9.裏切り
モーガン辺境伯領、ブラッドリバー。
リンドグレーン侵攻の翌日、兵を一旦ラストフォートから退かせた司令官のエディー・ブラッドリーと、正規軍隊長レイモンド、そして砦の南北を攻めたリオ、フォルジェ両隊長は、再び作戦司令室に集まっていた。
普段あまり関係が良いとは言えない隊長たちだが、今日はお互いを挑発するような言動はせず、前回とは違った緊張感が部屋に満ちている。その理由は、長机の奥に座っている人物だ。モーガン・デール・ガスコイン辺境伯その人である。
今日の目的は、昨日の作戦の報告と、次回の本格侵攻に向けた作戦の共有だ。
「大まかな戦果はブラッドリー司令官から、すでに聞いている」
歴戦の猛者であるモーガン辺境伯が全員を見回す。彼の視線を受けると、隊長たちですら圧迫感を感じるほどだ。
「ウィルフォード皇子の実力について、お前たちの考えを聞こう」
モーガン辺境伯は、ウィルフォード皇子一行のことを注意すべき人物としてとらえているようだ。
確かに、今回の戦いでリンドグレーン側にほとんど打撃を与えられなかった大きな要因となったのは、皇子の魔法障壁と護衛の二人だ。リンドグレーン女王の結婚式でウィルフォード皇子と一言二言言葉を交わしただけだと言うが、それだけでこの結果を予想したというのだろうか。
「ウィルフォード皇子の障壁は、非常に厄介です」
話し始めたのは、砦正面を攻めたレイモンドだ。リオやフォルジェ姉妹は作戦上、ウィルフォードとは直接対峙していないのだから、自然と報告は彼の役目となる。
「様々な種類の魔法による砲撃はすべて防がれました。バリスタによる物理的な攻撃も同様。攻撃の種類を問わず、有効打を与えられませんでした」
レイモンドは報告を続ける。
「また、障壁の範囲は砦を半分以上覆うことができるようです。『近くにいる数名が効果範囲』という事前情報と大きな差がありました」
戦果が挙げられなかったという報告に、リオが小さな声で揶揄する。
「下調べが足りなかったんじゃぁ、ないですかねぇ?」
「なんだと!?平民風情が無礼だぞ!」
プライドの高いレイモンドは、モーガン伯の前で恥をかかされた形になり激昂する。しかしそれを止めたのはモーガン伯だった。
「喧嘩はやめないか。事前に手に入れられる情報にも限界がある。本番に向けて事前に奴の能力を知ることができたのだ。次に生かせればそれでよい」
「はっ」
ねぎらいの言葉をモーガン辺境伯から受け、レイモンドはリオへ向けようとしていた矛を収める。モーガン辺境伯は次にリオに報告を求めた。
「リオ卿、貴君はどうだ?帝国護衛騎士の実力は?」
「まぁ、そこそこじゃないですかね。でも俺の敵じゃない。あんなに早く撤退命令が出ると思わなかったんで、殺し損ねましたがね。なぁ、フェリシテ隊長?」
「ぐっ……」
リオはそういってニヤニヤとフェリシテとフォルジェを見下した笑みを浮かべる。フェリシテはこちらに歯ぎしりの音が聞こえてきそうなほど、奥歯をかみしめて屈辱に耐えている。
事実、撤退が早まったのはフォルジェ姉妹がアルフレッドに敗退したためだからだ。
「ふむ、ではフェリシテ卿、フェリーネ卿はどうかな?卿らが相手にしたのは護衛騎士アルフレッドだ。
かの者は帝国で一、二を争う実力と名高い。”時間稼ぎ”はさぞ難しかっただろう」
モーガン辺境伯はフォルジェ姉妹に助け舟を出した。時間稼ぎでなければ、不覚をとることはなかっただろうというわけだ。
「そ、そうです!全力で当たってよいのであれば、帝国一の実力と言えど問題はございません!!」
恥辱に耐えていたフェリシテが必死に食らいつく。
「もちろん、そう思っているとも。君らには奥の手が残っていることだからな」
「はっ。次に会敵した暁には、かの者などオリエンスの足元にも及ばないことをお見せいたします!」
モーガン辺境伯の言葉で、フェリシテは落ち着きを取り戻した。あまりに気負うと視野が狭くなる。一度敗退し、雪辱に燃える者であればなおさらだ。姉妹が余計な雑念にとらわれないよう、モーガンはあえて信用していると口に出したのだ。
モーガンは少し間を置くと、再び三人に問いかける。
「さて、以前までのラストフォート砦であれば、落とすことはたやすかっただろうが、皆も理解した通り、今はウィルフォード皇子とその護衛がいる。どう攻めるか、策のあるものはいるか?」
「それについて、一案がございます」
「ほう?」
そう、切り出したのはレイモンドだ。
