3.襲撃
「殿下、このペースなら、今日中には次の街へ着くはずです」
「よかった。流石にベッドで寝たいと思ってたんだ。地面で寝るのはもういいよ」
「その割に昨日もぐっすりお休みのようでしたが?」
「そうかもしれないけど!快適な方がいいに決まってるだろう?」
翌日。ウィルとリズは昨日のことなどまるでなかったかのように街道をすすむ。
多少気まずい思いはあるかもしれないが、今は二人しかいないのだ。いつまでもお互いが腫れ物に触るような態度では気が滅入る。それが二人旅のコツのようなものかもしれないし、幼い頃からずっと一緒だった二人の信頼関係によるものなのかもしれない。
「それはそうですが。そろそろリンドグレーンの首都ベルフライと我が帝都ランスの中間地点を超えます。
帝都に向かうにつれて大きな街も増えてくるでしょう」
ラストフォート砦を出発しベルフライを通り過ぎた二人は、帝国の領土である大陸西部のちょうど中ほどのあたりを進んでいた。
交通の要衝であるベルフライから遠ざかるにつれて街から街の間隔は延びてゆき、昨日のように途中で野営を挟まなければ徒歩では次の街まで到着できないほどだ。
それも次の街まで。ここからは帝都ランスに近づくにつれ、逆に人は増え、街は近くなり、往来も増すだろう。補給もしやすくなるし、何かあっても近くの貴族を頼ることができる。
二人は安心しきっていたのだ。だからこそ、ヴェンパーの刺客ーーレイ・ハイアットとロブ・ウォーターズーーの接近をここまで許してしまった。
「よう、皇子サマ」
人気のない街道の脇からすっと現れ、ウィルとリズに話しかけてきたのは、意地の悪そうな顔をした男だ。おかっぱ頭の黒髪は艶やかで、育ちの良さを感じる。残酷さの滲み出る表情とは全く似合わない。
「殿下」
突然現れた男とウィルの射線上にすっと体を滑り込ませたのはリズだ。だが今までリズがこんな動きをしたことは見たことがない。今の自分が障壁魔法を使えないことを抜きにしても、その辺にいる野盗であればここまではしない。ウィルは何か悪い予感がした。
「ヴェンパー殿下の護衛騎士ね」
リズがそう言うのを聞いて、ウィルはかなり危険な状況になったことを悟る。
並の野盗やモンスターなら何体いようがリズの敵ではないが、相手が護衛騎士となると話は別だ。リズは護衛騎士の中ではそれほど強い部類ではないと聞いたことがある。楽観的に見て同格、こちらが二人であることを知った上で現れたということは、おそらくリズよりも……強い。
「あー?お前には話しかけてねーんだわ。黙ってろよ?」
気だるそうな話し方とは裏腹に、鋭い殺気をこちらに向けてくる。あまりの圧力にウィルは思わず後退りしてしまいそうになる。だが、ウィルの足が動くよりも先に、街道の横からもう一人が出てきた。
「奇襲で確実に殺しなさいといったわよね?顔を見せてどうするの」
そう言いながら現れたのは、長身の男だ。背負っている大弓から、弓兵であることがわかる。
「レイ・ハイアット……」
「知っているの?」
「ヴェンパー殿下の側近中の側近です」
リズが呟く。リズが知っていると言うことは、彼も護衛騎士なのだろう。腰を軽く沈め、ゆっくりと剣を抜き放つ。彼女はすでに臨戦態勢だが、現れた二人は棒立ちで言い合いをしている。
「いいじゃねーかよ。どうせ二人とも逃すつもりはないんだろ?おまけに皇子様のほうはまだ本調子じゃぁない。
障壁魔法がねーんなら、簡単な仕事さ」
「ロブ。あたしは確実性の話をしているんだけど?」
「俺が殺るって言ってるんだ。十分確実だろ?約束通り、ここは俺一人でやるぜ?」
「!?」
まずい。自分が今障壁を作れないことを知っていると言うことは、ラストフォート砦からすでに狙われていたと言うことだ。そしてウィルやリズの実力を確認し、その上でこうして姿を表したと言うことは、絶対勝てるという自信があるのだろう。
つまりはウィルとリズのどちらか、あるいは両方がターゲットと言うことだ。
「殿下、よく聞いてください」
