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絶対防御の魔法使い  作者: スイカとコーヒー
小国の薔薇編 <Little Rose>
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25.1つ目の試練

 背の高い木々の枝が伸び、その葉が太陽の光をほとんど遮って薄暗い森の中を、ウィルは進んでいく。

 まだ森へ入って幾分も進んでいないはずなのに、もう方向感覚が失われてしまった。ただ、入ってきた方向は全くわからないのに、なぜか進むべき方向はわかる気がする。何かに呼ばれるように、ウィルは歩く。


 一歩進むたびに、踏み出した足が枯れ枝を踏みつけ、ぽきっと音を鳴らす。そんな音すら吸い込んでしまうほど、森は静けさに満ちている。

 歩きながら、ウィルはシェリルの言葉を思い出していた。


「結婚を認めさせる方法が、他にあるはずです」

「命を懸ける必要などありません」


 結婚を発表したときは、ウィルのことなど意にも介さない雰囲気だったのに、いつの間にかシェリルは自分の安全を気にしてくれていた。


「確かに、試練を乗り越えられれば一番メリットがあるでしょう。

 でも、わたくしはもう損得でお話しているのではないのです」


 試練の森へ行くことを譲らないウィルに、シェリルは最後は涙を流して止めていた。

 しばらくの間一緒に旅をした位で、どうしてあれほど僕のことを慕ってくれるようになったのか、ウィルは疑問だった。だが、こうして無謀にも試練の森へ入っている自分を顧みると、少しわかったような気がする。


「シェリル。君と僕は、似た者同士なのかもしれないね」


 ウィルは枯れ枝を踏みつけながらそうつぶやいた。

 シェリルはリンドグレーン王国の最後の王族として、国を発展させる責任を負っている。ウィルは皇位継承権を持つものとして、実力がはるかに上の兄たちと継承権を争っている。

 二人とも、なすべきことが大きすぎて、まだ実力が足りない。足りない実力を何とかもがいて埋めている者同士なのだ。果てない努力をし続ける宿命だからこそ、お互いの努力を理解することができる。健闘を称えあうことができる。


「だからこそ、試練を突破して、シェリルの助けになりたい」


 そう言って顔を上げたウィルの前に、最初の試練が現れた。





 いつの間にか、霧が立ち込めている。もとから薄暗い上に、濃い霧のせいで周囲数メートル先くらいしか見通すことができない。

 立ち止まったウィルに、どこからか男の声が聞こえてきた。


「この時代には、気概のあるやつが何人もいるようだな。

 最近にも試練に挑んだ奴がいたと思ったが、お前もか」


「誰だ?」


 誰だ、と問いかけるウィルの声が聞こえているのかいないのか、男の声はウィルの問いかけには答えず、話し続ける。


「皇帝というのは、なりたいと思ってなれるもんじゃぁ、無いぞ」


 何を言っているんだろう。


「目的を果たすためには、わき目もふらずに進む必要がある」


 それはそうかもしれないが。今は試練を突破することが目的だ。ウィルはもう一度、霧の向こうに話しかけてみる。


「僕は試練を受けに来たんだ!」


「皇帝になりたければ、それ以外はすべて捨て置く覚悟が必要だ。

 試練を乗り越えたければ、お前の大切なものを捨てていけ」


 どういうことだ?皇帝と試練にどういう関係があるのだろうか。再び問いかけようとしたウィルが声を出そうとしたとき、急に霧が晴れ、視界が戻ってきた。




「!?」




 いつの間にか森が途切れ、目の前にはきれいに切りそろえられた芝生が広がっている。足元には石畳。

 石畳の左右は、背の低い植栽や、色とりどりの花が植えられていて、少し先には一軒の家が建っている。


「ここは……?」


 なにやら見覚えがある、とウィルは思った。一歩踏み出すと、ウィルは自分の体がだいぶ縮んでいることに気づく。思わず両手の平を見ると、持っていたはずの魔杖はない。背負っていたバッグもどこかに行ってしまっていた。


