディオ、髪を結んであげるわ。こちらに座ってちょうだい」
保護したときは泥で汚れていて分からなかったがクラウディオの髪は海のような青色で、手触りはサラサラとしていて全体的に美しい。肩の下まである長い髪を一つに結んであげると申し訳なさそうに笑ってくれた。
「メリィ、すまない」
「こういうときは『ありがとう』って言ってもらえた方が嬉しいわね」
そういって笑いかけるとクラウディオも笑顔を浮かべて「ありがとう!」と言ってくれた。本当にかわいい。
「クラウディオの服とか生活用品を買いに行こうと思うんだけど一緒に行かない?」
「ぼくは……その、このような見た目だから人が多い場所には……」
クラウディオが悲しそうに眉を下げて巻き角にそっと手を触れた。
「獣人差別があるのね?」
「ん?」
「クラウディオは羊の獣人なのでしょう? 角の有無だけで見た目は人間と変わらないのに……差別なんて酷いわね」
「そ、そうなのだ。だから人間に見られるのは極力避けたいと思っている」
こんなに可愛い子を差別するなんて許せない。……決めた。クラウディオは私が育てる。立派な大人になるまで私が全身全霊で守り抜く。それに獣人差別のことはクラウディオの耳に入れたくない。獣人のことは町でも絶対に話題に出さないと心に決めた。
「それなら認識阻害の魔道具を作るわね」
「ん?」
「私、冒険者だけど魔法を極めているのよ。たぶん、出来ないことの方が少ないんじゃないかしら」
クラウディオが返事をするまえにアイテムボックスから宝石を取り出して『認識阻害』の付与をしてみる。鑑定してみると『所持者の隠したいと思うものを隠す』という付与がされていた。
「このネックレスをかけて角を隠したいと念じてみて」
半信半疑という様子だったけれどクラウディオがネックレスを装着するとすぐに角が見えなくなって青髪の少年になった。私は注視すれば角が見えるけど、私より魔力が低い人(=ほぼ全ての人)が見破るのは難しいだろう。
「ほんとうだ! メリィ! 角が見えなくなった!」
窓ガラスで自分の姿を確認したようで、クラウディオがキャッキャッとはしゃいでいる。可愛いが限界突破した。
「ぼくはずっと前から人間の町に行ってみたいと思っていたのだ。メリィ、ありがとう!」
「どういたしまして。それじゃあ今から町に行くけど、私の手を離さないこと、それから家の外では私をお姉様と呼んでね」
顔は似ていないけど家族で通した方が良いだろう。万が一、はぐれたときのために『居場所特定』と物理・魔法攻撃を防ぐ『完全防御』を付与した指輪を渡しておいた。ついでに紛失したときに自動で戻ってくる機能も忘れずに付与した。
「ふふ……メリィ姉様は過保護だな」
「そうかしら?」
あの家に住み着いてまだ1か月しか経っていないけど、冒険者ギルドで魔物を買い取りしてもらうからか町の人たちとは顔なじみだ。
「メリィ様、その子は……?」
買い物に行く前に冒険者ギルドを訪れると受付のお姉さんがクラウディオと私の顔を交互に見比べていた。ちなみに立ち振る舞いから元貴族であることが分かってしまうのか『メリィ様』と呼ばれている。今は平民だと説明しても頑なに様付けしてくるので今はもう好きに呼んでもらっている。
「弟のクラウディオよ。生活が安定してきたから呼び寄せたの」
「まぁ……家族で暮らせるようになって良かったですわ。メリィ様はお強いけれど、一人暮らしは心配だと思っていましたから……クラウディオ様、よろしくお願いいたします」
クラウディオは私の後ろに隠れながらだったけど「よろしく」と返事をしていた。受付のお姉さんはクラウディオの可愛さに癒されたようで、すぐに魔物の買い取りの手続きを終わらせてくれた。
冒険者向けの掲示板で依頼を確認したけれど緊急性のあるものはなかったのでさっそくクラウディオの生活用品を揃えることにする。
「メリィ姉様、あれは何だ?」
「あれは串焼きね。焼きたては特に美味しいわよ。食べてみる?」
冒険者ギルドを出て衣料品店に移動していると屋台で売られている串焼きが気になったのか、クラウディオが足を止めた。
「はむ……はむっ……メリィ姉様の作る繊細な料理と違って豪快ではあるが肉汁が溢れて……はむっ……塩という単純な味付けなのに腹にたまるし満足感がある……!」
「気に入ったみたいで良かったわ。さぁ、手を洗って服を買いに行きましょう」
