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絶対防御の魔法使い  作者: スイカとコーヒー
白い眷属竜編 <Arubino Dragon>
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8.女二人の同盟

「……」


 ウィルとシェリルが部屋を出たあと、いつの間にか部屋に入ってきたのは、リズだ。


 外ではまだ勝利の興奮やめやらない兵士たちが、リンドグレーン王国の歌を歌ったり、万歳を繰り返している。



「……」



 外にいるラストフォートの兵士たちと反対に、リズの表情は暗い。躊躇いがちに部屋の中に進むと、カゴの中で休んでいるルクスの元へ進む。




「ルクス。あなたを殺すわ」




 苦しそうにリズが声を絞り出す。


「ウィルは、……あなたの主人は、ありったけの魔力をあなたに与えている。

 さっきはもう、魔力切れを起こしていたようだった。これ以上は見ていられない」


 シェリルに支えられながら、砦の中を歩くウィルを見た。体全体に力が入っていないようだった。魔力切れの典型的な症状だ。護衛騎士としての訓練の中で、魔力切れを起こした騎士を何回も見たことがあるからわかる。


「あなたがいる限り、ウィルは自分のことなんて顧みずに魔力を注ぎ続ける。

 そして、魔力が枯渇した状態で敵と出会ってしまったら、危険に晒されるのは彼自身よ」


 リズは口に出して自分に言い聞かせようとしているのだ。今から彼女がすることが、主人の、愛するウィルフォードのためであると。


「使い魔を失えば、ウィルの評判は落ちるかもしれない。私はきっと護衛から外される。それでもいい。もう会えなくなったって、このままウィルが魔力切れで死んでしまうくらいなら」


 クゥ、と鳴いてルクスが頭をもたげた。リズの言葉がわかっているのかいないのか、部屋にやってきた彼女をじっと見つめている。

 リズにはドラゴンの表情などわかるはずもないが、その瞳は透き通っていて、ウィルに災いをもたらすような存在には見えなかった。


 しかし、今のところこの使い魔の存在がウィルの脅威となっているのは事実だ。ウィルの脅威であれば、なんであろうと取り除く。それが護衛の役割だ。


「これは私の役目よ。私にしかできない」


 また、自分に言い聞かせて、リズはゆっくりと剣の柄に手を伸ばす。珍しく、手は震えていた。

 柄を握った右手に力を入れ、鞘から抜く。カチャリ、と刀身が鞘から離れる音がする。ルクスの残り少ない命の時間を告げる、時計の針が進む音でもある。


「……」


 ドラゴンとは言え、弱っている魔獣などひと突きすれば十分だ。


 だが、リズは剣を振り上げる。こうでもしないと、大切なウィルの使い魔に刃を突き立てるなどという決心がつかない。


「ふぅっ。ふぅっ」


 このまま剣を振り降ろせば、使い魔は両断される。いかに強者の代表とも言えるドラゴンでも、幼いうちに庇護する者もいなければその程度だ。


「ぐっ……」


 力を入れて、手に持った剣を振り下ろそうとする。護衛騎士として訓練中に何百万回と繰り返したかわからないその動作ができない。目を閉じる。腕に力を入れる。


 だが、リズの体が、リズの心が、それを拒否する。



 ……そうして、リズは剣を振り下ろすのをやめた。

 力が抜けると、剣は急に重さを取り戻したかのように重力に従って右手を離れ、ごとりと音を鳴らして床に落ちた。


「……。あなたは、ウィルと一緒ね。

 ウィルは皇族として生まれたのに、お兄様方のような強力な攻撃魔法を持たない。一番末っ子のせいで、皇位継承権も低いから、貴族たちの協力者もいない。

 あなたもドラゴンとして生まれたのに丈夫な体を持たず、ウィルしか味方がいない」


 リズは床に落ちた剣を拾い、鞘に収める。そしていままで剣を握っていた右手で、ルクスの体に触れた。白い鱗は滑らかで、窓から入ってくる光を鈍く反射している。


「だから、私が守ってあげる。私はウィルの護衛騎士だから。護衛騎士は主人を命をかけて守る。主人の使い魔だって、守って見せるわ」


 ルクスは自らの命がもう一歩で失われそうだったことがわからないのか、スースーと寝息を立てている。


「度胸だけあるところは、ご主人様と一緒みたいね。まぁ、そいういうところも……好きなんだけど」


 部屋に入ってきた時の、暗闇にいたような気分は今のリズにはなかった。彼女は前向きだった。

 この、体の弱い使い魔を守ると決心した。ウィルの悲しい顔を見ることもないし、自分が後ろめたい剣を振るうことも無くなった。覚悟が決まったら、あとは全力を尽くすのみだ。


「守ると決まったら、可愛らしくも見えてくるわね。なんだか本当に小さなウィルみたい。……ふふ」



ぎしっ……


 物音にリズは背筋が凍りつく。考え事をしていたせいで周囲の気配に全く気づかなかった。何者かと再び剣に手をやり、振り返ると。


「シ、シェリル女王陛下」


 入り口に立っていたのは、シェリルだった。


「勝手に陛下のお部屋へ入り込んでしまい、大変申し訳……」

「良いのです、リゾルテ卿」


 すぐさまひざまづき、謝罪を述べようとするリズを、シェリルは遮った。


「そちらに座ってください。少し、話をしませんか」


 シェリル女王は穏やかな顔をしている。それが貴族特有の、感情を隠すための偽りの表情なのか、彼女の自然な表情なのかは、リズには判断がつかない。

 シェリルに促されて、リズは椅子に座った。部屋にはテーブルとソファの他に椅子が二脚用意されている。シェリルとウィルが座るためだろう。そして、今はシェリルとリズが座っている。


