17.守ってくれる人
「殿下、ちょっといいスか?」
コンコン、と馬車の扉を叩いたのは、サイラスだ。彼は斥候として進路の少し先の状況を調べてくれている。馬車の周囲の警戒はリズ、アルフレッドの役割だ。
彼が直接きたと言うことは、何かがあったのだろう。
「ご苦労様、サイラス。どうかした?」
「前方にこの馬車と一定の距離のままつかず離れず進んでいる、怪しい奴らがいるんス。
でも、だんだん距離を詰めはじめてます。もしかすると少し先で戦闘になるかもしれません」
「少し先……。そう言えばそろそろリンドグレーン王国領に入ります。
何かあったとしてもリンドグレーン領内であれば、いくら帝国といえどすぐに横槍を入れるのは難しいでしょう。そのタイミングを待っているとしたら?」
シェリル女王がそう呟いたまさにその時、ズン、と地響きとともに馬車が急停止する。
「サイラス、相手の正体を突き止める必要がある。追跡を頼むよ!」
「承知しました!」
すっとサイラスが馬車を離れると、空いた扉の外から、馬のいななきや剣戟の音とともに、焦げた匂いも馬車の中に入ってきた。
先程の音は爆発だったのだろうか?
「殿下!」
サイラスと入れ替わりで馬車に入ってきたのはリズだ。ちらりとシェリルの方に視線がいったが、すぐにウィルに報告を行う。
「敵襲です。人数は不明。魔法使いもいるようです。先頭の馬車が攻撃を受けています。すでにアルフレッド様が向かいました」
リズがそう言い終わるか、終わらないうちに、ゴゥッ!!と馬車の近くを火球が飛んでゆく。
「リズ、このままでは防戦一方になってしまう。アルフレッドが抑えているうちに、回り込んで敵を叩くんだ。」
「しかしそれでは殿下をお守りできません!」
「僕はこの馬車ごと障壁で守るから大丈夫。それよりシェリルの配下に被害が出ないよう、敵の殲滅を優先してほしい」
「私は殿下の護衛です。殿下から離れるわけには……」
シェリルが引き連れている一団にも騎士が護衛としてついている。簡単にはやられはしないだろうが、被害が出ないとも限らない。それに敵に遠距離魔法が使える魔法使いがいる。防戦に回るとじり貧なのは明らかだ。
それはリズもわかっているだろうに、今回はなぜ護衛にこだわるのだろう。
「早く!」
「わかりました。とにかく、気をつけてくださいね?」
不満そうにそう言うと、リズは馬車の進行方向へと駆けて言った。さて、馬車から降りて敵の場所を把握しなければ。狭い窓からでは戦況もわからない。
「シェリル、一旦馬車から降りるよ。周囲に対魔法・対物理障壁を展開するから、安全は保証する」
ウィルは落ち着いてそう伝える。少なくとも、先程飛んできた程度の魔法であれば、いくら打ち込まれようが障壁を破られる心配などない。
敵の殲滅力に関しては兄たちと比べるべくもないが、今回ばかりはシェリル女王の安全を確保できる点で、自分の能力に感謝した。
「ウィルフォード殿下。できれば私の配下の者とも連絡を取りたいのですが」
馬車から降りる途中、シェリルは心配そうにそう言った。いつもそばに仕えている、メイドのマリアのことが気になるのかもしれない。
「わかった。シェリル女王の側近の方は後方だったね。
前方からの攻撃に注意しつつ、後ろに下がろう」
そういってウィルはシェリルの手を引く。ウィルの障壁に護られ、二人は並んだ馬車の後方へと向かう。と、上空から敵の放った火球がこちらに向かって飛んでくる。
「障壁!」
爆風によって周囲に損害が出ないよう、ウィルは上空に障壁を発生させる。見えない壁に衝突した火球は、馬車の十数メートル上で炸裂した。
「っ!!」
爆発の衝撃が空気を揺らし、ウィルの生み出した障壁の外側を回り込んで馬車の方まで振動が伝わってくる。
ウィルの周囲にいた者たちは恐怖にどよめいた。シェリルも思わず目をつむり、体が硬直してしまう。宮廷内の舌戦であれば慣れたものだが、このような魔法の応酬を目の当たりにするのは初めてだ。
「シェリル、君は僕が守るから。さあこっちへ」
ウィルはいたって冷静にシェリルをエスコートする。吊り橋効果という奴だろうか、シェリルは”便利に使ってやろう”と考えていたこの年下の皇子を、頼もしいと感じていた。
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