魔法でクラウディオの手を綺麗な状態にしてから次々に買い物を済ませていった。出発前にも言っていた通り、人間の町に憧れを持っていたクラウディオは興味深そうにキョロキョロと周囲を見回していたけれど、決して私の手を離すことはなかったので安心して買い物を終えることができた。
クラウディオと暮らし始めて1ヶ月が経過した。
そして私が王都を追い出されて4ヶ月が過ぎたということになるが大きなトラブルもなく平和に暮らしている。自分の意志とは関係なく勝手にラスボス化するんじゃないかと内心ドキドキしていたので今は少しホッとしている。
「メリィ姉様、昼食はパンケーキと紅茶で良いか?」
「えぇ、クラウディオ。いつもありがとう」
クラウディオは初めてのお出かけの日から私を『メリィ姉様』と呼ぶようになった。過去のことはあまり話してくれないけど故郷には私と同年代のお兄様がいたらしく、故郷に戻る方法が分からないこと、そして寂しい気持ちがあるからできればお姉様と呼びたいとお願いされてしまったのだ。断る理由はなかったので私もクラウディオを弟として可愛がっている。
「今日はクラウディオのお祝いをしましょうね。久しぶりに豪華な夕食にしようかしら」
「まだ中級冒険者になったばかりなのにお祝いだなんて……」
「1ヶ月で初級と下級の冒険者ランクを飛び越えたのだからお祝いするのは当然よ。クラウディオはポテンシャルが高いのね」
おそらく羊獣人の王子様だったであろうクラウディオは身の回りのことが何もできなかったので生活に必要なことは私が一つ一つ丁寧に教えてあげた。魔力量も大きかったので魔法の使い方や魔物との戦い方を指南したところ、あっという間に中級冒険者にランクアップした。
「僕の実力だけではなくてメリィ姉様の守りのおかげだと思う」
「ああ、だめよ、家の中でも『隠密』は外さないようにしてちょうだい。何があるか分からな……ッ……クラウディオ!」
クラウディオが『隠密』を付与したアクセサリーを外した瞬間、床に魔法陣が展開された。
「転送の魔法陣よ! なにか来る!」
慌ててクラウディオを引き寄せる。
カッ! と閃光が走り、室内に強力な魔力が充満した。次の瞬間、魔法陣の中心には大柄な男性が立っていた。クラウディオと同じ色をした青く美しい髪は腰に届くほど長く、細めの三つ編みにされている。
「お兄様!?」
「クラウディオ! 探したぞ!」
お兄様と呼ばれた男性が両手を広げるとクラウディオがその胸に飛び込んでいった。男性の頭にはクラウディオのものよりも立派な角が生えていて、彼が羊の獣人であることはすぐに分かった。
「お前の気配を探っていたがどうしても見つけられなかった……もう、どこかで死んでしまったのかと……」
「お兄様、僕も、もう会えないと思っていました! 僕は、僕は、正妃に転送魔法で飛ばされたあと、この森をずっとさまよっていたのです。魔物に追われて、お腹が空いて、もう駄目だと思ったときにメリィ姉様が保護してこの家に匿ってくれたのです!」
なるほど。羊の国の後継者争いに巻き込まれた説は当たっていたらしい。この男性とクラウディオは側妃や第二夫人の子どもで、クラウディオは正妃に転送させられて行方不明になっていたパターンか。
「国境の森に居ることは分かったのだが……ただでさえ弱くなっていた気配が突然消えたものだから……諦めずに探し続けていて良かった……!」
森に転送されたあと、体力が無くなったせいで魔力が微弱になっていたのと、私がつけさせた『隠密』を付与したアクセサリーのせいでクラウディオの魔力が辿れない状態になってしまっていたみたいだ。先ほどクラウディオがアクセサリーを外したときにやっと魔力を感知することができたので慌てて駆けつけてきたという流れだろう。
男性はクラウディオをきつく抱きしめたあと、私に向かって美しい礼を見せてくれた。
「あなたがクラウディオを保護してくれた令嬢か。改めて礼を言わせてほしい。……あなたに心からの感謝を」
「丁寧なお礼をありがとう。私はメリアーナよ。あなたは私がクラウディオを誘拐したとは考えないのね」
「これだけガチガチに護ってくれていたのだ。そのような愚かな考えを持つものはいないだろう」
男性は鑑定魔法が使えるらしく、クラウディオが身に着けているアクセサリーの数々を見て苦笑いを浮かべている。過保護なのがバレてしまった。
「あぁ、名乗るのを忘れていた。私はアルカディウス。この度の継承戦を経て魔……」
「お兄様!」