「もう一度、私にウィルフォードの攻略をお命じください。次ことあの障壁を攻略してご覧に入れます」
「はぁ。一発も障壁を抜けなかったのに、どうにかなるんですかぁ??」
リオが再び挑発する。だが彼の言っていることも間違ってはいない。それはレイモンドもわかっているのか、リオの挑発には耳を傾けずちらりを視線をむけただけで、モーガン辺境伯へ説明を続ける。
「いくら帝国の皇族と言えど、あれだけの規模の障壁を維持し続けることは困難でしょう。
時間は多少かかるかもしれませんが、断続的に攻撃を続けて、奴の魔力切れを狙います」
たしかに、一案ではあるが、前回の攻撃も一時間以上は魔法攻撃と投石機による攻撃を続けていた。あとどれだけ時間をかければよいというのか。当然の疑問をぶつけたのは司令官のブラッドリーだ。
「レイモンド卿。現実的な時間で皇子が魔力切れを起こす見込みはあるのか?」
「もちろんです。おそらく障壁の大きさと強度によって魔力消費は増減するでしょう。
次回の攻撃では、最初に強力な魔法攻撃を放つ予定です。そうすれば、皇子は障壁の強度を上げざるを得ません」
「理屈は理解できましたが、”強力な魔法攻撃”はどうやって?今の魔法部隊は人員は多いですが、単発で高威力な魔法を放てるほどの要員はいないのでは?」
フェリシテも当然の疑問をぶつける。だがそれもレイモンドは予想していたようだ。
「それについてはご安心を。とある事情で詳細はお話できませんが、私にあてがあります。」
含みを持たせた言い方をするレイモンドを、信じてよいのかどうか。疑わしい目で見つめるリオやフォルジェ姉妹、ブラッドリー司令官。だが最後はモーガン辺境伯の言葉で方針が決まった。
「よかろう。では貴君の案に乗ることにしよう。作戦立案はレイモンド卿。そして引き続き全体の統率はブラッドリー、頼むぞ」
「承知いたしました」
「愚案を取り立てていただき、光栄です」
相手の実力を見たうえでの攻略法だ。レイモンドには勝算があるのだろう。モーガン辺境伯は満足そうにうなづいた。
「リオ卿、フェリシテ卿、フェリーネ卿には、次回はウィルフォードの護衛騎士の撃破を命ずる!様子見は不要だ。実力をいかんなく発揮し、次回こそラストフォートを落とすのだ」
「はっ!」
作戦の詳細は後程レイモンドから改めて各隊長へ説明することとなり、モーガン辺境伯の御前での作戦会議は幕を閉じた。
「作戦は決まったかい?」
作戦会議のあと、レイモンドにある人物が話しかけてきた。彼にウィルフォード攻略法を教えた男だ。そして、その作戦の重要な要素である「強力な魔法攻撃」を持つ男でもある。
「教えてもらった作戦が採用されましたよ」
「それは良かった。お前さんは砦の攻略に一歩近づいたってわけだ」
男は全身を覆うマントをかぶり、フードを深くかぶっている。
「えぇ。そして、ウィルフォード皇子の攻略も一歩前進です」
レイモンドがフードの男にそう返すと、くっくっとくぐもった笑いがフードから漏れてくる。
初めて会ったときは信じられなかったが、リンドグレーン軍の、いやウィルフォード皇子の敗北を期待しているのは本当のようだ。
「それじゃぁ、アレも渡さねぇとな」
マントの中からごそごそと、いくつかのスクロールが取り出される。
「……」
レイモンドは、黙ってその様子を見ている。
「これには兄上の攻撃魔法が封じてある。俺が知る限り兄上の最強魔法だ。もしかしたら、一発で終わっちまうかもなぁ?」
フードのせいで表情は見えないが、声色から暗い薄笑いを浮かべているのが目に浮かぶようだ。受け取ったスクロールは本物のようだが、どこか信用できない。
「本当に、いいんだな?ラストフォートが攻略されるということは、おそらく前線に立っているウィルフォード皇子は……」
「いいんだよ。最初から言ってるじゃねぇか。あいつをぶっ殺せってよォ!!」
……まぁ、珍しい話では無い。エスタリア帝国も一枚岩では無いと言うことだ。とくに今は次期皇帝を決めるために、皇族が後継者争いをしていると言うでは無いか。足の引っ張り合いなど、貴族社会ではモンスターよりもよく見かける。
「わかりました。では遠慮なく」
「ヒヒッ!戦果を楽しみに待ってるぜぇ!」
そう言ってフードの男――エスタリア帝国第三皇子、ヴェンパーは、レイモンドの執務室を出て行った。
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