視線を二人から離さず、リズがウィルに話しかける。話しかけながら、リズは左手に盾を構える。
「どこかで二人が私に釘付けになるよう、隙を作ります。そうしたら、街道からそれて森へ逃げてください」
「でも」
「あいつらに見つからないよう、森の中でじっと魔力の回復を待ってください。
障壁が作れるようになったら、なんとかして帝都まで逃げるんです」
「それじゃぁリズが……」
「じゃぁ、いくぞー?」
ロブと呼ばれた男は、間の抜けた声でこちらに話しかけ終わったかと思った瞬間、地面を蹴った。どっ!と土煙と共にロブの姿が消える。
「くっ!」
次の瞬間にはギィィィン!と金属同士の摩擦音がウィルの耳を掻き回す。一瞬で間を詰めたロブはウィルに向かって切りかかり、間に入ったリズが盾でロブの攻撃を防いだのだ。ロブの右手には反りが大きく身幅の広い曲刀が握られている。ギリギリとリズの盾すら切り裂こうとしているかのような不気味な音とともに、曲刀の柄につけられた装飾が揺れているのが見えた。
「はぁっ!」
間をおかずにリズは右手の長剣を振り下ろす。だがロブは最も簡単にリズの斬撃をよけ、余裕を見せつけるかのように後方へと飛び去った。
「お前は後で殺してやるからよ、待ってろって。
主人を殺られた護衛騎士がどんな顔するのか、見てみたいんだよなぁ!」
へらへらとした話し方とはことなり、ロブの動きは稲妻のようだ。瞬きをすれば一瞬で間合いをつめてくる。
二度、三度と弄ぶようにウィルへと必死の斬撃を繰り出してきて、その度にリズが防ぐ。ウィルには目で追うことすらできない。間に入ったリズが盾や長剣でロブの曲刀を防いでくれる瞬間だけ、かろうじて自分が攻撃されたことがわかるくらいだ。
「障壁!障壁っ!!……くそっ!」
魔力の戻らないウィルは、未だ魔法が発動しない。こんなことならマナポーションを持ってきておくべきだった。魔力の前借りでもなんでもいいから、リズを守らないと。障壁魔法の使えない自分は、なんの役にも立たない。
「ウィルフォードの障壁が発動したらやっかいだってのに。しょうがないわねロブは」
ロブがウィルの護衛騎士をいたぶる様子を後ろで見ていたレイは苛立ち、その場で弓を番える。キリキリと引き絞られた弦から伸びた矢が、剣戟を繰り返すリズを捉えた。
レイの元から解き放たれた弓矢は重力などないかのように一直線に走り、リズの左肩を射抜く。
「ぐっ!?」
ロブの猛攻を凌ぐことに精一杯でレイの動きに気づかなかったリズは、無防備に矢を受けてしまう。
「っち。レイの奴ぁ余計なことをしやがって!」
悪態をつきつつも、怯んだリズの隙をついてロブが足技を繰り出す。矢を受けて体制を崩したリズは回し蹴りをまともに食らい、近くに生えていた木へと叩きつけられた。
「がっ!」
背中に走る衝撃によって肺の中の空気が全て押し出される。力の入らない足を無理やり動かし、すぐに立ち上がる。目の焦点が定まらない中、ロブがウィルに狙いを定めていることだけはわかった。
「へっへ。死にな皇子サマ!」
ロブは鈍く光る曲刀を手に、ウィルに飛びかかる。
「やめろぉぉぉぉ!」
リズは叫ぶ。
あの衝撃でも盾と長剣をまだ手放してはいなかったのは、これまでの訓練の賜物だろう。ロブとウィルの距離はまだ幾らかはある。蹴り飛ばされてウィルから離れてしまった私でも、急げば間に合うはずだ。
言うことを聞かないはずの足に再び力が入る。皇族の命を守る護衛騎士の本能が、ダメージを負った体を突き動かしているのだろうか。
まだ間に合う。敵はまだウィルの元へ到達していない。早くウィルの元へ辿り着けない自分がもどかしい。奥歯を噛み締め、体にさらに力を込める。
後数歩だ。曲刀が振り上げられる。
間に合うはずだ。
私がウィルを守らなければ。
護衛騎士であり、姉役であり、……ウィルを愛するこの私が。
リズは全力で走り、自らの体を投げ出す。左手の盾でウィルを突き飛ばすのと、ロブの曲刀が振り下ろされるのは同時だった。
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