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絶対防御の魔法使い  作者: スイカとコーヒー
白い眷属竜編 <Arubino Dragon>
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3.戦闘開始

「すでに視認できるところまで、軍が展開されています。時間は一刻の猶予もございません」


 緊張に震える声色でシェリルに報告しているのは、リンドグレーン・ラストフォート砦常駐警備隊長 イーデン・デレク・カスバートソン。ラストフォート砦の責任者である。

 彼は散発的に軍事的な圧力をかけてくるオリエンス王国から、最前線でリンドグレーン王国を守らなければならない過酷な責務を追っている。そのため38歳という年齢から想像するよりも、ひとまわり年上の貫禄すらある。


「こちらの準備状況は?」

「前回と同等の戦闘規模を想定し、武器、備蓄の準備はすでに終えています。

 しかし、斥候の報告によるとオリエンス側が1万人以上を動員しているとの情報もあり……」


 ラストフォート砦の最上階、敵陣であるモーガン辺境伯領を広く見渡せる監視塔で、キビキビと状況を確認するシェリル。

 通常であれば正規軍とともに戦争経験のあるベテラン貴族に現場を任せるのだが、あいにくまだ帝国派と王国派の勢力争いで王都の混乱は収まっていない。判断速度が求められる今は、最高権力者である女王が現地へ向かうべきだと、シェリルは判断した。


 そしてウィル達とシェリルは、ラストフォート砦近くにオリエンス軍が集結しつつあるとの情報を受けて、急ぎ王都から現地へ移動したところだ。

 ウィルにとっては味方陣地とはいえ初めての場所なので、サイラスを周囲の情報収集に向かわせ、あまり目立った活動のできないユーベルは神官の肩書きを使って医療部隊のサポートに向かっている。ここにいるのはウィルとシェリル、護衛のリズとアルフレッドだ。


「状況はわかりました。これからのことを相談する前に」


 おおよその報告をイーデン隊長から受けたシェリルは、そういってウィルを紹介する。


「私の伴侶となった、ウィルフォード・エスタリア第四皇子殿下です」

「ウィルフォードだ。切迫した状況のため挨拶は簡単にさせてもらうが、今後もよろしく頼む」


 イーデン隊長の他、この監視塔に集まっていたラストフォート砦の主だった面々が、片膝をついて王族への挨拶を行う。


「ウィルフォード殿下に、ご挨拶申し上げます」


 通常であれば王配の初訪問ともなれば祝賀会の一つも催されるはずだが、今回はそうも言っていられない。敵は今にも攻め込んでくるかもしれないのだ。ウィルは護衛のリズ、アルフレッドを手短に紹介すると、シェリルに発言のバトンを返す。


「シェリル、もしよければ、ここにいる皆を紹介してくれないかな」

「はい。今私に報告していたのが、ラストフォート砦の責任者、イーデン・デレク・カスバートソン警備隊長です。そしてその右にいるのが副隊長のザカリー。さらに隣が救護班を取りまとめているリンジーです」


 ザカリーは副隊長であるが、この中では一番年上に見える。おそらく40後半といったところだろう。戦闘に次ぐ戦闘で死者も少なくない警備隊にあって、この歳まで現役でいるところを見るに、相当なベテランなのだろう。

 となりのリンジーはユーベルを紹介するときに一度顔を合わせている。物腰はやわらかで、事務処理能力も高いらしく、ラストフォート砦の戦闘に関すること以外のことは、彼女が中心となっているようだ。


「さて、顔合わせも済んだことです。オリエンスの侵攻を防ぐための作戦会議を……」

「そのことなんだけど、シェリル」


 シェリルが砦の防衛について話し始めたところで、ウィルが割って入った。


「僕も防衛戦に参加するよ。リズとアルフレッドを使ってほしい」

「願ってもない申し出ですがウィル、お二人は他でもない、あなたの護衛では?」

「僕がここにいる以上、リズとアルフレッドも僕の安全を確保するために動く。今の状況で僕の安全とは……オリエンス軍を撤退させることだ」


 砦の責任者であるイーデンは、怪訝な表情を浮かべている。命のかかった戦闘に、突然現れた得体の知れない人物が一人や二人参加したところで、なんの足しにもならないと思っているのだ。


 シェリルは王族として帝国の情報を知っているため、帝国護衛騎士が、つまりリズとアルフレッドが数百人規模の戦闘能力を持っていることを数字上は理解している。だがリンドグレーン王国の東端に位置するこの砦まではそういった情報は届かない。あるいは情報がもたらされたとしても、一人で通常の兵士数百人に匹敵するなど、大袈裟な誇張としか思えないのだろう。