 ちょろちょろと水音がする方へ行ってみると、どこからか透き通った水が流れる小川があり、小さな池を作っていた。

 池を覗くと、揺らめく水面に移ったのは、五歳くらいの自分自身だった。


「これは!?」


 改めて自分を見てみると、確か幼いころ自分が来ていた服装のような気がする。

 自分はあの頃に戻ってしまったのだろうか。母がまだ生きていた、あの頃に。


「母上」


 思わず母のことを口にする。そういえば、この庭は、そしてあの建物は、母と一緒に暮らしていた我が家ではなかったか。



 病弱だった母は、療養のため王宮から少し離れた、静かな家に住んでいた。王宮での権力闘争は体の弱い母には負担だったのだろう。

 ウィルもそのころは一緒に住んでいたが、5歳を過ぎてすぐ、母は天へと帰っていった。もう10年も前のことだ。大好きだった母の記憶は残っているが、その顔はもうはっきりとは思い出せない。


「ウィルー!ごはんができたわよ~!」


 建物の中から、自分を呼ぶ声がする。10年ぶりに聞く母の声に、思わず体が震える。もう聞くことができないと思っていた、大好きだった母親の声。


 とっとっ、と短くなった脚を動かして、家の入口までやってきた。再び中から、自分を呼ぶ声が聞こえた。家の中ではカチャリと、食器を準備する音が聞こえる。扉のわずかな隙間から、母の作った食事のにおいが漂ってくる。ウィルは何か夢の中にいるような気がしてきた。


「……」


 ドアノブに手を伸ばす。金色にメッキされたドアノブに手が触れたところで、ふと、森で聞こえたあの男の声が頭に響いた。


「試練を突破したければ、お前の大切なものを捨てろ」


 ああ。あの男が言っていた”試練”とは、このことなのかと、ウィルは理解した。

 大切に心の中にしまってきた、母の記憶。もう、うっすらとしか思い出せない、母の顔。穏やかに過ごしたあの頃の思い出。母への想いを、捨てろと言っているのだ。


「くそっ」


 毒づくウィル。そう簡単に、母親のことを諦められるかよ。ほんの少ししかない、幸せな思い出を、ポイっと捨てられるわけがないじゃないか。


「ウィル~?いるんでしょ~?スープが覚めちゃうわよ~?」


 優しい、母の声が扉越しに聞こえてくる。足音や、息遣いまで感じられる。この扉を開けて、母に抱きしめてもらいたい。抗いがたい衝動に、ドアノブにかけた手に力が入る。




「……」


 ウィルは目をつむって、深呼吸をした。空いているこぶしをぐっと握り締める。そうして、大きく息を吸い込んだ。


「母上!」


 扉越しに、ウィルはそういった。どうしたの?と、不思議そうな母の声が中から聞こえてくる。


「母上、僕は用事が出来ました。大切な用事です。ですから扉を開けることはできません」


「……」


 ウィルの母は黙って聞いている。


「せっかく作ってもらったスープも……いただけません」


 ぽたぽたと、涙がこぼれた。母の顔を、一目見たい。


「でも」


 ウィルはうつむいていた顔を上げた。まっすぐ、扉を見ている。扉越しに、母と目が合っているような気がした。


「すぐに用事を終わらせて、帰ってきます。母上のもとに」



 少し間が空いてから、家の中から声が聞こえてきた。何かを悟ったような、優しい声だった。


「そう。がんばってね、ウィル」


「……っ」


 こぶしを握り締めたまま、ウィルは向きを変えて扉を背にした。


「……いってらっしゃい」


 走り出したウィルの背中ごしに、最後に母の声が聞こえた気がした。


「母上……」


 走りながら涙をぬぐうと、あたりは先ほどの森に戻っていた。後ろを振り返ったが、あの、かつての家はどこにも見えなくなっていた。


いつも読んでいただき、ありがとうございます


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