18.消滅するオリエンス軍・天幕
ルクスが巨大化する少し前の、オリエンス軍指令室。レイモンドのもとへは続々と戦況が報告されてくる。
ウィルフォードは魔力切れを起こしたと思われ、障壁は一時的に消失した。しかし、それほど時間はたたないうちに障壁が再び生み出されたようで、通常攻撃魔法はまだ砦に到達していない。……通常攻撃魔法は。
帝国の皇子ヴェンパーから譲り受けた、謎のスクロールによる攻撃は効果てきめんだった。
一回目の使用ではやすやすと障壁を破り、砦の一部を破壊して見せた。
二度目は少し効果が減じたようだったが、観測班によると第四皇子は障壁を多重に展開させたとの分析で、魔力も相応に消費したとみられると報告を受けた。
すでに三回目のスクロールの使用を指示している。一度魔力切れを起こしている以上、多少アイテムなどによる底上げがあったとしても、もうそれほど持たないだろう。
「くくっ」
レイモンドは口角をあげる。湧き上がる興奮を抑えることができない。悲願であったラストフォートの陥落はもうすぐだ。
それに、オリエンス王国の大敵であるエスタリア帝国の皇子を一人抹殺できるチャンスだ。
「これはオリエンス王国史に残る戦になる。俺はオリエンス王国の大陸制覇の端緒を開いた貴族として、歴史に名を刻むことになるのだ」
机に置いていたティーカップに手を伸ばしたとき、異変が起きた。カタカタ、カタカタとティーカップが小刻みに揺れているのだ。
「?」
不審に思ったレイモンドが立ち上がると、ドン!という衝撃と同時に、鼓膜をじかに揺らすような大音量で何かの雄たけびが聞こえてきた。
「グァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
「うっ!?」
思わず耳をふさいだレイモンドに、天幕の外から兵士が走りこんでくる。
「レ……レイモンド様!」
「なんだ!?ゆっくりはなせ!」
耳から手を離したレイモンドだが、まだ耳の奥がしびれている感覚が残っている。
思わずいら立ちを関係の無い兵士にぶつけてしまうほどに、何か悪い予感がする。
「スクロールによる大魔法の三回目の砲撃は失敗!敵軍の障壁魔法の消失は観測しましたが……」
言い淀む兵士。なんと報告するのか悩んでいるようだった。
「早くしろ!」
ゆっくり話せといった口で早くしろ、とは横暴もいいところだが、レイモンドは貴族で彼は一般兵だ。愚痴を言う権利などない。はい、と了承の返答をした兵士はつづける。
「突如、障壁とは異なる魔法的な力場が発生。こちらの魔法攻撃をすべて打ち消しています。効果範囲は、砦全体に及んでいる模様!また、その……」
再び言いよどむ。これ以上何をためらうのだろう。
「いいから報告を続けろ」
「はっ!一部観測兵から、その、敵陣に……白いドラゴンが現れたとの報告が」
ドラゴン?全く意味が分からない。ラストフォートに立てこもっているリンドグレーン軍の兵器だろうか?いずれにしろ、情報を集める必要がある。
「通常魔法による攻撃を継続しろ。同時にその白いドラゴンについて情報を集めてこい」
「承知いたしました!」
天幕を出ていく兵士。開け閉めされた出入口の仕切りがまだゆらゆらと揺れている間に、再び轟音とともに地面が揺れる。
先ほどよりも揺れは大きく、ガタガタと机の上のティーカップが音を立てる。大きな揺れのせいでカップの中身もこぼれている。
何かが、起こっている。突然現れたというドラゴンとやらと、何か関係があるのだろうか?
「レ、レイモンド様……!!」
「今度は何だ!?」
再び別の兵士が報告に現れる。先ほどの兵士よりも焦っていて、顔面は蒼白だ。
「報告します!ラストフォート上空からの謎の魔法攻撃により、右翼ーー砦北を責めていた部隊の約半数が消滅!現在指揮系統の再構成中です!」
「し、消滅……?」
右翼の半数と言えば、千人を超えるだろう。リンドグレーンは奥の手を隠し持っていたのだろうか?
「何が起こっている!?」
思わず立ち上がったレイモンドが天幕を出ると、うろたえる兵士たちが目に入る。彼らは上空を指さして何かを叫んでいる。喧噪の中で、レイモンドの耳に「ドラゴン」という言葉が入ってきた。
兵士たちの指さす方向へ目を向けたレイモンドが見たのは、淡く白い光をまとった、正真正銘のドラゴンだった。
レイモンドは王国首都で一度だけ、ドラゴンを見たことがあった。王国でもドラゴンという存在は希少で、直接目にしたことのあるものはこの軍には数えるほどしかいないだろう。しかし遠く距離を置いてすら感じられるあの威容は、初見でもそれとわかる代物だ。
密集しているところにブレスを吐かれれば、確かに隊が消滅してもおかしくない。なんとしても落とさねばなるまい。
「スクロールと魔法をすべて撃ち込め!なんとしてもあいつを墜とすんだ!」
レイモンドの怒号に我に返った兵士たちが攻撃を加える。
ラストフォートへ甚大なダメージを与えていた氷柱の魔法も、次々と発動する。
だがドラゴンへ向かって発射されたそれらの魔法は、一直線に進み、途中で光の粒子となって粉々になった。次々と光に分解される魔法攻撃。粒子となった光の様子を遠巻きに見ると、まるでウィルフォード皇子の障壁のように、ドラゴンの周囲のかなり広い範囲を何らかのバリアが覆っているようだった。
「そんな……スクロールの魔法が効かない!?」
今のオリエンス軍に、あれ以上の強力な魔法攻撃は無い。となれば、もはやオリエンス軍はドラゴンにただただ蹂躙される木偶人形になってしまう。急いで逃げなければ。
ふいに、レイモンドはぞくりと背筋が凍りつくような感覚ーー悪い予感がした。まるで自分の命が、あと数瞬で失われるような……。
ドラゴンがこちらの方を向いたような、そんな気がしたのだ。
「総員!!撤退ーー」
レイモンドが叫ぶのと、上空のドラゴンから放たれたブレスがレイモンドのいる中央の陣に届いたのは、ほぼ同時だった。
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