「恐れ入りますがシェリル女王陛下。防衛を確実にするためにも、周囲の街から正規軍の追加派遣命令を賜りたく。

 此度の戦闘はこれまでにない大規模な侵攻になると予想されます。現状の戦力では砦の防衛は非常に厳しいかと」


 案の定、イーデン隊長は兵力の増強を進言してきた。いくら堅牢で名を馳せるラストフォート砦であろうと、単純に兵士の数が足りなければ落とされてしまう。


「すでに周囲へ私の名で召集を行なっています。しかし兵が到着するまでには一週間以上かかるでしょう。それまで何とか持ち堪えてください。」


 シェリルは首都を発つ前にすでに手を打っていたが、規模が大きくなれば兵を動かすにも時間がかかる。増援が到着するまでの、今が最も危険な状態だ。だからこそ、ウィルは協力を申し出た。


「イーデン。ウィルフォード殿下と護衛のお二人は非常にお強いのです。

 しかし急に兵士たちと連携は難しいでしょう。遊軍として待機していただき、苦戦している箇所があれば力を貸していただきなさい」

「承知いたしました」


「リズ、アルフレッド。今聞いたように、イーデン隊長の指示に従って砦の防衛に協力してくれ」

「はっ」

「お任せください」


 リズとアルフレッドは、騎士の礼で答えた。




 翌日、陣太鼓の音が遠方から鳴り響く。ついにオリエンス軍が動き出したのだ。まだリンドグレーン軍の増援は期待できない。今いる戦力だけでなんとかするしかない。


「昨日の指示通り、第一から第三部隊は砦正面で応戦!第四、第五隊はそれぞれ南北側面からの攻撃に備えろ!」


 イーデン隊長の指示が飛ぶ。砦の中は一気に慌ただしくなってきた。


「それじゃ、リズは南を。アルフレッドは北の守りを頼む。僕は正面を受け持とう」

「殿下は何か作戦があるのですかな?ご自身はともかく、お一人では広い砦正面をカバーしきれますまい」

「試練の森で、障壁を広範囲に展開できるようになったんだ。多分、この砦の前面くらいなら大丈夫だよ」


 今までは数人に障壁を貼るのが精一杯だったが、試練の森であの村を守ったとき、障壁を広く作り出す感覚を身につけた。


「しかし殿下、今は殿下の魔力が……」

「ん?」


「いえ、なんでもありません」


 魔力が枯渇しそうではありませんか、と言いかけて、リズは口籠ってしまった。

 今までだったら何も気にせず、思ったことをウィルに言えていたのに、シェリル女王とウィルが結婚してから、私は何かおかしい。アルフレッドは見て見ぬふりをしているのか、何も口を挟むことはしなかった。


「ウィルフォード様」


 シェリルが緊張した表情でウィルに声を掛ける。


「シェリル。大丈夫さ。僕の障壁は破られたことがないんだ。ただの遠距離魔法や弓矢程度なら、いくら打ち込まれでも平気だよ」

「ご無事でいてください」


 自然と二人は近づく。お互いを抱きしめようとしたそのとき、焦りの表情で一人の兵士が部屋に駆け込んできた。


「女王陛下!イーデン隊長!」

「何事だ!女王陛下の御前だぞ。火急の伝達事項があったとしても礼儀を尽くせ!」


 イーデンが叱責するが、焦った兵士はその言葉を待たずに叫ぶ。


「大変です!オリエンス軍から単騎で飛び出してきた敵兵士に、南北の城壁を突破されました!」


 早すぎる。その場に動揺が走る。そんな中でも、シェリルは毅然としている。


「他に敵の情報は?砦正面はどうなっていますか?」

「南に一名、北に二名!一般兵では全く歯が立ちません!!砦正面は魔法による遠距離砲撃を受けていますが、現在のところ突破はされておりません」


「我々の出番ですな!リズ殿は南を、私は北へ向かいましょう。」

「はい、アルフレッド様。殿下、もう向かっても?」

「あぁ、頼んだよ。二人も気をつけて」


 そういうとリズとアルフレッドは各々の持ち場へ走り出す。それを見とどけたウィルは、イーデン隊長に敵の作戦について聞いてみた。


「砦の戦力を正面に集中させて、側面から切り崩す作戦だろうか?」


 ウィルがそう言うと、イーデン隊長は同意する。


「可能性は高いかもしれません。物量を生かした多方向からの攻撃で、砦の防御が薄い箇所を探していることが考えられます」


「正面の攻撃を僕が障壁で受けきれば、兵力を他の場所に回せるよね?

