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絶対防御の魔法使い  作者: スイカとコーヒー
護衛喪失編 <Lost Guard>
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2.シェリルとリズの密談

「……」


 薪を拾うため、リズは森の奥へと入る。


 細い枯れ枝はあるものの、一晩火を絶やさないようにするにはある程度太さのある木が欲しいところだ。一歩踏み出すたびにぱきぱきとブーツの下で枝が折れる音がする。周囲を見回しながらも、リズの頭の中には出発前のシェリルの言葉が浮かんでいた。


「二人だけでお話があります」


 ラストフォート戦のあと、シェリルからそう伝えられて向かった執務室には、本当にシェリルと、リズしかいなかった。

 さすがに普段シェリルの身の回りを取り仕切っている、マリアというメイドくらいは控えていると思っていたのだが、彼女も席を外しているようだ。


「女王陛下、お話とは?」


「まぁ、そう焦らずに。座ってください。

 マリアが入れてくれた紅茶がありますよ」


 そういってシェリルは手ずから紅茶を注ぐ。そんな恐れ多いことをしていただくことはできません、と遠慮するが、シェリルに強引に座らされてしまう。女王陛下みずから、リズをもてなしたいということなのだろう。リズは言われるがままシェリルの正面に座り、紅茶が注がれるのをじっと見つめていた。



「今日は二人だけでお話がしたかったのです」


「??」


 怪訝な顔をするリズに、シェリルは話を続ける。


「人がいると、お互い言いたいことも言えませんしね。今日は立場を忘れて、遠慮なくお話しませんか?」


 ”立場を忘れて”だとか、”遠慮なく”などとシェリルに言われたところで相手は女王、それに主君であるウィルの結婚相手でもある。正直な話ができるわけもない。自分はウィルの護衛に過ぎない。隣国の女王に対して何かを述べる口はないのだ。


「いえ、恐れ多くもリンドグレーンの女王たるシェリル陛下に含むところなど……」


「あっ!そうでした!先日のオリエンス軍との戦いでは、本当にありがとうございました」


 あくまで護衛騎士として発言をするリズの言葉を半ば遮って、シェリルは話し始めた。


 シェリルの口調は公式の場のような女王然としたものではなく、ウィル達と帝国までの旅をしていた時のような比較的砕けた物言いだ。リラックスした表情からも、これが普段の彼女なのだろう。とはいえ、わざわざ自分だけを執務室に呼びつける目的がラストフォート防衛戦ではないだろう。リズは余計に警戒してしまう。


「はぁ……」


 リズはシェリルの思惑に気が散ってしまい、隣国の女王に対する返答としてはいささか無礼な気のない返事をしてしまう。シェリルはそんなことには全く気にしない様子で話を続けている。


「砦の外でリズ卿と戦闘になったオリエンス軍の隊長格は、ラストフォートでは有名な強敵だったようですよ。リズ卿は本当にお強いのですね」


「いえ、殿下のご命令に従ったまでです」


 ふふ、とシェリルは微笑みながら、話題を変えてきた。


「そういえば、ウィルが帝都を出発した時には、リズ卿と二人だけで旅をしていたと聞きました」


「はい。フェブリア殿下がアルフレッド様を派遣してくださるまでは、護衛は私だけでした」


 たしかに、アルフレッド様と合流するまではウィルの護衛ーー味方と言っても差し支えないかもしれないーーは自分だけだった。継承権は第四位で次期皇帝はほぼデューン皇子で決まりだろうと帝都の貴族たちはほとんどがそう思っていたようだが、それにしても扱いがひどすぎるとリズは感じたものだ。


 幼いころからウィルの遊び相手でもあり、姉役でもあったリズは、ある時からウィルの護衛の道を志した。ウィルが帝都を発つ頃には護衛騎士の一員となるまでに練達することができたが、あの時ほど自分が護衛騎士となってよかったと思ったことはない。


 扱いはほかの皇子たちと比べぞんざいだったとは言え、大陸に覇を唱える帝国の皇子だ。一人で旅をする経験などない。野営の準備、平民とのやり取りなど、リズはいろいろなことをウィルに教えた。初めて火起こしをしたのもその時だ。

 当時の記憶が少しよみがえって、リズは一瞬懐かしい気持ちになる。しかし今はシェリルとの会話中だと思いなおして、再び彼女へと意識を向けた。シェリルは少し、悲しそうな表情をしているようにも見える。


 ……だめだ。彼女の意図が読めない。リズは緊張で乾いた唇をうるおそうと、シェリルの入れたティーカップに手を伸ばした。しばし沈黙が流れた後、シェリルがとんでもないことを言い出した。


「リズ卿は、ウィルと結婚はしないのですか?」

「ぶっ!?」


 ちょうど口に含んでいた紅茶を思わず吹き出してしまう。げほっ、げほっ、とむせながら、リズはシェリルに言われたことを頭の中で反芻する。しかし何度考えても、意味が分からなかった。


「げほっ、げほっ……今、なんと?」


「ウィルのことをどう思っていますか、と聞いたのです」


 いつの間にか、シェリルは真顔だ。先ほどより体は前のめりで、顔が近いな、とリズは関係のないことが頭に浮かんだ。


「わ、私は護衛騎士として、主君である殿下にはエスタリアの次期皇帝となっていただきたいと考えています」


 ここにきても取り繕った返答しかしないリズに、シェリルはさらに顔を近づける。座って少しうつむき加減なリズの顔を、もはや覗き込むようになっている。


「護衛騎士として、は理解しました。私はあなた個人として、ウィルのことをどう考えているのかを聞きたいのです」


「……」


「はっきり聞きましょう、ウィルのことは好きではありませんか?」

「それは……」


 リズはそれを口に出せずにいる。ウィルの本当の味方は自分だけなのだ。もしこれを口に出して、ウィルと距離ができてしまったら。彼のことを誰が守るというのだ。


 シェリルに接近され、心の内を見透かされているような気がして、リズはさらにうつむく。

 そんなリズをみたシェリルはすっと立ち上がると、書斎の窓のほうへと進んでいった。書斎の窓からは砦の訓練場が見える。少し距離があるので声は聞こえてこないが、数人の兵士たちが稽古をつけているようだ。