アルカディウスの自己紹介を遮るようにしてクラウディオが大きな声を上げた。いつも町の人に対して礼儀正しく振る舞っているのに……珍しいこともあるものだ。
「僕たちは羊の獣人ですよね」
「ん?」
「僕たちは、羊の獣人、ですよね」
なぜだろう。クラウディオから圧を感じる。
「……そうだな。私は羊の獣人の王となったアルカディウス・ヘルモライズという」
「お兄様、継承戦に勝利したのですね……。女神様の花園にいるお母様もきっと喜んでくださっていることでしょう」
クラウディオは目じりに涙を浮かべて微笑んでいる。『メリアーナ』と出会ったときにも女神様の花園に行くと言っていたけど……現代で言う天国のような、死後に向かう場所のことかもしれない。後継者争いどころか生死をかけた戦いだったようで、この森に転送されたクラウディオの命が助かって本当に良かったと一人で胸をなで下ろした。
「メリアーナ、申し訳ないが今しばらくクラウディオを預かってはもらえないだろうか。残っている正妃派を一掃するまで少し時間がかかりそうなのだ」
「もちろん構わないわよ。クラウディオのことは私が育てると決めていたんだもの。一緒に暮らす期間が短くなってしまうのは寂しいけれど、故郷に帰ってお兄様と暮らした方が良いものね」
「お兄様、時々は僕とメリィ姉様に会いに来てくれますか?」
アルカディウスが展開した魔法陣は今のクラウディオの魔力では作ることができないので、二人が会いたいと思うときはアルカディウスがこちらに来るしかないだろう。
「毎日は難しいが……メリアーナが迷惑でなければ執務を終えた夜に来ても構わないか?」
「いつでも歓迎するわ。クラウディオ、料理の腕を磨いてお兄様にも夕食をご馳走しましょうね」
「うん!」
「メリアーナ、あなたは我々の恩人だ。私のことはどうかアルカディウスと呼んでほしい」
「分かったわ。それならアルカディウスも私のことをメリィと呼んでちょうだい」
感動の再会から1ヶ月が過ぎようとしているが、アルカディウスが毎日のように会いにきてくれるのでクラウディオは夜が近づくとワクワク、ソワソワしていて本当に可愛いらしい。
執務が終わった後に移動してくるからクラウディオが既に就寝中ということもあって、そういうときはアルカディウスと私の二人だけでお茶と軽食をつまみながらお喋りをする事もあった。
「メリィ、クラウディオがつけているあれは何だ?」
「角カバーよ」
「角カバー……」
「一緒に寝ていて角が刺さると危ないでしょう?」
「子どもは一人で寝るものだったし誰かと添い寝をする習慣が無かったから必要性を感じなかったな」
「そうだわ、ここにお泊りすることもあるでしょうからアルカディウスの分も作ってあげるわね」
「フフ……ありがたく使わせてもらおう」
アルカディウスの角はクラウディオのものより大きいのでサイズを測らせてもらってから素敵な角カバーを用意してあげた。
クラウディオはアルカディウスが訪れると自分の冒険者としての成果を報告したり料理の腕前を披露したりと忙しい。どんなことでも成長が早いと思っていたけど、尊敬するお兄様と再会できたことで成長スピードが格段に向上している。
「お兄様だ!」
「あら? 午前中に来るなんて珍しいわね」
「メリィ、クラウディオ。良いものを見つけたから早めに来たぞ」
いつも夜に訪れるけど、今日は珍しく午前中に魔法陣が展開された。部屋の中央にアルカディウスが姿を現すとクラウディオがピョンピョンと飛び跳ねていて、年相応の子どもらしさに思わず頬が緩む。
「わぁ、これはメリアの実ではありませんか?」
「あぁ。視察のついでに採集してきた。食後のデザートになるし、何よりもメリィの名前と少し似ているだろう?」
「はい! メリィ姉様、メリアの実はこの時期にだけ採れる果実なのですよ! 洞窟の深い場所に生えている魔木なのですが、魔物がたくさんいるから強い人でないと採れないんです! 兄様はとーーっても強いんですよ!」
クラウディオがキラキラと輝くような笑顔で私に話しかけてくるけど……どうしても敬語が気になる。
「アルカディウス、珍しいものをありがとう。食後に頂きましょうね。ところでクラウディオ? どうして今までのように話してくれないの? なんだか寂しいわ」
「だって、僕はメリィ姉様のことを本当のお姉様だと思っているから……だから家族にするのと同じように話しかけたいのです。駄目ですか? メリィ姉様……」
「クッ……かわいいっ……」
ウルウルの目で見上げられたらなんでも叶えてあげたくなるの!
