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絶対防御の魔法使い  作者: スイカとコーヒー
護衛喪失編 <Lost Guard>
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4.敗北


 リズの盾で横殴りにされたウィルは、吹き飛ばされた体を三回転ほどさせてとまった。


 あまりに急激な視界の変化に、どちらが地面かもわからない。口の中に広がった土の感触で自分が今うつぶせになっているのだと理解すると同時に、カランという金属音が聞こえてきた。


 反射的に音のほうへ視線を向けたウィルは、その音がリズの盾が地面に転がった音なのだと理解した。外周から中心へ向けて少しふくらみのある盾は裏返しに落ちて、まだゆらゆらと勢いを残している。

 盾はいまだ左手がしっかりとつかんだままで……ウィルはリズの腕が切り落とされてしまっていることに気づく。



「リズ……?」



 ショックで思うように力の入らない体を無理やり起こして、リズの方へと顔をやる。

 左腕の付け根から血が滴り、リズは歯を食いしばり眉間に皺を寄せている。その表情は怒りなのか、苦悶なのか、ウィルにもわからなかった。


「で、殿下に近づくなっ!」


 リズは残った右手にある長剣を乱暴に振り回す。


「ちっ。めんどくせぇ奴だな」


 力の入らないリズの攻撃など軽やかにかわすと、再びロブは距離を取る。……そして意地の悪い笑みを浮かべた。


「いやー、護衛騎士の鑑だな!!体を張って主人を守る!……だが、腕が無くなっちまったらもうご主人様はお守りできねぇなぁ!!」


 ひっひっと卑しい笑い声を上げるロブ。その間にもリズの左腕からは血が、リズの命がこぼれ落ちていく。


「逃げよう……このままじゃリズが」


 ウィルはリズに向かってうわごとのようにつぶやく。

 体にはまだフラフラと力が入らない。息が苦しい。呼吸を繰り返しているつもりだが、はっはっと浅い息遣いが自分に聞こえてくるだけで、まともに空気を吸い込めない。これが現実だと受け入れられない。


「そうだ……リズの腕を直してもらわないと……」


 ぼんやりとした頭でそう、考える。そうだ、ユーベルに回復を頼もう。そうすればリズも元通りになるだろう。ウィルは地面に転がっている盾と左腕に手を伸ばす。だがウィルが一歩進んだ瞬間、リズの腕は火柱に包まれた。


「ひっ!?」


「あら〜?

 皇子サマともあろうお方が、地面に落ちたものを拾うなんてお行儀が悪いのではなくて?

 私が掃除して差し上げましてよ?」


 恍惚とした表情でそう言ったのはレンだ。

 火炎の魔法で立ち上った火柱はたちまちリズの腕を炭化させる。後から肉の焼ける匂いが漂ってきた。流石にこの程度の魔法では護衛騎士の盾はびくともしないようだが、余計に黒焦げになったモノに目がいってしまう。


「そんな……いやだ……」


 もうウィルには冷静に思考する余裕はない。なんの考えもなく、まだ盾を拾おうとよろよろと歩こうとしている。


「くくく。今回の任務は楽しめるじゃねーか!お前のこと、ちょっとは見直したぜ?」


 放心状態のウィルがよほど気に入ったのか、ロブは上機嫌だ。


「ロブ。それくらいにして早くあいつを殺しなさい」

「なんだよ。お前だってあの護衛の腕を燃やして遊んでいたじゃねぇか?

