24.イデア
「試練の森?」
リンドグレーン王国からきた貴族の言葉に、デューン皇子は珍しく眉をひそめた。
貴族はアーリン・ウィンストンと名乗った。かなり急いでいるのか、先ぶれもなく皇族に謁見を申し入れてきた無礼者だ。ふだんなら一蹴するのだが、ウィルフォードに関する緊急の情報、と言われると無下にもできなかったのだ。何とか午後の予定を調整して、会うことにした。
「ウィルフォードが、試練の森に入ったということか?」
デューン皇子は改めて確認した。なんでも、リンドグレーン王国の「ごく一部の」貴族がウィルフォード皇子とシェリル女王の婚姻に難色を示したらしい。するとウィルフォード皇子が「シェリル女王への想いを証明するため」「自主的に」試練の森を踏破すると言い出したというのだ。
「その通りでございます。私どもが試練の森は危険だとお止めしたにもかかわらず、『シェリル女王陛下への気持ちを身をもって示したい』と」
「そうか」
ウィルフォードが言い出したのであれば、建前上は帝国側から横槍を入れて止めるわけにはいかないと言うことだ。
「ウィルフォード皇子の試練の森への挑戦は、すでに周囲の国々にも知れ渡るところとなっております。
オリエンス王国もこの件を注視されているとのこと」
なるほど。帝国と、リンドグレーン王国の二国間でウィルの発言を無かったことにすることもできない、と。
「貴重な情報、感謝する。謝礼は追って渡そう」
「ははぁ」
リンドグレーン王国の貴族は帰っていった。
デューン皇子はうーん、と腕を組んで考え込む。
厄介な情報を掴まされてしまった。ウィルフォードが本当に試練の森に入ってしまったのであれば、かなり危険だ。ウィルには”まだ”早いだろう。
かといって、大手を振って帝国から試練の森に救出に向かうわけにもいかない。
なにせ、ウィルフォード本人が「シェリル女王との婚姻のために」言い出したと言うのだから。下手をすればウィルフォードとシェリル女王の顔を潰すことになる。
もちろん、あの貴族が言っていることが全て本当ならば、だ。
ただしその裏をとっている時間はない。次の一手を決めかねているうちに、ウィルフォードが死んでしまうかもしれない。思考をめぐらすデューン皇子に、うしろから話しかける声がある。
「あなたの弟なのでしょう?少し早いかもしれないけれど、大丈夫じゃないかしら?」
声は人間の女性のようだったが、デューンの背後に現れたのは、透き通った水色をした、巨大な猫のような魔獣だ。体色以外は、別の大陸に生息しているライオンと言う生物によく似ていると、以前これを見た航海士が言っていた。
「イデア。君は楽観的すぎると思うぞ」
「そうかしら。まぁ、私には試練のことはよくわからないけれど。
『皇帝の器なら』試練は突破できるのでしょう?」
イデアと呼ばれた、ライオンとやらに似ているらしい生物はグルルと唸った。このイデアこそ、デューン皇子が試練の森へ挑み、試練を乗り越えた証として森から授かった使い魔なのだ。
この通り見た目が非常に目立つ上、本人があまり人間を好かないらしく、人前に姿を表すことはほとんどない。
「僕が試練に挑んだのは、ウィルフォードの歳より3年も後だ。心配にもなるよ」
「私なら馬よりは早いでしょうし、見てきましょうか?」
「やめてくれ。君の姿を見られたら、僕がこっそりとウィルの手助けをしたと誤解されるかもしれない」
「でも、弟君のこと、心配に思っているのよね?」
妖艶な声色で人語を発するライオンは、はたから見ると奇妙だ。だがその水色の風貌とはよく合っているように見える。そしてイデアは非常に頭がよく、よくデューン皇子の相談相手になっていた。
デューンは再びうーん、と唸った後、よし、とつぶやいた。
「オクタスは今遠征に出ていていないことだし、ヴェンパーに見に行ってもらおう」
「……第三皇子は危ないのではなくて?あなたに反発しているみたいだし、最近成果を上げ始めたウィル皇子まで目の敵にしているじゃない」
イデアはこうして、デューンの意見に必ず反対意見や、デメリットをあげてくる。その中にはデューンが気づいていなかった観点があることもある。相談できる相手が限られるデューン皇子にとっては、思考の幅を広げるのに非常に貴重な相手だ。
しかし今回については、デューンはさすがに「皇族の兄弟をサポートする」という役目をしっかり果たしてくれるだろうと考えた。様子を見てくるだけで十分な功績となるからだ。
「ヴェンパーがウィルのことをあまりよく思っていないことはわかっているよ。
だから父上からの勅命として行ってもらう。皇帝からであればヴェンパーも悪い気はしないだろう。」
「……」
イデアはそれ以上は何も言わなかった。議論はできたかなと考えたデューンは、すぐに皇帝の名のもとに、ヴェンパーにリンドグレーン王国への遠征を指示した。
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