4.アイテム屋
チリリン。扉にくくりつけられた鈴が、少しくたびれた音を鳴らした。お手製の拡大鏡でアイテムの鑑定をしていた店主が頭を上げる。
「いらっしゃい」
薄暗い店内は気だるそうな店主の声だけが聞こえる。この陰気で小さなアイテム屋は、パーセル公爵領の中心街オルドレスの街の端にある。街を統治する貴族であるパーセル公爵の邸宅のある繁華街からは遠く離れていて、人通りもあまりない。
人通りがなければ店を利用する客もほとんどいないわけで、だからこそ、今入ってきた男にとっては好都合だった。
「買い取りを頼むっスよ」
そう言いながらいくつかのアイテムをカウンターに並べていく。
銀製の食器、見事な龍の彫刻が施された木製のランプ、宝石の埋め込まれた置物。手際良くそれらを並べる男はフードをかぶっていて、暗い店内では顔はよく見えない。ただ、先程の声を聞く限りでは、まだ二十歳を超えたくらいの若さだろう。店主は眉間に皺を寄せてその様を見ている。
「あんた、最近よくくるけど、そんな高価なものばっかり持ってるなんて、どこかの貴族かい?」
「……」
フードの男は答えない。
「そういえば、ここ数ヶ月、パーセル公爵様の館に泥棒が入ってるって聞くね」
店主がそう言うと、アイテムを並べていた男の手の動きが一瞬とまる。
「まぁ、こんな街外れのアイテム屋にきてくれるんだ。あんたの素性は深くは聞かないけどさ。はい、これ前回の分。」
店主はそう言って銀貨の詰まった皮袋をカウンターにおいた。男は皮袋に視線をやりつつ、アイテムを並べている。最後においたのは、魔法使いが使う魔杖だった。真っ直ぐに伸びた白銀色の持ち手の先に、正八面体に削り出された赤い魔石が固定されている。
「ん……これは?」
店主は男が並べるアイテムをぼーっと眺めていただけだったが、最後の魔杖に何か気を引かれたのか、手にとって眺め始めた。
視線が先端の魔石をまず眺める。大きく、透明度の高い魔石だ。さぞ強力な力を持っているのだろう。次に持ち手。材質はおそらくミスリルだろう。こちらも簡単に手に入るものではない。余程金持ちか、名高い冒険者のものと言えそうだ。そして店主の視線が持ち手の一番下までくると、眉間の皺がさらに深くなった。
「おい、さすがにこりゃぁうちじゃ買い取れないよ。いい杖だとおもったら、皇族の持ちもんじゃないか。こんなもの買い取ったことがバレたら、俺は重罪になっちまう。ほら、ここ。見えるだろ?」
店主が指し示す先には、くびれた杖を背景にしてヴァルキリーの横顔が彫られている。皇族しか使うことの許されない、帝国の紋章だ。
「頼むから、変な物は持ち込まんでくれよ?」
「じゃぁこれはいいっスよ。後の査定をやっておいてくれ」
「今回は少し多いからな。時間がかかるぞ」
フードの男は魔杖をしまうと、店主がおいた皮袋の中身をさっと確認し、店から出ていく。
扉につけられた鈴が、またくたびれた音でチリンと鳴る。開けられた扉から入ってきた日光に照らされて、フードから青い髪が少し出ているのが見えた。
「そろそろ潮時だな。パーセル公爵邸に出没する盗賊の情報なら、高く売れそうだぜ。情報屋がいいか?パーセル公爵に直接売りに行ってもいいな……。査定中のアイテムはさっさと売っ払ってとぼけちまえば、二度美味しいってもんだ」
テーブルに並べられたアイテムを見ながら、店主はほくそ笑んだ。