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絶対防御の魔法使い  作者: スイカとコーヒー
小国の薔薇編 <Little Rose>
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28.最後の試練(2)

「どういうことだ?」


あの、いけ好かない声に「ギブアップか?」と突然問われたウィルは、イライラしながら質問し返す。


「言葉そのままだよ。わかっているんだろう?このまま障壁を永遠に維持し続けるのは不可能だ。

 お前の魔力が尽きれば、魔物は村に押し寄せる。そうすれば、お前は死ぬだろう」


「だから何だっていうんだ?村にはたくさん人がいるんだ。障壁をなくすわけにいかないだろ!」


 うすうす、ウィルには最後の試練の内容が分かってきた気がする。あの声は、試練を突破したければ大切なものを捨てろ、と言っていた。

 最初の試練では、母上との思い出を。

 次の試練では、リズへの想いを。

 そして今回は……


「たかだか数十人の村人なぞ捨て置けばいいじゃないか?お前は皇帝になるんだろう?

 お前が、いや皇帝が死ねば、もっと多くの人間が死にさらされる。

 統治者ってやつは、目の前のわずかな人間よりも、帝国全土の臣民ってのを大切にしなきゃぁな」


 やはり、最後の試練は、村人を、帝国民すらを捨てろと言っているのだ。


「言っとくが、この試練は現実だ。ここで死ねばお前は終わりだぞ?」


 そういい捨てて、あの声は聞こえなくなった。

 確かに今すぐ障壁を解除して、自分だけにかけなおせば、自分は死なずに済むだろう。周囲のオークやゴブリン程度であれば蹴散らせる。……村人を守らなくてよいのであれば。


「でも、僕にはできない」


 村人は見捨てられない。


 第一の試練も、第二の試練も、ウィル自身が我慢をすればそれでよかった。ウィル自身が想いを捨ててしまえば、すべてが丸く収まった。

 だが、今回はダメだ。今、ウィルの周囲で震えているのは、ウィルと同じように、母親や想い人のいる人間なのだ。捨てることなんて、できない。


「くそっ」


 どうすればいい。試練うんぬんは置いておくとしても、あの声が言っていることは本当だ。このまま障壁を維持し続けても、いつかは魔力が尽きる。障壁の維持に意識が半分行っているせいか、焦るばかりで考えがまとまらない。

 思案にふけるウィルに、先ほどけが人を見に行っていたヘクターがまた帰ってきた。見れば何人かの若い男も一緒だ。


「ウィルフォード!」

「ヘクター」

「おかげでけが人は無事だったよ。で、これからの話なんだが……」


 ヘクターは難しい顔をしている。


「はい。もうお分かりかと思いますが、この障壁は永遠に維持することはできません。僕の魔力が切れれば障壁は消えます。そうすれば、周囲の魔物に一斉に襲われるでしょう」

「……!」


 ヘクターの連れてきた若い男達は、ウィルの言葉を聞いて初めて村の状況を正しく理解したらしく、顔を見合わせて深刻そうな表情をしている。

 一方のヘクターは、ウィルの答えを半ば予想していたようだった。


「ウィルフォード。そのことなんだが、この魔法っていうのは、解除したり掛け直したりは簡単にできるか?俺に作戦があるんだが」

「障壁の掛け直しなら特に問題ないですが……どう言うことでしょう?」


 ヘクターの作戦とはこうだ。ウィルの障壁を一時的に解除する。障壁の周囲に張り付いている魔物は村人を襲おうと乗り込んでくるだろう。ある程度の魔物が近づいたところで、もう一度障壁を貼り直す。障壁の範囲内に入ってきた魔物を、村人たちで倒そうと言うのだ。


「……それを、あいつらがいなくなるまで繰り返す。正直魔物どもが諦めるのが先か、俺たちが音を上げるのが先か、我慢比べになっちまうが……一斉に襲われるよりは勝ち目はあるだろ」