 まぁ、皇子様のイイ顔も見れたし、これくらいで終わりにすっかな」


 再び手にした曲刀に力を入れるロブに、リズが咆哮する。


「あああああっ!衝撃剣(ソード・インパクト)っ!」


 リズが足元に長剣を突き立てると、地面に衝撃が走る。ごう、と周囲の地盤が吹き飛ばされ、あたりは土煙に包まれた。


「殿下、逃げてください」

「り、りず……」


 リズが右手でウィルの頬を叩くと、ぱしっ、と乾いた音が響く。


「よく聞いてください。私があの二人を足止めしている間に、森の中へ逃げてください。なるべく奥へ」

「でもリズは」


 リズの右手は頬を叩いたまま、ウィルの顔に触れたままだ。

 右手が彼の体温を、きめの細かい肌を感じとる。ウィルを、ウィルだけは守らねば。


「いいですか。森へ入ったら、なるべくじっとしていてください。

 時間がかかるかもしれませんが、アルフレッド様かサイラスあたりがきっと助けにきてくれます」


 リズが発生させた土煙も収まりつつある。流石にこれ以上はあの二人を誤魔化し切れないだろう。


「いやだ、リズも一緒に逃げよう。リズがいないと僕は!」


 苦痛に顔を歪めていたリズが、ふっと穏やかな表情を見せる。

 小さなころ、ウィルを見守ってくれていた、あたたかな目だ。


「私、ウィルのこと、好……。ううん、最高の皇帝になれると思ってる。

 ……だから、あなたを絶対死なせない」


 くるりと向きを変えたリズが長剣を構えた瞬間、土煙を切り裂いてロブの曲刀が振り下ろされた。二人が動き出したのだ。


「よォ。片腕じゃバランスが取りにくいだろ?もう一本の腕も落としてやるぜぇ?」


 ロブが邪悪な笑みを浮かべる。交差したロブの曲刀とリズの長剣がギリギリと不快な音を立てている。体を動かすたびに、リズの左腕からは血が吹きだす。


「走って!早く!!」

「でも、でも!」

「ウィル!!お願い!」


 ウィルは極度に混乱し、もう何も考えられなくなっていた。ただ、直前にリズに言われたこと……森へ向かって走ることだけが頭に残っていた。


「いやだ……誰か……助けて」


 よたよたと走り出すウィル。


「あらあら。護衛を置いて逃げ出しちゃって。いいのかしら〜?」


 遠巻きにレンが嘲笑する。


「黙れ!はぁ……はぁ……お前たちにウィルは殺させない!」


 リズは息苦しさを感じ肩で息をする。

 血を流しすぎた。時間が経つにつれて死に近づいているのがわかる。


 今の自分に出来ることは、なるべく時間を稼ぐことだ。ウィルが逃げる時間を。


「はぁ、はぁ。もういちど……。衝撃剣(ソード・インパクト)!」


 再び長剣を地面に突き立てる。土煙が周囲を覆い視界を閉ざす。これでしばらくは時間を稼げるはず……


「またこれかよ。もう他の手品はねーのか?」


 ロブの声が聞こえる。


「視界が悪いだけで、お前がどこにいるかはわかるんだよな」


 周囲を全く見通せないはずの土煙の中から、リズの目の前にロブが現れる。ロブは曲刀を使わずにリズを蹴り上げた。意識が朦朧としつつあるリズは一瞬、反応が遅れてまともに食らってしまう。強烈な衝撃に身体は宙に浮き、吹き飛ばされる。地面に投げ出された衝撃が、切り落とされた左腕に響いて激痛が走る。


「ぅぅ……」

「あっ!そうだ!」


 倒れ伏して呻き声を上げるリズを見下ろして、ロブは心底楽しそうにしている。


「お前の剣で止めを刺してやるよ!皇子サマには串刺しになったお前の死体を見せてやるぜ」


 地面に突き立てられたままだったリズの長剣をロブが抜いた。


「ウィル……」


 リズは立ち上がろうとするが、体が言うことを聞かない。それどころか手足の感覚がなくなりつつある。視線は焦点が合わず、目の前はもやがかかったようだ。思考がまとまらない。


「じゃぁな、騎士様」


わずかな意識の中、ロブの声とともに、轟音が聞こえてきた。




 ドォォォォォォン!!





「リズ姉さん、大丈夫っスか!?

 ……姉さん、腕が!」


 轟音とと同時にサイラスの声が聞こえる。ぼんやりとしたリズの視界には、アルフレッドが立っているのも見えた。

 アルフレッドから不意打ちを喰らったロブは、数メートル先まで殴り飛ばされているようだ。リズの意識はそこでぷつりと途絶えた。


「サイラス、殿下の元へ行け。他にも敵が控えている可能性がある。急げ!」

「姉さんを頼みますよ、旦那!」


 アルフレッドの指示でサイラスは瞬く間に森の中へ入っていった。アルフレッドはポーションを取り出し、リズに飲ませる。


「腕からの出血がひどい。早く帝都に連れ帰らねば」


 アルフレッドはリズに応急処置を施しながら、周囲の気配を探る。たった今殴り飛ばした一人と、遠巻きに一人。ヴェンパー皇子の護衛騎士だとすると……


「あらぁ、これは光栄なこと。護衛騎士のアルフレッドじゃない?

