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絶対防御の魔法使い  作者: スイカとコーヒー
小国の薔薇編 <Little Rose>
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31.結婚式

 朝から続けている楽団の演奏は、夜になっても一層盛り上がり、リンドグレーン王宮を彩っている。今日はシェリル女王とウィルフォード皇子の結婚式典だ。


 リンドグレーン王国女王と、エスタリア帝国第四皇子との結婚。

 ここ十数年聞くことの無かった王族同士の結婚は、すぐに大陸全土に知れ渡ることとなった。


 しかし情報が各国にいきわたるよりもさらに早く、結婚式の準備が進められた。これは時間をかけるとオリエンス王国からの横やりが入る可能性を考慮した、シェリル女王の意向によるものだ。


 準備期間が短いこともあり、式典は驚くほど小規模なものとなった。通常、周辺国家の王族クラスが来賓として招待されるはずが、あまりに突然のことで予定がつかず、今回は高位貴族や文官が代理で来ている国も多い。

 それはウィルの生家でもあるエスタリア帝国も同様だ。通常、主役の一人であるウィルの肉親として、皇族が出席するはずが、誰も予定が合わずに首都から貴族が何名か派遣されてきただけになっている。


「あわただしくてすみません」

「あまり大仰な催しも慣れていませんからこのくらいが僕にはちょうどいいくらいだよ」

「あら、それではこれから慣れていただきませんと。ウィルフォード様はリンドグレーンの王配となられるのですから」

「そうだね。シェリルも、僕のことはウィルと呼んでくれる?もう正式に君の夫なのだし」

「わかりました。……ウィル」


 穏やかに話すウィルとシェリルは、遠目にも仲睦まじい夫婦に見える。

 貴族の多くはまだ、シェリル女王が大陸内での立場を考えて帝国の皇子と結婚したのだと考えているのだが、本人たちは気にしていない。


 二人は今、並んで座り、目の前の長テーブルに用意された食事を楽しんでいる。

 シェリルの座っている席が少しだけ他より豪奢なのは、結婚式の主役である花嫁だからなのか、リンドグレーン王国の女王だからなのかは、ウィルにはわからない。だが今日一日ずっと一緒にいて改めてわかったのは、シェリルは根っからの王族だということだ。

 一日中、穏やかな笑顔を絶やさずに、次から次へとあいさつにやってくる周辺国家の来賓との会話を完璧にこなしている。まずは父王へのこれまでの協力のお礼、王位継承の挨拶、そして結婚相手であるウィルの紹介と、よどみなく、しかし作業的にならないように会話を持っていくのだ。


「疲れましたか?」


 そんなウィルの頭の中を見透かしたのか、シェリルが声をかける。彼女は貴族たちと日頃から腹の探り合いをしているせいか、人の様子をよく見ている。


「うん、でも大丈夫。これで最後だしね」


 日中に催された伝統的な儀礼と異なり、今は夜のパーティだ。ほどよくお酒も周り、シェリルとウィルにあいさつの澄んだ貴族たちは、つづいて普段はなかなか会えない他国の重要人物たちとコネクションを作っておこうと、会話に余念がない。


 貴族たちからの挨拶が途絶えたと思ったころ、このおめでたいパーティには似つかわしくない、不快な表情を浮かべた男がこちらへやってくる。


「あの方は……?」

「リンドグレーン東方の領地と接するオリエンス王国領を統治している、モーガン辺境伯です。リンドグレーンとはたびたび武力衝突を起こしている、いわば敵ですね」


 オリエンス王国は、リンドグレーン王国の貴族たちと経済的な結びつきを強めつつ、国土を接している部分では武力によって国境を変えようと強硬な手段も使ってくる。

 国境のちょうどオリエンス王国側が、モーガン辺境伯の統治する領土であり、彼こそがオリエンスの武力侵攻の最前線にいる男といえる。


「いくら衝突があるとはいえ、オリエンス王国を無視するわけにもいきませんから、式典への招待状を送ったのですが……。まさか諍いを起こしている当の本人がやってくるとは驚きです」


 そうやってモーガン辺境伯の人となりをシェリルから教えてもらっているうちに、本人が目の前までやってきた。

 精悍な顔立ちに加え、頬にある十字の傷が歴戦の猛者であることを物語っている。年は四十台後半といったところだろう。髪には白髪が混じっているものの、不機嫌そうな表情から強い生命力を感じる。