「そうはいっても、魔物と戦える人員なんて……」


 ウィルはそう言ってヘクターを見る。彼の目は、もう覚悟が決まっているようだった。


「ある程度の犠牲は承知の上だ。どうせこのままじゃお前の魔力が尽きたらそれでおしまいなんだ。少しでも可能性のある方法を取らないと」


「その……俺たちもやります!」

「お、俺も!」


 ヘクターの連れてきた若者も、そう言ってウィルを見つめる。魔法など使えない、なんの力もない村人を、魔物と戦わせなければならない自分がもどかしい。


「すみません。僕の力不足で……」

「何言ってんだよ!ウィルフォードがいなかったら、もう今頃は全滅してたんだ。お礼を言わなきゃいけないのは、俺たちさ」


 やはり、村人たちを見捨てなければならないのだろうか。他に方法は……

 そう考えて押し黙るウィルを、一人で責任を感じていると思ったのだろうか。ヘクターあえて明るく、こう言った。



「まぁ、頼りないかもしれねーけどさ。俺たちだって多少は役に立つ仲間だとおもってくれよ」



 仲間。その言葉に、ウィルははっとする。今まで、帝国のほとんどの民は皇帝が庇護する対象でしかないと考えていた。自分で戦えるのは、護衛騎士や魔術師団のような、特殊な者達だけなのだと。

 しかしヘクターは、村の人々は、勇気を持って困難に立ち向かおうとしている。それも命をかけて。実力に違いはあれど、誰だって戦うことはできるのだ。ウィルの仲間として戦ってくれるのだ。


「わかりました。準備ができたら言ってください。障壁の解除と再構築のタイミングは、ヘクターに任せます!」

「おうよ!村のみんなに作戦を伝えてくるからな!」




****




 ヘクターが村人に作戦を伝え、準備をするのはそれほど時間はかからなかった。戦いに参加できない子供や老人はウィルの周囲に集まり、障壁の境界付近には思い思いの武器を持った村人達が目の前の魔物達と対峙している。


「いいかみんな!合図したら一瞬だけ障壁を解除する!そうしたらすぐに中心に向かって走るんだ!次に合図して障壁を貼り直したら、中に入ってきた魔物を退治しろ!」


 緊張する村人達。障壁を隔てて、周囲には威嚇を繰り返す戦狼や、棍棒を振り回すオーク。魔物達も、何か雰囲気が変わったことに気づいて浮き足立っている。


「いくぞ!ウィルフォード、障壁を!!」

「はい!」


 障壁を解除する。今まで魔物を防いでいた壁が取り払われた。一瞬、魔物は様子を伺ったものの、その本能にしたがって村人へ襲い掛かり始める。


「ウォォォ!!」


 あらかじめ準備していた通り、村人は中心へ向かって逃げる。逃げる獲物を前に、魔物達はよだれを垂らして追いかける。


「今だ!!」

「はっ!」


 ウィルは障壁を貼り直す。思いのほか障壁内へ入り込んだ魔物が多いように感じられる。


「よし!反撃だぁぁぁ!」

「うぁああ!」

「おらっ!死ね!!」


 ヘクターの合図とともに、逃げていた村人達が反転し、武器を持って魔物に攻撃を始める。

 農具をめちゃくちゃに振り回すもの。松明で威嚇するもの。あまり魔物に有効な打撃となっていない者もいるが、四、五人で班をつくって一体の魔物に当たるようにしているらしく、うまく魔物を孤立させられた班は、概ね優勢に戦えているようだ。


「手の空いた奴は苦戦しているところへ加勢するんだ!」

「負傷した奴は下がって手当だ!人数が減った班は助けを呼べ!」


 ヘクターの指示で村人たちはせわしなく動く。魔物の唸り声と村人の怒号が交差する。



 やがて、魔物の咆哮が聞こえなくなり、村人たちの勝利宣言が聞こえてきた。初回の作戦は成功したようだ。そこかしこから歓声が聞こえてくる。


「ウィルフォード!」


 せわしなく指示を飛ばしていたヘクターがこちらへやってくる。


「ヘクター!みんなの様子は!?」

「けが人が出ているが、戦えないわけじゃない。いけるぞ!」


 想像よりも作戦がうまくいったため、ヘクターは少し興奮しているようだ。顔も明るい。魔物に腰が引けていた村人も、協力すれば魔物を撃退することができると希望が出てきたのだろう。

