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絶対防御の魔法使い  作者: スイカとコーヒー
東部遠征編 <Bandit of the East>
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5.パーセル公爵との会談

 コツコツと石畳からリズミカルな音が跳ね返ってくる。パーセル公爵の領地の中でも最も栄えているのが、ここ中心街オルドレスだ。大陸の西端に位置する帝都からは、帝国領を横断して真逆の東端に位置する。これほど帝都と距離が離れているにもかかわらず、オルドレス市街の道は非常によく整備されている。


 ウィル、リズ、アルフレッドの三人は、街の入り口でリベート――強盗から救った少女だ――と別れると、そのままパーセル公爵の住む邸宅へ向かっていた。リベートは街の外れの孤児院で暮らしているらしく、時間があったら寄ってほしいと何度もウィル達に礼を言っていた。


「それにしても、見事な石畳ですなぁ。この配置は古ウィンザー式ですかな?いやそれにしれは石の大きさが……」


 アルフレッドはオルドレスに入ってから、街の構造やら何やらを見てはぶつぶつと呟いている。彼は各地の旧い建物や歴史ある街並みの観光が好きらしく、これまでも立ち寄った街や村で由緒ある建造物を見つけては、あれやこれやと周囲に聞き回っていた。


「また始まったよ。アルフレッドは史跡・旧跡に目がないんだから」


 ウィルはため息をつく。


「アルフレッド。オルドレスは比較的新しい街なんだ。君が好きな旧い建物はないと思うよ?」

「いえ殿下、こうして新しい街が歴史を作っていくところも、風情があるものです。もうあと100年もすれば、良い遺跡になるでしょうな!」

「遺跡って……。それじゃ滅んじゃってますよ?アルフレッド様」


 リズの言葉はアルフレッドには届いていないようだったが、石畳に気を取られているうちに、道は行き止まりになっていた。その先には高い柵が広がっている。奥にある広い庭園の先に、三階建ての建物が見える。オルドレス市街の中心にある、パーセル公爵の邸宅だ。


「斥候がいれば、先触れとして向かわせることができるんですけどね。あーあー、どこかに落ちてないかな?」

「石ころじゃないんだから。一応、皇族が来たっていえば、きっと融通してくれるよ」

「そうでしょうな。では守衛に話をして参ります」


 そう言うとアルフレッドが守衛の方へ歩いて行く。

 やはり皇族というのが大きかったのか、期待通り公爵との会談はすぐ叶うこととなった。




****




「これはこれはウィルフォード王子殿下!初めてお目にかかります。領主のパーセルでございます。はるばるこのような辺境までお越しいただけるとは大変光栄にございます!」


 パーセル公爵の執務室とは扉を隔てて隣にある、来客用の応接室にウィル一行は通された。アルフレッドと話をした守衛は半信半疑のようだったが、邸宅へ来客を告げに行った後の使用人達の動きは早かった。アルフレッドが何を言ったのかはわからないが、アポ無しとはいえ本当に皇族が来たとしたらわずかな無礼も許されない。


 玄関から鬼気迫る勢いで走って入り口へウィルを迎えに来たのは、おそらく公爵邸の執事長だろう。白髪混じりだがまだそれほど年配というわけでもない。緊張した面持ちで三人に挨拶すると、今日はどのようなご用事で?だとか、本日は宿泊のご予定は?だとか、主人のためにウィルの情報をなるべく引き出そうと努力を重ねていた。


 邸宅の入り口に着く頃にはメイドや執事が十人ほど並んでいて、一斉に頭をさげた。帝都の皇宮では逆に皇族や高位の貴族しかいないので、ウィルがこれほど丁寧な出迎えを受けたのは珍しかった。


 通された部屋は応接室のようだったが、近くの部屋からドタバタと忙しない音がわずかに聞こえてくる。猛烈な勢いで接客の準備を進めているのだろう。ウィルは突然訪問したことに少し申し訳なくなった。

