20.王国議会再び
シェリル女王が王都ベルフライに到着してすぐ、王国議会が開かれた。
前回は結局、シェリル女王の戴冠の挨拶だけで議会は解散となってしまった。そのうえ当のシェリル女王は、そのまま帝国へ行ってしまう始末だ。上位貴族たちが集まり、女王とともに決定する必要がある案件は、全然消化できていない。
今日は初日ということで、またシェリル女王による挨拶で議会は始まることになっている。
演台に立つシェリル女王に対して、「もう余計な発言はしてくれるな」という無言の圧力が、主に王国派貴族たちから発せられている。
「みなさん、集まっているようなので、王国議会を始めましょう」
凛としたよく通る声でシェリル女王がそういうと、一気に場に緊張感が満ちてくる。ここからは王族を含め、貴族たちの利益の取り合い、主導権の奪い合いの戦場となるのだ。
「と、その前に」
シェリルが続ける。また何か余計なことを言うのではないかと、貴族たちが疑惑の目を向けている。
「わたくしは帝国へ赴き、エスタリア帝国皇帝陛下とお会いいたしました。そして……」
おぉっ!と肯定的などよめきが上がる帝国派貴族。逆に、そんなことは承服しかねるといった雰囲気を出し始めたのは王国派貴族だ。シェリルは、貴族たちの予想通りの言葉を発する。
「そして、正式にウィルフォード第四皇子殿下と結婚することといたしました」
予想通りの言葉に、これまた予想通りの反応をしたのが王国派貴族。その中で声を上げたのはサミュエル侯爵だ。以前、シェリル女王に結婚を迫っただけあって、どこぞの馬の骨とも知らない皇子が女王と結婚するなど、我慢ならないようだった。
「ありえない!相手はたかが第四皇子でしょう!リンドグレーン王国の名が傷つきますぞ?」
「そうだ!そうだ!」
「帝国などに尻尾を振るおつもりか!?」
実はウィルも議会に出席しているのだが、貴族たちはそれも知っている。いや、知っているからこそ、ウィルに聞こえるように大声で発言しているのだ。
プライドの高い貴族たちからすれば、歴史あるリンドグレーンの王配が、国内の貴族から選ばれないことが認められないのだろう。
サミュエル侯爵の勢いは止まらない。
「しかもお相手の皇子は最近成人したばかりというではありませんか!
こんなことでは議会のみならず、国内の貴族、一般国民に賛同が得られるとは全く思えませんな!」
あまりの剣幕に、一瞬ひるんでいた帝国派貴族たちだったが、体勢を立て直して今度は反撃に出る。
「サミュエル侯爵。成人しているのですから、十分ではありませんか。
帝国の皇位継承権をお持ちの皇子ですぞ?」
「皇位継承権がなんだというのです!?だったらオリエンス王国にも王位継承権を持った王族がおられる。
そちらと婚姻を結べばよいではないか!」
「オリエンス王国との婚姻は、サミュエル侯爵に利があるから主張しているに過ぎないのでは?」
「その言葉、そっくりそのまま貴殿にもお返しいたそう!」
議会はサミュエル侯爵と、数人の帝国派貴族との論戦になってきた。とはいえどちらも一歩も譲らない。しばらく応酬が続いた後、動きがあったのは帝国派貴族のこの言葉からだった。
「はぁ。サミュエル侯爵。あなたは結局ウィルフォード殿下の何が不満だと言っているんだ?」
「”実力”ですよ。なんでも、シェリル女王陛下をベルフライにお連れする間にも、賊に襲撃を受けたのだとか?」
「……なぜそれを」
「その程度、貴族なら皆が知っているでしょう。
シェリル女王陛下をお守りする立場となるはずのウィルフォード皇子がいながら、そのような下賤な賊に襲われるなど、実力に疑問を持たざるを得ませんな!!」
「失礼にもほどがある!第一、襲撃を受けることなどウィルフォード皇子のあずかり知らぬことではないか!!」
「だからなめられていると言うのです。もし、私であれば!
