7.教会にて
「いやぁ、危なかったっス」
サイラスは独り言を言いながら、町はずれの神聖教教会への道を行く。この町に居座るようになってから、もう何度も通って慣れた道だ。
「俺の動きについてこれる奴がいるなんて。あの腐った領主、金の力で名のある用心棒でも雇ったんスかね?まぁ、さすがに追いつけはしなかったみたいスけど。」
今まで領主の館にいた有象無象の護衛たちは、サイラスが少し本気を出せば、目で追うことすらできていなかった。だが道具屋でいきなり切りつけてきたあの女は、只者ではない。サイラスの動きをとらえ、一撃を入れてきた。
「ま、それはそうと。こんちはース!」
教会の扉で大きな声で呼びかける。いつもの方法だ。教会で暮らしている孤児たちも、何度も来るうちに慣れてくれた。
「あー!おじちゃんだ!」
「こんにちは!」
誰が来たのかと窓から顔をのぞかせた子供たちが、声をあげて扉から出てくる。
「っス!元気にしてたか?」
「うん!」
「今日は何しに来たの?」
「そうだ、ドロシアおねーちゃん呼んでくるね」
ドロシアおねーちゃん、はこの教会の唯一の神官だ。神聖教徒からのお布施と、教会の庭でとれるわずかな野菜で孤児たちを保護している。本人だってまだ成人して間もないだろうに、感心してしまう。だからなのか、いつのまにか足を運ぶようになってしまった。
「サイラスさん!こんにちは」
ドロシアは洗濯でもしていたのか、神官服の上からエプロンをつけていた。まだ小さい孤児たちの服だけでも結構な量だ。炊事、洗濯、日々の祈り……神官には休む暇などない。
「ドロシアさん、こんにちは。差し入れっス」
サイラスはこうして、たまに食料や日用品、そして多少の金銭を神官に渡していた。帝国内でも教徒の多いはずの神聖教だが、この教会はあまり金銭的な余裕はない。それも、このあたりを治めるパーセル公爵のせいだ。
パーセル公爵は私財を蓄えるのに熱心で、その活動の一部として街の経済的な発展を推し進めている。近々街の範囲を拡張するとかで、この教会の建っているあたりに新しい商業地区を計画しているらしかった。
「……いつもありがとうございます。」
「いいんスよ。俺も、こんなことしかできなくてすみません」
ドロシア神官はいつものように恐縮している。だがこの困窮は彼女のせいではない。商業地区の開発には、教会の広い敷地が必要なのだ。外聞を気にするパーセル公爵は、おおっぴらに教会を無理やり立ち退かせるのではなく、教会への支援金を減らして自主的に立ち退くよう仕向けているのだ。
「やったー!」
「サイラスおじちゃん、ありがとう!」
無邪気に喜ぶ子供たち。生活基盤のない彼らがこの教会ごと追い出されてしまっては、野垂れ死ぬのが関の山だ。なぜこの子たちが困窮する一方で、領主は私腹を肥やしているのだろうか。
この帝国は、腐敗に満ちている。風のうわさでは、どうやら皇帝は善政に努めているらしいが、このあまりに広い領土を統治する地方領主たちには、監視の目が届かない。
「そうだ、今日はちょっと珍しいものもあるんスよ」
そういって、マントからあの杖を子供に渡す。道具やでは買取されなかったが、おもちゃくらいにはなるだろう。自分を義賊だなどと正当化する気はないが、必要以上に肥えのさばった貴族から、わずかにくすねた金を貧しい子供に分けることの何がいけないのか。
「わぁ!まほうのつえだ!」
「真ん中に宝石がついてるよ」
「あっずるい!僕にも持たせて!!」
「みんな、けんかしないの。ほら、教会にもどってあそんでらっしゃい」
「はーい」
子供たちはみんなで杖を取り合いながら、教会の中へと戻っていった。
「子供たちもすっかりサイラスさんになついちゃって。ふふ。」
ドロシア神官はうれしそうに笑う。毎日、その日食べるものにも困っているとは思えないほど、穏やかな笑顔だ。だからこそ、領民を顧みない貴族には腹が立つ。
「サイラスさんも、少し休まれていきますか?といっても、お出しできるものは何もありませんが」
すこし困った顔で、ドロシア神官はそう言った。しばらく子供たちの相手をしながら、神官と談笑するのもいつもの流れだ。サイラスはいつものように「では、少しだけ」と言いかけて、やめた。
「ドロシアさん、今日はちょっと用事がありまして。すんませんっス」
「そうですか……。残念です。子供たちも楽しみにしていますし、また来てくださいね」
そういって神官は教会の中に戻っていく間、サイラスは神経を研ぎ澄ます。少し前から何者かの気配を感じていたのだ。もしかしたらさっきのあの赤茶色の髪の女だろうか。
子供や神官もろとも襲い掛かるような冷徹な追っ手ではないようだが、鋭い視線をいくつか感じる。並の相手ではないだろう。
振り返ると、やはり道具屋にいたあの三人組だ。向こうもこちらに感づかれたことに気づいたのだろう。平然と歩いてくる。少し情報が必要っスね。そう考えたサイラスは、話しかけてみることにした。
「俺のこと、つけてたんスよね?」