 次期皇帝候補となる兄弟の中では、ウィルは兄が三人、姉が一人いる末っ子だ。産まれの問題もあって、今までそれほど丁寧に扱われた記憶はない。アルフレッドは慣れたもので堂々としているが、やっていることは護衛として周囲の警戒もかねて部屋の周りをうろうろを探っている。


 やがてウィルが落ち着かなくなってきた頃、ノックの音とともにパーセル公爵がやってきた。


「第四皇子のウィルフォードだ。パーセル公爵、はじめまして。後ろの二人は護衛騎士のアルフレッドとリゾルテ。」

「ご丁寧にありがとうございます。さ、ウィルフォード殿下。長旅でお疲れでしょう。今飲み物をご用意しておりますので」


 パーセル公爵はウィルから紹介されたリズやアルフレッドには視線すら合わせない。彼にとっては護衛騎士は単なる護衛でしかないのだろう。


「ありがとう。パーセル公も自身の家なのだから、楽にしてくれ」

「はっ。それでは失礼いたしまして……」


 ウィルの向かいのソファに腰掛けると、ソファがギシッと軋んだ。パーセル公爵は綺麗な身なりではあったが、飽食のためか腹は突き出て、大きなカエルのようにも見える。公爵は満面の笑みを浮かべているが、無理矢理作っているのがバレバレだ。ウィルはそれほど貴族の顔芸に慣れてはいないが、こう言った顔はたまに見かける。上位の者に媚びへつらう表情だ。


 パーセル公爵は笑顔のまま、ウィルが話し始めるのを待っている。パーセル公爵からすれば、あまりに突然皇族が自分の元を訪ねてきたのだから、何か余程のことがあったのだと思うだろう。


「早速だが、僕が訪ねたのは公爵領の租税についてだ。」


 ピクッと、パーセル公爵のまぶたが少し動いた気がする。納税額が減っていることはパーセル公爵自身も把握しているだろうから、次の言葉もなんとなく予想はつくのだろう。


「中央への報告では、領地の収益が上がらないとされていたようだが……」


 と、そこまでウィルが話したところで、突然パーセル公爵は立ち上がり、床に膝をついて頭を下げる。ふかふかの絨毯に膝も頭も埋もれてしまっている。


「申し訳ございません!!実は……」


 パーセル公爵の言い分はこうだった。

 しばらく前から邸宅に盗賊が入るようになり、金品を盗まれることが何度か発生した。しかし警備をいくら厳重にしても盗賊を捕まえることはおろか、盗みを働くのを防ぐことすらできない。しまいには、帝都へ納めるために用意していた税金すら盗まれてしまったというのだ。


「領民のための蓄えを吐き出して、なんとかある程度の金額を集めることは致しましたが……」


 ひたすら恐縮するパーセル公爵を、とりあえず再びソファに座らせると、もう少し詳しく話を聞くことにした。


「では、盗賊の手がかりは何もないのか?」


 公爵ともなれば、ツテを頼って実力ある護衛を雇うことは難しくないはずだ。それでも難なく館に忍び込まれるとは、相当の実力を持つ盗賊なのだろう。ウィルの魔杖を盗んだ犯人かもしれない。


「それが、一度だけ、使用人が館内で不審者を見たことがございました。ただ、出入りの業者か

何かと勘違いしたらしく、青い髪の男だったくらいしか覚えておりませんでした」

「青い髪ね……」


 それほど珍しい特徴ではないが、一定の手がかりにはなるかもしれない。覚えておこう。街を少し聞き回ってみるのも良いだろう。


「結局、どれほどの被害があったのだ?」


 ふと、ウィルが聞くと、パーセル公爵は明確には返答できないようだった。


「それが、その……まだ判っておらず、申し訳ございません」

「僕もこのことを帝都へ報告しなければならない。盗賊による被害状況の詳細と、被害額を早めにまとめておいてくれ。とはいえ、何か証拠でもなければ減免は難しいだろうが……。まぁそれは父上がご判断されることだ」

「ははぁ」

「僕はしばらくこの街に用事がある。一週間ほどしたらまた訪ねることにしよう」


 盗賊の行方を知りたいのはウィルも一緒だ。パーセル公爵が警備を強化しているということは、人海戦術で調査も進めていることだろうが、ウィルもアルフレッドとリズと一緒に独自に行方を追ってみようと考えた。