 一回目は参加していなかった者たちも勇気を出して戦闘に臨もうとしているようだ。


「わかった。それなら準備ができ次第、二回目だ!」

「わかりました!」


 障壁を張っている時間には限りがある。急ぎ村人たちと準備したヘクターの合図で、ウィルは再び障壁を解除した。






 ……何度障壁を張り直しただろうか。


 ウィルの魔力は尽きかけていた。村人たちも少なくない人数が怪我をし、死者も出ているだろう。だが、ついにその時は来た。

 周囲で村人を狙っていた魔物は、いつの間にかいなくなっていた。


「ウィルフォード、もう障壁は解除したままでいいぞ。魔物の姿が消えた」


 ヘクターの顔は魔物の返り血と汗で汚れた上に顔色も悪く、疲労が蓄積しているのがわかる。それでも、何とか村を魔物から守り切った安心感がその表情に表れていた。


「はぁっ、はぁっ。はぁっ……終わった……?」


 ウィルは緊張していた全身の力が抜け、その場にへたり込んだ。



「ありがとうウィルフォード。犠牲になったやつもいるし、けが人も少なくない。でも、魔物を撃退できたのはお前のおかげだ」


 周囲の村人たちも、気が抜けたのか座り込んでいるものが多くいる。

 わずかに、まだ気丈にけが人の手当てをしているものや魔物の残党を警戒して周囲を見回っているものが数人いるくらいだ。それほど、ウィルだけでなく村人も消耗したということだ。


 気づけば空が白み始めている。いつの間にか夜じゅう魔物と戦っていたようだ。

 勝利の立役者であるウィルにヘクターが手を差し出し、握手を求める。ウィルは疲労でよく回らない頭で、手を差し出そうとした。


「……?」


 あまりの疲労からか、ウィルの差し出した手はヘクターに届かず、空を切った。ウィルはそのままばったりと倒れ、意識を失った。遠くから、ウィルを呼ぶヘクターの声が聞こえた気がした。




****




「……」


 ウィルが目を覚ますと、ヘクターはいなかった。


 それどころか村も、村を襲っていた魔物の死体も、何もかもがなくなって、あの霧に包まれた森に返ってきたようだった。

 あの村は幻だったのか。それとも、本当にどこかに存在して、本当に魔物に襲われていたのだろうか?




 なんとなく、あれは本当にどこかで起こっていた出来事なのではないかと、ウィルは考えた。なにより、ウィルの魔力はほとんど残っていない。どこかで、ウィルが魔力を使い果たしたことは事実なのだ。


「村の一つくらい、捨てればよかったじゃねぇか。そんなに魔力を使い果たして、今敵に攻め込まれたらどうするつもりだ?」


 あの声だ。森に入ってから、人を試すような態度だったあの声は、今は少し気配が変わっていた。何か楽し気な、そして親が子供を見守るような、そんな雰囲気を出している。


「僕には仲間が――リズやみんながいる。あの村だって、次は彼らだけで戦えるだろ。

 ……村人たちを見殺しにしなければ、試練は失格だったっていうのか?」


「そうはいってない。あいつらもお前の作戦に乗っかって、戦って死人がでてるからな。

 そういう意味では村の何人かはお前が切り捨てたともいえる」


 そういう言い方もできるのかもしれない。ただ、ウィルは自分が村人を切り捨てたとは思えなかった。

 彼らはウィルと一緒に戦ってくれた戦友だ。ウィルが一方的に利用した関係ではないはずだ。


「別に俺は”どれが正解だ”とは言ってないぜ。重要な決断には正解なんてねぇからな。現実の前には、大事なものを捨てる覚悟が必要ってだけさ」


「……」


「とにかく、試練を乗り越えた奴には、それにふさわしい対価を与えよう」


 声がそういうと同時に、あたりがまぶしい光に包まれた。


「ぐっ!?」


 目を開けていられないほどの強い光が収まり、ウィルが再び周囲の景色を見られるようになったとき、森を覆っていた霧はきれいに消え去っていた。

 先ほどまで霧で見えていなかったところに、木の間隔が少し開いて太陽の光が地面にさしている場所があることに気づいた。


「あれは……?」


 太陽の光を目で追っていくと、その先にあったのは片腕で抱えるくらいの白い卵だった。


いつも読んでいただき、ありがとうございます


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