「僕は、僕は……メリィ姉様とお兄様が本当の家族になってくれたら良いなと思っていて、でも、メリィ姉様には人間の国での生活があるから、だから……今、この場所だけでも良いから家族みたいに過ごしたいのです」
クラウディオの『お兄様はすごい人』アピールが頻繁にあるし、なんなら二人で過ごしてほしいのか就寝時間がめちゃくちゃ早いときもあるし、アルカディウスも好意を寄せてくれているのは何となく感じていた。
「クラウディオ、メリィを困らせては駄目だ」
「アルカディウス、私もクラウディオのことは本当の弟のように思っているわ。こうして三人で家族として過ごすのも悪くないと思っているの。私は……あなたが訪ねてきてくれることを楽しみにしているのよ」
アルカディウスは私の手を取ると優しく微笑みかけてくれた。
「メリィ……あなたは私の大切なクラウディオを護ってくれた。そして聡明で美しく、慈愛に満ちた女性だ。惹かれずにはいられなかった」
そして、手の甲に触れるだけのキスを一つだけ落としてくれた。
「私と、クラウディオと、家族になってほしい」
「えぇ……喜んで。羊の国で一緒に暮らしましょう」
「ん?」
「ん?」
アルカディウスとクラウディオの声が綺麗に重なった。
「おい、どうする? 元はと言えばクラウディオが……」
「わ、分かっています。今から考えますから……」
二人がコソコソと話をしていると、急に玄関の扉が開いて一人の令嬢が室内に飛び込んできた。
「どういうことよ!」
こっちのセリフだ。
「なんでここにお姉様がいるのよ!」
家の外に大人6名分の気配があるのは分かっていたけど、町の人が緊急依頼でもしに来たと思っていたので少し驚いた。しかも町の人がノックもせずに扉を開けるという無礼なことをするわけがないのでクラウディオは『認識阻害』のアクセサリーをつけていなかった。アルカディウスもクラウディオも角が露出している。この状況をどうやって誤魔化すか……
「メリィ、あれは誰だ?」
「母違いの義妹ですわ」
ずいぶん前の事なので義妹の名前は忘れた。
「とりあえず外に出ませんか? ここでは狭くて話が出来ませんからね」
義妹と一緒に外に出てみると家の前には5名の男性が立っていた。何となく見覚えがあると思っていたら『メリアーナ』になったときの断罪という舞台にいた王太子と、その側近である上級貴族の子息たちだった。
「なんでお姉様がアル様と一緒にいるのよ!」
「なぜと言われましても……」
「シュゼル村の別荘に行けって言ったじゃない! あれから何ヶ月経ったと思っているのよ! いつまで経ってもシュゼル村が滅んだって連絡がこないから、もしかしてと思って国境まで来たのよ! それに瀕死のはずのクラウディオは元気になってるし! おかしいじゃない!」
おかしいのはお前だ。
淑女とかけ離れた様子の義妹に戸惑っているのか王太子たちもお互いに顔を見合わせてオドオドし始めた。それに聞き捨てならない言葉が聞こえてきた。クラウディオが瀕死? どういうこと?
「アル様は5人の攻略を終えたら出現するシークレットキャラなのよ! 婚約破棄と王都追放で絶望したお姉様がシュゼル村で魔物に取り込まれて、村を全滅させて、それを私たちが討伐して、ようやくアル様ルートの分岐が出るのに! なんで邪魔するのよ!」
「アルカディウスと知り合ったのは偶然よ」
「アル様は魔族の王なのよ! 悪役令嬢が気安く呼び捨てするんじゃないわよ!」
「あっ」
「あっ」
アルカディウスとクラウディオの声が綺麗に重なった。
「何を言っているの? 二人は羊の獣人よ?」
「はぁぁぁ? 羊の獣人? このゲームに獣人なんて居ないわよ! そうやって天然ぶってアル様の気を引いたんでしょう!?」
私が好む異世界転生の小説では獣人とか亜人が存在するのが普通だったから羊の獣人だと思い込んでいたけど、獣人が存在しないタイプの世界だったのか……。
「メリィ、騙していてすまなかった。私とクラウディオは魔族だ」
「メリィ姉様に嫌われたくなくて嘘をつきました! ごめんなさい!」
「二人とも謝らないでちょうだい。最初に勘違いをしたのは私だもの」
アルカディウスとクラウディオがたまに「ん?」って反応をしていた理由が分かってスッキリした。この世界のことを知ろうとせずにスローライフを楽しんでいた私にも非がある。もう一度、気にしていないと言えば二人はホッとしたように笑ってくれた。
