6.犯人は青い髪の男
「殿下、この広い街の中で盗賊を見つけられるんでしょうか?」
リズははぁ、と大きなため息をついた。
パーセル公爵邸を出た三人は特に目的地もなく、通りを歩いている。日差しはやや傾き、夕食の買い出しに向かう人々とまばらにすれ違う。一日が終わりに向かっていると言うのに、主人の盗まれた魔杖は戻らず、そもそもの目的であった徴税も盗賊を見つけないことにはままならない。
「”青い髪”ってだけじゃぁ、探すのは骨が折れそうだね。もう少し、何か手がかりがあればいいんだけど……」
ウィルも半ばお手上げ状態だ。
「わずかに救いなのは、盗賊がまだこの街にいそうなことくらいだね」
青い髪の盗賊は何度も公爵邸に盗みに入っているらしく、この街のどこかには潜伏していると思われる。もし、一通り「仕事」が済んだからと別の街にでも逃げられてしまっては、それこそ探す手立てはない。
「一人一人青い髪の人物を締め上げるわけにもいかないですし、どうしたらいいやら。はぁぁぁ。いっそ私に斬りかかってきてくれれば、わかりやすいのに」
「物騒だよリズ……」
「もう逆に、街にいる青い髪の人間を一人ずつ締め上げましょうか?」
「やめてよね。皇族の護衛がそんなこと!」
「はは……冗談ですよ……」
リズは考えるのが億劫になったのか、適当なことを言いだした。
今日のところは宿を探すかと考え始めたウィルとリズだったが、アルフレッドがふとつぶやいた。
「公爵邸から盗んだアイテムや調度品が、どこかの道具屋にもちこまれているかもしれませんな」
「どういうこと?」
何か良いアイデアがあるのかと、期待した目でウィルとリズはアルフレッドを見つめる。
「盗賊がこの街に滞在しているのであれば、盗品をそのまま保管しているわけではないでしょう。何処かの道具屋や中古品屋に、換金のために持ち込んでいると思います」
「なるほど、街で品物の引き取りをしている店を回って、盗品が持ち込まれていないか聞き回るってわけか。一人の人間を探し回るよりは現実味があるね」
ぽつりと出てきたアルフレッドの予想だが、意外とスジが良いのではないかとウィルには思えた。売られた品物を盗品かどうか確認できれば、聞き回るよりも確度も高くなるだろう。
「そうです。盗賊が組織的に動いていると、独自に換金ルートを持っていて簡単には見つからないでしょうが、どうやら一人のようですし……」
「普通の店に持ち込んでいる可能性もあると言うわけですね!」
リズもパッと目を輝かせる。真っ直ぐな性格の彼女は、明確な目標が決まった方がモチベーションが上がるようだ。
「では明日は、街の道具屋を片っ端から締め上げましょう!」
「冗談でもやめて!」
結局その日は早めに宿で休み、翌日からオルドレスの街にある店を回ることになった。
****
翌日。三人は広いオルドレスの街中にある道具屋やら、中古品屋を片っ端からみて回った。もしかしたら下取りに出されているかもしれないと、途中から武器屋も見廻るようにしているが、これまで一向に手がかりは得られていない。
「あらかた回りましたが、あてが外れてしまいましたな。」
アルフレッドがうーむ、と唸る。
「殿下、もう近くの武器屋で魔杖買いましょうよ!殿下の魔力ならその辺の杖でも十分でしょう?」
リズは途中から諦めかけていて、仕切りに杖を買い直すことを提案してくる。
「リズ、そういうわけにはいかないって、わかるだろ?あの魔杖は兄上にいただいたんだから!無くしたなんて……言えないよ」
ウィルは苦しそうに答える。リズの言っていることもあながち間違ってはいない。強大な魔力のキャパシティを持つウィルからしてみれば、障壁の魔法を発動するだけなら高価な魔杖は必要ない。
だが、盗まれた杖は一つ上の兄――ヴェンパー第三皇子がウィルの出立を聞いて贈ってくれたものだ。帝国第三皇子の贈り物を、簡単に「無くしました」と片付けるわけにはいかない。
「良いじゃ無いですか。私、ヴェンパー殿下は好きじゃありませんし」
「そんなこと言わないでよ……」
リズはヴェンパー皇子を嫌っている。というより、帝都でもヴェンパー皇子に眉をひそめるものは少なくない。ウィルを含めて皇位継承権をもつ四人の皇子の中でも、冷酷・邪道と言ったイメージが貴族の間で広がっている。
そんな彼が、珍しくウィルの門出に高価な魔杖を用意してくれたのだ。ウィル本人すら、なんの陰謀かと最初は疑ったくらいだ。
「それに、やっぱりあの魔杖の性能は他とは比べ物にならないよ」
「殿下に万全の状態でいていただくためには、なんとしても魔杖は取り戻したいですな。見つかりさえすればなんとかなるのですが。」
何があっても穏やかな笑みを絶やさないアルフレッドも、流石に疲れた表情をしている。このまま魔杖が見つからず、帝都に戻らないといけなくなった時のことを考えているのだ。今回、実質の責任者は周囲からみれば年長のアルフレッドだろう。ことの顛末を報告することを考えると、頭痛がする。
「青い髪の人物の情報も無いね。まぁ、そんなに簡単に見つかるようなら、領主が先に捕らえているだろうけど」
魔杖を持っていったと思われる、青い髪の男に繋がる情報収集もあまり進捗がない。ちらほら目撃情報はあるのだが、田舎でもない限りいちいち他人の動向に気をかけている者はいないものだ。
「私もリズ殿も、戦闘はともかくこう言った情報収集は得意ではありませんからな」