「確かに私はリンドグレーン女王として、ウィルと婚姻を結びました。

 しかしウィルにはエスタリア帝国第四皇子としての伴侶がいません。」


 窓の外へ向いたままで、シェリルの表情は見えない。


「私も一度帝都へ赴いた身ですから、帝国でウィルの立場があまり強固ではないことはわかっています。

 だからこそ、ウィルは身を固める……結婚して、絶対的な味方を手に入れる必要があります」


 それなら帝国内の有力貴族との婚姻がよいのでは、とリズが答えることも想定していたのか、シェリルは振り返ってリズを正面にとらえる。


「しかし、今まで何のつながりもない貴族との婚姻は避けるべきだと考えています。

 貴族たちの勢力争いに、ウィルがいいように使われるだけでしょう。


 だからこそ……貴女とウィルが結婚するべきと考えているのですが」




****




 結婚。リズは薪を拾いながらシェリルから言われたその言葉を口に出してみる。


 こうして自分で言葉を紡いでも、ウィルとの結婚は自分とははるかに距離のあることにしか思えない。もちろんそういう気持ちがないわけではない。が、それよりも、ウィルに自分の想いを伝えることすらまだできていないのだ。


 シェリルの言葉、ウィルとのこれまでの旅。いろいろなことをぐるぐると考えながら薪拾いをしていると、一晩では使いきれない山ほどの焚き木を持って帰ってきてしまった。それを見たウィルは何に使うのかといぶかしがった。




 たき火の近くの倒木にウィルとリズは並んで座り、簡単な食事をとることにした。薪を拾いに行ってからリズは何かずっと思案しているようで、ウィルが話しかけても虚ろな返事しか返ってこない。食事中もチラリとウィルのほうをみては、目が合うとすぐに顔をそむけてしまった。


 たき火からは十分な高さの炎が上がり、周囲を照らしている。ゆらゆらと炎の動きに合わせて照らされて、ウィルとリズの影が森の木々に移しこまれる。並んで座っている二人の影は、炎に合わせてダンスを踊っているようだ。

 なぜか普段よりも、リズが自分の近くに座っているように感じる。

 日が落ちて闇が広がり始めた中に、炎の明かりで照らされるリズの顔を見て、ウィルは少し落ち着かない。出発前、シェリルに言われたことを思い出していたからだ。


「リズ卿のことをどう思っていますか?」


 そう、シェリルはウィルに対しても、リズと同じくエスタリア帝国皇子としての結婚をすべきと話していたのだ。シェリルはウィルの伴侶だからこそ、彼女はリズに対するウィルの想いをよく理解していた。それこそ、本人以上に。

 シェリルの作戦によって、お互いを意識しあう状況で二人だけで旅をするよう、お膳立てされていたのだ。


「……まだ、魔力はもとに戻りませんか?」


 ふと、リズがこちらを向いた。炎が揺らめいているのが、照らされたリズの顔を見ているとわかる。


「うん。あと少しだと思うけど。障壁が作れないのは不安だけど、もうしばらくはリズの護衛にお世話になるよ」


 いまだにウィルはマナポーションの使い過ぎによる反動が戻っていなかった。おまけに魔杖もほぼ壊れて、今障壁を張ることはできない。


「もちろんです。私が、護衛騎士として命をとして殿下をお守りいたします」

「大げさだよ!急にどうしたのリズ?」


 急にまじめな顔をしたリズに、少しウィルは照れ臭くなった。


「僕は第四皇子なんだから、狙われるようなこともないだろうし」



 そういってウィルが冗談めかして笑ってみても、リズは真剣な表情をしている。



「殿下。殿下は皇帝になりたいですか?」


 リズにそういわれて、ウィルはシェリルの、エスタリアで足場を固めるには結婚すべし、という言葉を思い出してしまった。彼女が言っていた、結婚すべき相手は今まさに目の前にいる。


「殿下が皇位継承権を望まれるのでしたら、私は、応援します」


 リズのまっすぐな目を見て、ウィルは顔に血が上ったのが分かった。そして、彼女への想いも。小さなころからずっと、自分のことを守ってくれたリズ。あぁ、自分はリズのことを……


 いつの間にか、二人の方が触れ合う。お互いの顔はすぐそばまで近づいて、たき火で照らされていたはずの表情は逆に見えづらくなっている。ぼーっとした頭でウィルは何かに吸い寄せられているようだ、とふと考えた。



 パチッ!



「あっ!そ、そろそろ寝ましょうか!?明日も早いでしょうし」


 焚き木のはぜる音に我に返ったのはリズだった。さっと距離をとって、焚き火の燃えさしを広げる。炎が立たなくなり、闇夜に赤熱した炭がぽつぽつと光を残した。


「そ、そうだね。……寝ようか」


「私は周囲を見回っておきますから」


 今のは何だったんだろう。ウィルもわけのわからないまま寝袋を用意し、横になった。久しぶりの二人旅。普段と違ってリズのことを意識しながら日中を過ごしていたからか、疲れていたウィルはいつの間にか眠ってしまった。



「……なんで」


 自らは周囲の警戒をしながら、リズがつぶやいた。


「なんで逃げちゃったかなぁ」


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