「……お前」
私に向けていた優しい表情から一変、アルカディウスが厳しい表情で義妹に声をかける。
「私はアンジュです。アル様にお会いできるのを楽しみにしておりました」
切り替えの早さに驚いた。先ほどまでの般若のような形相とは打って変わって淑女の仮面を被った義妹アンジュは綺麗なカーテシーでアルカディウスに挨拶をしている。
「お前はシュゼル村とやらが全滅するのを知っていて、放っておいたのか?」
「えっ……それは、そういうシナリオで……」
「クラウディオがこの森に転送されたのは2ヶ月前だ。お前はクラウディオが瀕死の状態であると確信を持っていたのに今日まで見殺しにしていたのか?」
「わ、私は! お姉様が恐ろしくて城から出ることが出来なかったのです! こうして国境まで移動することも本当に怖くて、でもクラウディオが心配だったから皆様に護衛としてついてきてもらったのですよ」
完全に空気と化していた5名の男性たちはアンジュの視線に答えるように戸惑いながらもコクリと頷いている。
「怖いだと? この優しく聡明なメリィが?」
「私はお姉様に虐待されていたのです! それを理由に婚約が破棄され、身分はく奪の上に王都からも追放されて……」
「メリィがそのような事をするはずがない」
断言してくれたことは嬉しいけど……
「本当の事は何も分からないのよ」
頬に手を当てて、ふぅ……とため息を吐くと、この場にいる全員が「えっ?」と声を上げた。
「私は本当の『メリアーナ』に、何度も繰り返される時間に疲れたから代わってほしいと頼まれたの」
「はァ!? 憑依ってこと!? 本当のメリアーナはどこに行ったのよ!」
淑女の仮面を投げ捨てたアンジュがこちらに駆け寄ってこようとしたけど王太子に肩を摑まれていた。その制止を振り切るのではないかと思うほどの勢いで叫んでいる。
「ようやく女神様の花園に行けると喜んでいたわ」
「ふざけんじゃないわよ! アル様ルートのためにどうでもいいモブを5人も攻略したのに! 絶対に許さないんだから!」
何度も悲しい思いをした『メリアーナ』……あなたは自力で、それも最高のタイミングで『ざまぁ』したみたいだよ。あとは女神様の花園で、傷ついた魂をゆっくりと癒してね。
「もういい」
アルカディウスの声と共に大規模な魔法陣が展開された。
「消えろ」
義妹アンジュだけでなく付き添いの5名も一緒に姿が消える。どこかに転送されたみたいだ。
「アルカディウス! 大丈夫!?」
「さすがにあの人数を転送すると魔力の消費が大きいな」
少しだけ体勢を崩したアルカディウスを支えて家の中に戻り、それぞれの椅子に腰を下ろした。
「まるで嵐が通ったみたいでしたね」
クラウディオの言葉に全力で同意する。
「アルカディウス、彼らをどこに送ったの?」
「適当な場所に転送した。ここまで戻ってくるのに徒歩で数日はかかるだろう」
暑くも寒くもない時期だし武装はしていたから魔物に遭っても死にはしないだろう。義妹は護衛としてついてきてくれた5人を『どうでもいいモブ』呼ばわりしていたから空気は最悪だと思うが、そこは自業自得なので自分で何とかしてほしい。
「……あのね、私は本当の『メリアーナ』ではないの。義妹が言っていた虐待が嘘か本当かも分からないのよ」
「本当の『メリアーナ』は女神様の花園に居て、私とクラウディオが愛したメリィはここに居る。それで良いのではないか?」
「良いと思います。僕もお兄様も、メリィ姉様が大好きなことに変わりはありません」
「二人とも……ありがとう!」
あと数日の猶予はあるけど、念のため急いで引っ越しをすることにした。私には空間魔法のアイテムボックスがあるから荷造りは必要ないので20分ほどですべての荷物を収納することができた。
「アルカディウス、転送の魔法陣を教えてもらえる? 私の魔力なら三人一緒に転送できるわ」
「あぁ、助かるよ」
「それじゃあ行きましょう! 僕とお兄様が育った国に!」
「えぇ、羊の国に出発よ!」
「ん?」
「ん?」
「ふふっ……魔族の国に出発よ!」
アルカディウスとクラウディオと思いっきり笑ってから魔法陣を作動させる。
私が暮らすこの世界は分からないことだらけだけど、この二人が一緒ならきっと大丈夫。
今度こそ、大切な家族とスローライフを満喫します!
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