そもそも木っ端のような賊に襲われるようなことはないでしょうな」
「貴殿こそ、そんな実力などないではないか!」
「さぁ、どうでしょう?しかし、ウィルフォード皇子にそ・れ・ほ・ど実力があるというのであれば。
試練の森を踏破していただきたいものですね!」
……ざわざわと、議会が急に騒然となる。ずっと貴族のやり取りを静観していたシェリルの顔に、少し焦りの色が浮かんでいるのを、遠巻きに見ていたウィルは感じ取った。焦ったのは今まで喧々諤々の議論をしてサミュエル侯爵に一歩も引かなかった、帝国派貴族も同じようだった。
「……そ、それはさすがに」
何とか反論の糸口を作ろうと、口を開けたところへ、サミュエル侯爵が畳みかける。
「聞けば今回の縁談は、ウィルフォード皇子も前向きだとか。
それほどシェリル女王と結婚なさりたいのであれば!試練の森の一つや二つ、超えて見せてこそリンドグレーンの王配となる心意気が感じられるというもの。
何せ私ごときよりはるかに強い御方だ。簡単なことでしょう?」
試練の森。リンドグレーン王国から西方、エスタリア帝国との国境付近に広がる深い森だ。
森の中には強力な魔物が住み、訪れるものを容赦なく死に追いやる。しかしその森を突破し、最深部に到達したものは、森から強力な力を与えられるといわれている。
そういった言い伝えから、古くから力に覚えのあるものが挑み、自身の勇気と実力を示すために使われてきた。そして、そのまま帰ってこない者が後を絶たない。
帝国派の不利を悟ったついにシェリルも議論に参加する。
「サミュエル侯爵、貴殿がこの件について反対の立場であることは理解しました。しかし無茶な要求はやめてください」
シェリルももちろん、試練の森について知っている。知っているからこそ、ウィルを森に行かせるわけにはいかないと考えていた。シェリルは戦闘面での目利きの力はないが、いくらウィルフォードが防御面で優れているとしても、大変な危険があるだろうことは予想できる。
これは王国派の、もしかするとさらに背後にいるオリエンス王国の陰謀に違いない。試練の森へ追いやり、そのまま帰ってこれなければ目的は果たせる。万が一帰ってくるようなら、途中でこっそりと暗殺してしまえばいい。
このまま挑戦を拒否すれば、ウィルフォード皇子にリンドグレーンの王配の資格なしと吹聴すればよい。どちらに転んでも王国派に損はないのだ。
シェリルはあくまで冷静に意見したはずだが、女王の焦りを敏感に感じ取ったのだろう。王国派貴族が勢いづく。
「女王、伴侶となるお方がその程度の試練に挑戦するそぶりもないとは、いかがお考えなのか?」
「リンドグレーン王国の王配となる気概があれば、試練の森など恐れることはありますまい」
「もちろん、挑戦するのですよね?ウィルフォード殿下?」
ウィルフォードに「死んでこい」とでも言うかのごとき挑発に、シェリルは内心、激しい怒りを感じていた。今すぐ王国派の貴族たちをひっぱたいてやりたいが、生まれながらの王女の部分が、それを押さえている。
シェリルは怒りとともに一度ふぅ、と息を吐くと、いったん会議を中断しようとした。
「サミュエル侯爵はじめ、何名かの貴族のみなさんの意見は理解しました。しかし」
そこへ割って入ってきたのは、王国派でも、帝国派でもなく、ウィルだった。
「試練の森へ挑戦しましょう」
立ち上がり、ウィルは宣言する。
騒がしかった議会は一瞬静まり返り、その後、すぐにまたざわざわと喧騒が帰ってきた。ざわざわという貴族たちの話し声は、これまでのような「ウィルフォード皇子を認めるべきか、否か」ではなく、「試練の森への挑戦は無謀では」という動揺のようだった。
「う、ウィルフォード殿下!お気持ちはうれしいのですが、そのご判断は早急かと」
そう言いかけたシェリルに、ウィルは続ける。
「シェリル女王。僕はあなたと結婚するつもりです。だからこそ、試練の森の踏破が必要なのであれば、挑むのみです」
ウィルは試練の森について知らないのだろうか?
ウィルが話す間もシェリルは思考を巡らせる。この状況から、どうしたらウィルを試練の森に向かわせずに済むだろうか。しかし、この発言をサミュエル侯爵が逃すはずもなかった。
「すばらしい!それでこそわがリンドグレーンの王族にふさわしいというもの!」
ウィルは淡々としている。
「サミュエル侯爵。いや、ここに出席している貴族の皆さん。
僕が試練の森を踏破した暁には、シェリル女王との婚姻を条件なしに認めてもらいますよ」
「えぇ!えぇ!踏破できればもちろん認めましょう!」
サミュエル侯爵は上機嫌で笑いをこらえられない様子だ。彼の意図した結果になったからだろう。
十中八九、ウィルフォードは死に、シェリルの婚姻はご破算だ。皇子が死ねば帝国の力もそがれ、帝国派もおとなしくなるだろう。
「それでは!これで”決まり”ということでよろしいか?」
サミュエル侯爵が嬉々として議会に問いかける。シェリル女王の即位後初の議会の決定は、夫となる予定のウィルフォード皇子による、試練の森の挑戦だった。
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