 うだつの上がらないフェブリアからウィルフォードに乗り換えたのかしら?」


「やはりレンとロブか。皇位継承権をもちながら帝国をに弓を引くとは、そなたらの主人は正気とは思えませんな」


 お互い、忠誠をささげる主人を貶めあう。挑発にはそれが一番効くことを、身をもって知っているからだ。


「ふん、護衛騎士を貸し出すなんて、あんたの主人のほうが正気を疑うわね!」


 叫びながらレンが弓を引き絞る。実力は帝国一の射手とうたわれるレンと距離を取って戦うのはよくない。ロブが体制を立て直す前に接近戦に持ち込まねば。アルフレッドは走り出す。


「死ねッ!剛射(パワーショット)!」


 レンのもとから矢が放たれる。魔法の力を帯びた矢は、アルフレッドに向かうにつれてさらに速度を速める。だが、重く速い矢もアルフレッドの盾に防がれる。


「ちっ、ロブ!遊びすぎたわねこの役立たず!!皇子を早く殺りに行きなさい!」


 レンのすぐ近くまでアルフレッドが近づいている。弓の代わりに腰のショートソードに持ち替えたレンは、ロブに悪態をついた。

 アルフレッドに殴られた後、意識を取り戻しつつあるロブを見たアルフレッドは、レンに向かいながらも進路上にいたロブを再び盾で殴りつける。ロブはもう完全に気絶させられてしまった。


「っ!!まさかこれほどの実力とは……」


 すでにアルフレッドは目の前だ。レンはショートソードを構えつつも、この距離では射手である自分に勝ち目は薄いと悟っていた。


「こんなことなら本装備で来るべきだったわね」


 そう呟いて何度かアルフレッドと切り結ぶと、隙を見て距離を取り、意識のないロブのもとへと向かう。


「いいわ。ここは引いてあげましょう。次は全力で相手をしてあげる」

「逆賊のお前たちを逃がすと思うか?」

「ふふっ。もうすぐ逆賊と呼ばれるのはあなた達になるわ。大陸を統べるのはヴェンパー様なのだから!!」


 アルフレッドが距離を縮めようとすると、再び弓をつがえたレンが上に向かって魔法の矢を放つ。


 矢は弓から放たれると二本、四本、八本と空中で分裂していく。上方への勢いを失い、矢じりが下に向かって落ち始める頃にはもはや数えきれないほどにまで分裂していた。


「!!狙いはリズか!」


 自分だけであれば何とでもなるだろうが、意識のないリズは無防備に矢の雨を受けるしかない。アルフレッドはリズのもとへ急ぐ。それを見たレンはロブを抱えて街道の脇へと逃げていった。ヴェンパーの護衛を取り逃すのは失態だが、リズの命には代えられない。


「リズを連れて範囲外に逃げる時間はないようですな」


 リズを抱き寄せ、盾を傘のように掲げた直後に空から無数の矢が降り注ぐ。魔法によって強化された矢の豪雨は、地面を抉り、盾で隠しきれないアルフレッドの体を切り裂いた。


「ウィル殿下の障壁のありがたみが身に沁みますな……」


 矢の猛攻を耐えたアルフレッドがつぶやく。固く踏み絞められているはずの街道は、広範囲にわたって強烈な矢雨によって掘り返されていた。リズの体を盾で守ったせいで盾からはみ出してしまったアルフレッドの体の一部は、苛烈な矢の雨にさらされてズタズタになっている。


「そういえば殿下はサイラスと会えただろうか?……っと。私は急いでリズに治療を受けさせねば」


 アルフレッドは自身の負傷などなんともないかのように立ち上がり、リズを慎重に担ぎ上げると、帝都に向かって走り出した。


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