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絶対防御の魔法使い  作者: スイカとコーヒー
小国の薔薇編 <Little Rose>
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26.2つ目の試練

「最初の試練は、大したことはなかっただろう?」


 幼いころの記憶のままの家から、薄暗い森へと戻ってきたウィルを挑発するように、あの声が聞こえてくる。


 「大したことない」だと?ふざけるな。ウィルは返事すらしたくないほど、腹が立っていた。

 だが一方で、ほんの少し、この試練に感謝すらする自分がいることに気づいた。もう一生聞けないと思っていた、母親の声を聞くことができたからだ。もうぼんやりとしか思い出せなかった、あの家を、はっきりと感じることができた。もう忘れない。


「……」


 無言でずんずんと進むウィルに、再びあの声が語り掛けてくる。


「さぁ、これからが本番だ。次の試練もクリアできるかな?」


 その言葉が終わると同時に、また霧が晴れる。





「今度はどこだ?」


 ウィルはそうつぶやくと、周囲を見回す。また見覚えのある風景だ。それもごく最近の。


 目についたのは、すぐ近くにあった何本も立てかけてある木剣だ。長さは少し短めで、力が弱い者でも扱える。どれも使い込んであり、打ち合ったと思われる箇所がへこんでいる。


 先ほどの母のいた家の周囲と違って、ところどころ地面がむき出しになっていて、そうでない箇所は雑草が生えている。ぽつぽつと見えている乾いた地面をたどって遠くへ目線を向けると、その先には帝都の宮殿が見えた。


「練習場か」


 おそらく、ウィルが東部へ遠征にでる少し前まで、剣術を学んでいた練習場だと思われた。

 木剣の方へ歩く。今度は体に違和感はない。今の体格とほとんど変わらない。やはり二、三年ほど前の帝都の記憶のようだ。帝都を出てから、まだ一年も経っていないのに、妙ななつかしさを覚えて、木剣に手を伸ばした。


「訓練かしら?ウィル」


 急に後ろから話しかけられて、びくっと手が硬直する。振り向くとそこにいたのはリズだった。


「また相手をしてあげてもいいわよ?」


 そういって腰に手を当てているリズは、今よりほんの少し若く見えた。このころのリズは、いや、このころまでのリズは、ウィルの世話役だった。

 ウィルの母親が逝去したあと、まだ幼いウィルの面倒を見るために配置されたのがリズ、すなわち下級貴族の娘リゾルテだった。


 リズはウィルと二歳しか違わないはずなのに、出会った時から大人びていて、ウィルの世話をあれやこれやと焼いてくれた。

 食事、学習、剣術。日々の暮らしはいつもリズと一緒だった。母親でもあり、姉でもあり、友人のような存在だったのだ。


「一戦、相手を頼むよ」


 このころのリズは、すでに護衛騎士候補として名をあげていて、すでにウィルには全く歯が立たなかった。リズがウィルの世話役になってから、ウィルの相手をしながら、護衛騎士としての修練を積んでいたのだ。

 今となっては、どこにそんな時間があったのだろうと思う。昼間はこうして、全く準備運動にもならないようなウィルの剣術の相手をしているのだから。


「もちろん」


 そういってリズは並べられた木剣から、すっと一本を取り出して構える。よどみのない、その所作をみるだけで、相当の実力を持っていることが分かる。


「ウィルが私に勝ったら、一つだけ何でも言うことを聞いてあげる」


 木剣を正眼に構えたリズは、いつものようにそう言って笑った。一応、そのころの自分にもプライドのようなものがあって、むきになってリズに挑みかかっていたっけ。


「ウィル、聞いてる?」


「あぁ、うん、聞いてるよ。今日こそは負けない」


 そういって木剣を構える。そういえば、このころのリズはまだ自分のことを「ウィル」と愛称で呼んでいた。まだそれほど時間が経ったわけではないが、懐かしいような、うれしいような気がする。そして同時に湧き上がってくるこの感情は……愛しさ。


 帝都を出てからは、リズも徹頭徹尾、ウィルの護衛というスタンスを崩さないが、このころはもっと距離が近かった。

 そしてウィルも忘れていたが――いや、考えないようにしていたのだ――リズのことが、好きだった。


「はっ!!」


 いつもはウィルが撃ち込んでくるのを静かに待っているのに、珍しくリズの方から仕掛けてきた。素早い踏み込みに、リズに蹴られた地面から土埃が舞う。リズの振り下ろした木剣がウィルの木剣とぶつかり、ガッ!と鈍い音を立てる。


 幾度か打ち合うと、いったん距離を取り、再び間合いを詰めるリズ。剣を受けるだけで精一杯だ。それでも、ところどころでわざと隙を作ってくれていることが分かった。ウィルがその隙を突くと、リズはそれを防いだうえで攻撃に転じる。実践に近い形で、剣の攻防を効率よく学ぶことができた。


 いつもそうだった。リズはウィルの少し先を行っていて、ウィルの目標であり、あこがれだった。


「うおぉっ!」


 何度目かの打ち合いの後、はじめてウィルの一撃がリズをとらえた。リズは木剣を地面に落としてしまい、カラン、と乾いた音が鳴った。


「はぁっ、はぁっ、勝った……?」

「……」


 ウィルは息があがりきって、剣を支えにして呼吸を整える。それを見ていたリズが口を開いた。


「……。最後に、負けちゃったね」


 うれしそうな、でもなぜか少し悲しそうな、そんな表情をしている。ウィルはリズのある言葉が引っ掛かった。


「最後?」

「うん、もうすぐ、護衛騎士に仮配属されることになったんだ。だからウィルの相手はもうできないの」


 護衛騎士に任ぜられれば、それはもう名誉なことだ。しかしその分責任は重い。ウィルの稽古に付き合っている暇はないのだろう。


「あ、そうだ!約束だから。1つだけ、何でも言うことを聞いてあげるよ」


 思いついたように手をパチンとたたくと、リズは、なぜか少し恥ずかしそうに、その手を後ろに持って行くともじもじとしている。

 急にしおらしくなったリズに、ウィルはどきっとする。ここで自分が想いを伝えていたら、どうなっただろう?シェリルとの結婚話が持ち上がる前のこの瞬間なら、リズの返事を聞くことができる。


「私にできることなら何でもいいよ。その、例えば……け、けっこ……」

「リズ」


 いや、と思い直して、ウィルはリズの言葉を遮った。もちろんこれはあくまで思い出の中の出来事だ。

 でも現実のウィルは、帝国の第四皇子として、リンドグレーン女王と婚姻を結ぶために今ここにいる。試練の世界の話だろうと、私事のためにリンドグレーン女王を裏切るようなことはできない。


「リズ、僕のことを護ってほしい」


 ウィルがそういうと、リズは一瞬はっとした後、真剣な表情に戻った。その間に彼女が見せた感情は、悲しみ、落胆。



「僕の護衛騎士になって、ずっと僕のことを護ってくれないか」


 そう、ウィルが言い終わるころには、リズの表情はいつもの表情、正確には現実世界で一緒に旅をするウィルがいつも見ている表情になっていた。


「ウィルフォード第四皇子殿下。護衛騎士の任、確かに拝命いたしました」


 ウィルの「お願い」に、リズは大仰に立ち膝に頭を垂れた騎士の礼で返す。


「それでは、これから訓練がありますので。失礼します」


 そういってすぐにクルリと向きを変えて走って行ってしまったので、ウィルはリズの表情を見ることができなかった。




「……これで満足か?」


 いつの間にか再び霧に覆われた森に戻っていたウィルは、あの声に毒づいた。


いつも読んでいただき、ありがとうございます


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