 イーデン隊長、帝国から来た僕らを信用できないかもしれない。けど、僕の障壁魔法を見て大丈夫だと思ったら、正面に控えている兵士を他のところに回して欲しい」


 ウィルはイーデン隊長をまっすぐ見据える。


「承知しました。ウィルフォード殿下もリンドグレーン王国の重要人物でございます。ご無理はなされませんよう」

「わかったよ。シェリル、行ってくる!」


 張り詰めた空気の中で、ウィルは散歩にでも出かけるような気軽な声色だが、シェリルは心配そうだ。


「イーデン。ウィルフォード様を頼みますよ」

「はっ。それではウィルフォード様、こちらへ」


 イーデン隊長に案内されて、ウィルも砦正面に向かって、走り出した。




 砦正面の石壁から少し奥に入ったところにある監視塔へと登ったウィルとイーデンが見たのは、次々と打ち込まれる魔法攻撃と、さらに後ろに控える投石機だ。


「遠距離からの砲撃は、奴らの常套手段なのです。兵の損耗を抑えて、こちらの砦の防御力を減ずることができますから」


 そう言ったイーデン隊長は、落ち着いている。常套手段というからには、こちらも対策がされているのだろうが、イーデン隊長が話している間にも、あちこちで魔法の着弾と炸裂による爆音が響いてくる。


「これまではどうやって防衛をしてきたんだ?」


 身近で断続的に爆発が続くような状況は、ウィルは初めてだ。

 緊張感のためか、心なしか早口でイーデン隊長に質問する。


「簡単なことです。こちらも魔法による遠距離攻撃で応戦します。

 我々は砦に守られていますが、敵は平野に軍を展開していますから。

 撃ち合いになればダメージが多いのは敵側になります」


 なるほど、敵の遠距離攻撃部隊に損害を与えれば、あとは歩兵たちが直接砦を攻略しにくるしかない。

 そうなれば堅牢なこの砦が落とされることはないという自信があるのだろう。


「ただ……」

「ただ?」


 イーデンは少し考えていたようだったが、先を説明した。


「状況は良くありません。」


 ウィルはイーデンの話の続きを待つ。また、近くでごうっと炎が巻き上がる音が聞こえた。火球の魔法だろうか。


「今回のオリエンス軍の砲撃部隊は、これまでの数倍の規模いるようです。

 今の我々の戦力では、押し切られてしまうでしょう。ウィルフォード殿下の障壁で、せめてこちらの魔法兵を守っていただけないでしょうか?

 時間を稼いでいる間に、シェリル女王に避難を進言してきます」


 イーデン隊長は、オリエンス軍の規模を見て、この砦を維持するのが難しいと判断したようだった。やはりここは、ウィルの出番だ。


「砦正面への砲撃が防げればいいんだよね?僕に任せて」

「本当に可能なのですか?撤退の判断が遅れるとシェリル女王に危険が……」


 イーデンが反対意見を述べる間に、ウィルは魔杖をオリエンス軍に向かって構えた。


「ダメだと思ったら、シェリルに報告してくれていいから。見ていて」


 魔杖をかかげる。ウィルが魔力を込めると、魔杖を中心に魔法障壁が広がった。


「……」


 試練の森を思い出す。村を襲うモンスターを。ウィルとともに戦ってくれた、村人たちを。


 その時のように魔力を込めて、障壁を外へ外へと広げてゆく。


 最初、監視塔を覆うほどの大きさだった障壁は、そのテリトリーを広げ、砦正面の石壁を超えて、あの試練の村の時と同じくらいの大きさに膨張した。


「もっと……もっと大きく!はぁぁぁ!!」


 ウィルはさらに魔力を込める。襲いくるオリエンス軍の砲撃を防ぐために。砦にいる、リンドグレーンの兵士たちを守るために。見えない壁はみるみるその範囲を広げ、砦を覆っていく。


「こ、こんなことが……!?」


 障壁の展開とともに、爆発音が遠ざかっていく。オリエンス軍の放つ魔法は障壁に阻まれ、空中で全て爆散している。


「イーデン隊長、しばらくは僕一人で十分だと思う。負傷した兵の手当てと、南北への攻撃の対処をしてくれ」

「わ、わかりました。すぐ別のものをここに向かわせます。何かあればその者にご指示ください」


 敵の魔法攻撃には落ち着いていたイーデン隊長だったが、ウィルの防御障壁には面食らったようだった。狼狽えながらも周囲に指示を出しながら、他の部隊の状況把握に向かっていった。


「ぐっ……流石にこの規模はきつい……。でも、なんとか持たせないと……!」


 ルクスに大量に魔力を与えた直後に、これだけの規模の障壁を維持するのは残りの魔力に不安がある。

 でも、今は目の前のオリエンス軍をなんとか押さえ込まないと、リンドグレーンに大きな被害が出るだろう。ウィルは余計な不安を振り払うために意識を魔杖に集中し、さらに力をこめた。


いつも読んでいただき、ありがとうございます


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