アルフレッドはふぅ、と息を吐く。帝国軍の中で最強とされる護衛騎士の中でも、実力は一、二を争うと言われる彼だが、流石に隠密や諜報の能力までは持ち合わせていないようだ。
「さて、あと残っているのはあの小さな道具屋ですな」
今日はこれで最後にしましょう、と言いながら、アルフレッドは小さな商店を指さした。
街なかを中心地から順に歩き回って、もう町外れの寂れた道具屋にまできてしまった。事前に手に入れた情報で、確認できていないのはあの一件だけだ。
「そうだね、今日は街中歩き回って疲れたよ。宿に戻ったら明日からの計画を立て直さないと……」
ウィルがそう話しているとき、アルフレッドが何かに気づいた。
「殿下」
「あれは……青い髪?」
寂れた道具屋のドアを開けて、一人の男が出てきた。フードをかぶっているようだったが、その間からチラリと見えた髪の色はコバルトブルーだ。
「荷物を持っていない。盗品の類はもう売ってしまったのだろうか?リズ、このまま気づかれないように後をつけて、あの男の住処まで案内してもらおう。……リズ?」
ウィルがそう言った時には、すでに遅かった。男に向かって風のように突進していくリズがウィルの目線の遠くに見える。
「しょうがありませんな。我々も急ぎましょう殿下」
アルフレッドにそううながされて、ウィルも男の元へ走り始めた。
****
「帝国護衛騎士です!そこの男、止まりなさい!」
止まりなさい、と言いながら、リズは鬼気迫る表情で走り寄る。言われた通りに止まっていたら相手は何をされるかわからない、そんな必死の形相だ。
声をかけられた男はピクリ、とフードを揺らすと、リズの方をちらりと見やった。その間にもリズは恐ろしい勢いで近づいてくる。
「少し話をさせてもらえるかしら!?」
言葉尻は問いかけているが、リズの口調はこれから強制的に尋問でもするかのようだ。大変な勢いで近づくと、男の腕を掴もうとリズは手を伸ばす。
だが男の腕を掴んだと思った瞬間、リズの手のひらは空を切った。
「!?」
たった今そこにいたはずの男は、一瞬で身を翻しリズから距離をとったのだ。
「……いつの間に」
リズとて帝国最強と謳われる護衛騎士の一員だ。油断があったとは言え、彼女が動きを目で追えないということは、尋常な移動速度ではない。
「あなた、何者?」
周囲の空気は一気に緊張に包まれた。なるほど、もしこいつがウィルの魔杖を盗んだ本人だとしたら納得だ。ウィルではこいつが近づいたことすら気づけないだろう。
リズは腰に下げたロングソードの柄に手を掛ける。視線は青い髪の男を捉えている。一瞬でも気を抜くと、消えてしまうのではないかと感じたのだ。
「リズ!」
後方からウィルの声が聞こえる。飛び出したリズを追ってきたのだろう。わずかに意識がウィルの方へ逸れた一瞬で、男の手から何かが放たれた。
「!」
咄嗟に抜き放ったロングソードが、ギィィ!と不快な音をたてて、飛来した短剣を弾く。この威力から想像するには、まだ相手は牽制といったところか。しかし一瞬でも気を抜くと、命に関わる。リズは先に仕掛けることにした。
「おとなしくしなさい!!」
そういうとリズは男に向かって斬りつける。中立的にみると、乱暴に声をかけたのも先にに剣を抜こうとしたのも彼女なのだが、まるで相手が悪いような言い草だ。
青い髪の男は先程の牽制で相手が引いてくれると思っていたのか、逆に飛びかかってきたリズに怯んだようだった。一瞬、動きが遅れる。リズのロングソードの切先が男のマントをわずかに切り裂いた。
裂けたマントの中に、ウィルの魔杖がチラリと顔を覗かせる。
「あーっ!それは殿下の!返しなさい!!」
ひときわ大声で叫ぶリズ。だがその隙に、青い髪の男は近くの屋根に飛び上がると、風のように逃げていった。
「ちょっと!」
リズが叫ぶが、もうその方向には誰もいなかった。
「リズ!もしかして……」
やっとウィルが追いつく。アルフレッドは万が一のためウィルの周囲から離れるつもりはないのだろう。ピッタリと後ろからついてきた。
「殿下、あいつが犯人です。殿下の杖をもっていましたよ!……とんでもなく素早い奴で逃してしまいました。すみません」
「いいよ。でも今からはもう追いかけるのは無理そうだね。せっかく見つけたのに」
残念がるウィル。
「しかしリズが取り逃がすほど素早い盗賊となると、捕まえるのは難しいな。アルフレッドはどう思う?……アルフレッド?」
ウィルがアルフレッドに助言を求めようと後ろにいたアルフレッドを見ると、彼はじっと地面を見つめている。
「これはあの男が落としたものでしょうか?」
そういうアルフレッドの視線の先を、ウィルとリズが追うと、確かに何かが落ちている。リズが手を伸ばして拾うと、太陽の意匠をあしらったペンダントらしかった。
「どうやら、あたしがマントと一緒に切り落としたみたいね」
ペンダントは高価なものではないようだが鈍く輝いている。それをじっとみていたアルフレッドがふと呟いた。
「神聖教でしょうか?太陽は女神シーラの象徴でもありますな」
神聖教は帝国内では非常にメジャーな宗教だ。ある程度の大きさの町で必ず神殿があるくらい、信者は多い。現世はすべて女神シーラによって生み出され、維持されているという考えが主な教義だ。
信者が多い以上、あまり有力ではないかもしれないが、現状では数少ない犯人への手がかりだ。
「とりあえず、神聖教の教会に行ってみようか?信者から話が聞けるかもしれない」
ウィルがいうと、リズもアルフレッドもうなづいた。