「ニコラス王が死んで王族が途絶えたと思っていたら、こんな小娘が残っていたとはな」


 およそ招待したホストへの言葉とは思えないが、シェリルも慣れているのか、顔つきを変えずにやり返す。


「小娘の治める国にわざわざ諍いを持ち込むような、度量の小さなオリエンスの貴族が、何か御用でしょうか?」


 ウィルは今まで聞いたことの無いシェリルの冷たい声に背筋が寒くなる。しかしシェリルの応対も理解できないこともない。モーガン辺境伯領と国境を接する平野、イーストヒルにあるラストフォート砦は、たびたびオリエンス王国からの小規模な攻撃を受けている。これまでの戦闘で少なくない人数の死傷者が出ているのだ。その攻撃のかなめとなっているのが、モーガン辺境伯なのだ。


「祝いの席で他国の王族に無礼を働くような貴族は、この場で首をはねますよ?」


シェリルは冷酷な声でそう言い放つ。だめだこれ。二人とも完全にけんか腰だ。ウィルはシェリルの伴侶として全く関係がないわけではなくなったのだが、完全に蚊帳の外のようだ。

 女王に挑発されたモーガン辺境伯も、ふん、と鼻を鳴らしただけで平然としている。


「首を刎ねる?小娘にそんなことができるかな。

 ……それとも隣の小僧にでもねだってみるか?何やら帝国のボンボンを連れてきたようだが、数々の戦場を生き抜いてきた吾輩に刃を向けられるかな?」


 そういって辺境伯はすっとウィルに殺気を放ち威圧する。通常の貴族であれば震えあがるだろう。が、これまでもっと殺意に満ちた魔族やモンスターと対峙してきたウィルにとっては、大したことではない。


 この貴族との口喧嘩ではシェリルに貢献できなそうだが、殺気の応酬なら役に立てそうだ。


「……」

「ふん。オリエンス王国の栄光にすがる道があったというのに、愚かなことよ」


 平然とモーガン辺境伯からの冷たい殺気を受け止めるウィル。数瞬のあと、ふっと力を抜いた辺境伯は、そう言って去って行ってしまった。



「あやつ、戦闘になれているな。今後の侵攻は、多少骨が折れるかもしれん」


 去り際、モーガン伯爵のつぶやきを誰も聞いたものはいなかった。



「ふう。少し緊張したよ」

「そうでしょうか?堂々とされていたではありませんか」

「怖くて動けなかったのかもしれないよ?」

「ふふ……。あら、ダンスが始まるようですよ」


 昼から流れていたにぎやかな音楽は、少しテンポを落としたワルツに変わった。シェリルとウィルのお披露目は終わり、今日一日の最後を飾る、ダンスパーティが始まるのだ。

 気の早い貴族が、何組か広間で踊り始めた。率先してダンスを始めるあたり、得意なのだろう。大理石の壁伝いに、ずらりと並べられた燭台と、はるか高い天井から吊り下げられたシャンデリアの明かりの中で、赤や黄色の鮮やかなドレスがくるくると回るさまは、幻想的でもある。


「……わたくしたちも、踊りませんか?」

「あっ、お誘いせず、申し訳ありません。シェリル女王、僕とおどっていただけますか?」

「ええ、もちろん」


 二人は立ち上がり、広間へと進もうとする。その時、パキッ、と何かが割れる音。振り返ったウィルが見たのは、ヒビの入った卵だ。あの、試練の森で手に入れた、真っ白な卵。

 出てくる動物によっては、卵から生まれて初めて見たものを親と思い込む習性をもつ者もいるらしいときいて、念のため常に持ち歩いていたのだ。


「ウィル、あの音はもしかして……?」

「うん、孵化するのかも」


 パキッ、パキッ……。ヒビは見る間に卵全体に広がる。シェリルとウィルの様子がおかしいことに気づいた何人かの貴族が、こちらに集まってきた。

 やがて、割れた殻を押しのけて出てきたのは。


「おい、あれ……」

「ド、ドラゴン?」

「白いドラゴンだ!」


 白い卵よりもさらに白い、白い角、純白の翼。まだ弱々しく、小さいが、その姿は紛れもなくドラゴンだ。


「これは……。僕の使い魔ということになるのかな?」

「ウィル、おめでとうございます!ドラゴンなんて珍しい使い魔は、聞いたこともありません」


 ウィルがドラゴンを抱き上げると、主人を理解しているのか、心なしか嬉しそうに見える。


「クゥゥ」


 周囲の貴族たちも、伝説の存在であるドラゴンの誕生に沸き立つ。


「なんとめでたい!ウィルフォード殿下は、ドラゴンを従えるお方だ!」

「リンドグレーン王国の将来も明るいでしょうな!」


 盛り上がる会場。貴族たちはダンスにも熱が入る。



「ウィル、もう何度も言っていることですが」


 王国の明るい未来を信じてダンスを踊る貴族たちを遠巻きに見つめながら、シェリルが静かに話しかけた。


「これから、末永くよろしくお願いします」

「うん、こちらこそ」


いつも読んでいただき、ありがとうございます


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