「ウィルにはポーションを飲んで少し休んでもらっています。リゾルテ卿もわかっているのでしょう?彼は魔力切れを起こしていますから」


 ティーポットから注いだ紅茶に口をつけてから、シェリルは話し出した。女王がてづから飲み物の用意をするなどあってはならない。メイドがいないのだから、本来自分が準備すべきなのだが、リズはこれから何を言われるのか不安で身体が動かなかったのだ。


 シェリルは今から何を話そうというのだろうか。


「なぜ、ルクスを殺そうとしたのですか」


 唐突にシェリルはそう問いかけた。血の気が引くのが分かる。ルクスに剣を向けていたのを見られたのだ。体が硬直する。

 かろうじて、リズが口から絞り出せたのは、謝罪の言葉だった。


「も、申し訳……」

「謝罪を求めているわけではありません。ただ……」


 そういったシェリルの表情は柔らかく、少し寂しそうな顔をしていた。


「ただ、理由を聞いてみたくて」


シェリルがポツリと言ったあと、しばらく無言の時間が流れた。リズはどのように言ったものかと思案して、結局正直に説明するしかないと考えた。


「ウィル……殿下のためです。殿下の魔力切れは、ルクスのせいだと考えました。

 魔力切れを起こしたままでは、これからの戦いで殿下に危険が及びます。使い魔がいなければ、殿下は魔力を自分のために使える」


 どう考えても、主人を裏切る行為だ。妻となったシェリル女王がこれを許すはずはない。護衛ならば、主人とその使い魔くらい守って当然と考えるだろう。


 愚かな考えを持った夫の護衛を軽蔑しているだろうか。リズが説明する間、うつむいて机に向けていた視線をシェリル女王に戻すと、彼女はつらそうな顔をしていた。


「もし、ルクスを手にかけてしまったら、ウィルが悲しむと思わなかったのですか?」


 ウィルが悲しむ、と聞いて、胸が痛んだ。でも、リズにはそうするくらいしか対処方法が思いつかなかったのだ。


「私は、ウィルフォード殿下の護衛ですから。殿下の安全が何より優先です」


「……」


 シェリルは再び紅茶に口をつけて、ふぅと息を吐いた。


「あなたは強いです。ウィルのために自分が手を汚すことすら進んで引き受けようとしている」

「でも、できませんでした」


 リズの答えに、シェリルはぽつりとつぶやいた。


「私もです」

「えっ?」


 リズが驚いた。シェリルも、ルクスを殺そうとしたということだろうか?


「私は政治の世界で生きてきましたから、利用価値のなくなった味方を切り捨てなければならない場面をよく見てきました。

 だから私もルクスがいなくなれば、と考えました。……でもウィルのことを考えたら、できなかった。理由はたぶん、あなたと同じです」


 シェリルは背筋を伸ばした。


「ウィルには味方がもっと必要です。……ルクスのように、たとえ今は役に立つか、わからなくても」

「シェリル陛下……」


 リズは涙が出そうだった。ウィルの本当の味方になれるのは自分だけだと思っていた。だが、偶然にも結婚相手となったこの女性は、短い期間でウィルの立場を正しく理解し、支えようとしてくれている。


 彼女がいれば、ウィルの強力な支援者となってくれるだろう。たとえ自分の想いが伝わらなくてもいい……そう考えたリズに、シェリルはとんでもないことを言い出した。


「ウィルには味方が必要です。だから、私はあなたとウィルの関係を応援しようと思います」

「へっ!?」


 私と、ウィルとの関係……?混乱するリズに、シェリルは言葉を継いだ。


「彼のことをどう思っていますか?幼いころから一緒なのでしょう?」

「……。殿下はお優しく、まっすぐな方です」

「そうではなく、あなたの気持ちを聞いているんです」


 つい先ほどまで、ルクスの件を糾弾されると思っていたが、今は別の話題についてシェリルから追及を受けている。しどろもどろになるリズだが、自分の気持ちははっきりしている。


「わ、私はウィルのことを……」

「あっ!いいです!もういいです!そこから先はウィル本人に伝えてください」

「はぁっ?」


 ここまで言わせておいて、シェリル女王はリズの言葉を止めてしまった。


「とにかく、ウィルを支えるために、協力しましょう。これでも女王ですから、あなたが望むなら護衛と王配が結婚できるよう、リンドグレーンの法を変えることだってできます」

「えっ!?えっ!?」


 シェリルはすっと立ち上がると、混乱するリズに手をさしだした。リズはためらいがちに手を握り返す。


「これはウィルをお慕いする者同士の同盟の握手です。わたくしは政治の世界で、あなたは戦いの場で。ウィルの助けとなりましょう」


 いろいろと突然すぎてリズにはついていけないが、ウィルのために協力しよう、という点については理解できた。そう言うことであれば、拒否する理由はない。リズは前向きなのだ。


「わ、わかりました。ともに協力しましょう」


 シェリルがほほ笑む。リズも、まだぎこちないが緊張を解くことができた。


「ふふ。そうだ、あなたのことをリズと呼んでもいいかしら?」

「もちろんです、シェリル陛下」

「リズも、私のことをシェリルと呼んでください。立場上、他の者がいないときだけですが」

「わかりました。……シェリル」


 ここに、ウィルを強力にサポートする同盟が結ばれた。




 その後、イーデンから受け取ったポーションをルクスに与えてみたが、アイテムからの魔力の補給はできないらしいことが分かった。結局、わざわざウィルがポーションで魔力を回復してから、ルクスに与えるしかないようだった。

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