****




 ウィルフォード第四皇子が帰ったあと、残されたパーセル公爵は一人ソファに座っている。テーブルに組んだ両手を乗せ、眉間にはシワがよっている。ウィルの前で見せていた、へらへらとしたうす笑いではなく、厳しい表情をしている。


 しばらくして、ノックもせずに応接室の扉を無造作に開けて入ってきたのは、眼帯をした男だ。無造作にのばされた髪が肩のあたりまで伸びていて、地上に上がってきた海賊のような風貌をしている。

 パーセル公爵に遠慮する素振りをみせず、ずかずかと部屋の中へ入ってきてそのまま公爵の向かいにドッと勢いよく腰掛けた。ソファはギシギシと苦しそうな音を立ててその男を迎える。


「盗賊はまだ見つからんのか?」


 イライラを隠さない口調でパーセル公爵がそういうと、眼帯の男はふんと鼻を鳴らした。


「手がかりが全然ねーんだぞ?そんなに簡単に見つかるかよ」


 公爵といえば貴族の中でも高い位であるにもかかわらず、男はまったくパーセル公爵に悪びれる様子もない。眼帯をしていない、残ったもう一つの眼も、パーセル公爵を見るでもなく明後日の方向を向いている。およそ貴族が二人だけで会うような人物ではない。


「結果が出ないようなら、もう金は払わんぞ」

「わかったよ!気合い入れて探すって!それでいいんだろ公爵様?」


 男は金の話になると急に公爵に気を使い始めたようだった。愛想笑いなのか、口元をニヤリと歪めて見せたが、どうも獲物を前に舌なめずりをするハイエナのようにしか見えない。パーセル公爵も、この男に礼儀を求めるなど無理だと理解しているのか、特に気にしてはいないようだった。


「それで?他にもなんかあんのか?」


 パーセル公爵が当面のところ金を払うつもりがあることを確認して安心できたのか、眼帯の男はまたふてぶてしい態度に戻ったようだった。


「ワシの脱税を怪しんで、帝都から徴税官がきた。流石に中央にバレればワシも終わりだ」


 パーセル公爵が説明する間、眼帯の男の眼は天井の方をうろうろとさまよっているようだった。話を聞いているのかいないのか、不安になる。突然、目線の動きが止まったかと思うと、がばっと前傾になった男はパーセル公爵の方を見て、ニヤリと笑った。


「で?そいつを殺ればいいのか?」

「そうだ。だが簡単にはいかないぞ。相手は皇族だ」


 眼帯の男は「皇族」と聞いても特に気にしていないようだった。命を狙うだけでも重罪だが、この男はいつも後先など考えていない。


「だからなんだよ。切り刻んでも中々死なねーとかか?そりゃぁ楽しめそうだな。ギャハハハ!」


 正直扱いに困る男だが、荒事は進んで引き受けるし、危険があっても臆することもない。さらには実力も、大口を叩くだけあってパーセル公爵領内でこの男より強い人物はいない。リスクのある”仕事”には適任なのだ。とはいえ、今回はいつもよりもさらに難しい。


「そうじゃぁない。恐ろしく強い護衛が二人ついている。帝国護衛騎士は聞いたことがあるだろう?」

「あぁ?しらねーな。騎士って名前のつくやつともやり合ったことはあるが、どうせ甘ちゃんだろ?適当に主人を狙っとけば、勝手に庇って死んでくれるだろうよ」

「やり方は任せるが、あまり派手に暴れるなよ。今回は念入りに揉み消す必要がある。費用はお前への報酬から引くからな」

「めんどくせーな」


 万が一、皇族殺しの主犯が自分だと中央に漏れれば、正規軍が送られてくるだろう。そうなれば流石にごろつきを百や二百雇ったところで勝ち目はない。


「三人の容姿だが……」


 最後に、パーセル公爵がターゲットの特徴を伝えると、眼帯の男はまた乱暴に扉を開けて出て行った。


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