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絶対防御の魔法使い  作者: スイカとコーヒー
小国の薔薇編 <Little Rose>
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16.信じられる人

「良いのですか?シェリル女王」


「『良いのですか』とは何についてでしょうか?」


 リンドグレーン王国への帰り道。ウィルは馬車の中でシェリル女王に尋ねた。一つ気になっていることがあったのだ。


「ああその前に。皇帝陛下に結婚のお許しもいただけましたことですし、わたくしのことは敬称をつけずにお呼びください。ウィルフォード様」

「わ、わかりました。」

「それに、夫婦となれば対等なのですから、敬語も不要ですよ?」


 敬語で話すシェリルに、「敬語は不要」と言われてもな、とウィルは思う。彼女の場合は、これが素の口調なのだろうけど。


「それではシェリルじょ……シェリルも、僕のことはウィルフォードと」

「そうはいきませんウィルフォード様。

 レディーが敬語も使わず敬称も付けないなんて、そんなはしたない真似をするわけにはいかないでしょう?」


 シェリルは自分は敬語も使うし敬称もつけるが、ウィルには不要だという。

 ここまで自分を棚上げして正面から要求を突き付けられると、とっさに反論できないものなんだなぁ、とウィルはぼんやりと考えていた。名前の敬称といい、敬語の件といい、うまく丸め込まれている気がする。


「交渉事でシェリルに勝てる気がしないね。ハハハ……」


 ここまでシェリルの主張だけを通されてしまっているのだが、ウィルはもう交渉で張り合うことはあきらめた。


「ふふふ。それで、『良いのですか』とは何についてでしょうか?」


「『リンドグレーン王国は帝国と同盟を結ぶ』と兄上に言ってしまったことです……だよ。

 今まで帝国とオリエンス王国との間でバランスをとってきたのに、オリエンス王国からの侵略を正面から受けることになるのでは?」


 ウィルは揺れる馬車の中で、そうシェリル女王に訪ねた。


 二人は今向かい合って馬車に乗り、リンドグレーン王国へととんぼ返りしているところだ。帰りはウィルから、馬車で帰ることを皆に提案した。

 行きはシェリル女王とあまり一緒に居たくない一心で徒歩を選択した――結局、シェリルは馬車でついてきたが――ウィルだったが、しばらく過ごすうちに、この政治能力に長けた一歳年上の少女に、少し興味がわいていた。


 なにせ二か月弱の間に、帝都の貴族たちを味方につけ、皇帝に結婚の了承を取り付け、兄上たちと互角以上に渡り合って縁談をまとめてしまったのだ。こんな功績を聞けば、諸手をあげて称賛するだろう。

 ……縁談の相手が自分でなければ。


 そんな事を考えながら質問するウィルにシェリルが答える。


「正直に申し上げますが、前王、わたくしの父上が崩御した時点で、わが国リンドグレーンには選択肢はなかったのです」


「それはどういうこと?オリエンス王国と婚姻外交を進めてもよかったのでは?」


 ウィルは重ねて問う。


「オリエンス王国からの侵略行為は年々激化しています。もはや、リンドグレーン王国が陥落するのは時間の問題です」


「それほどとは……」


「それほどなのです。しかし、国内の貴族たちは帝国派と王国派の勢力争いに夢中で、それに気づけていません。」


 シェリル女王は真剣な目で、つづける。


「現状では、オリエンスは交渉に応じないでしょう。

 彼らは、あの手この手で貴族の動きを鈍らせ、最終的にリンドグレーンを攻め滅ぼすつもりです。

 遅かれ早かれ、オリエンス王国との正面衝突は避けられません」


「だからと言って自分なんかと……」


 よく知らない自分なんかと結婚するなんて、と言いかけて、ウィルは唇を結んだ。それは言ったところで意味のない事だ。シェリルはウィルの気遣いを察したのか、ふと穏やかな顔つきに戻った。


「ウィルフォード殿下は、わたくしとの結婚をどうお思いですか?」

「えっ?」


急に核心に迫る質問をされて狼狽えるウィル。ここは正直に答えておくべきだ。目の前の人物は、もうすぐ妻となる人なのだから。

 しかしうまく言葉にできない。焦るウィルをみて、シェリルが口を開いた。


「わたくしは、父上以外に家族がおりませんでした。

 母は物心つく前に死別いたしましたし、ウィルフォード殿下のようにご兄弟もおりません。ですので、父上がわたくしの家族のすべてでした」


シェリルが”父上”と口にするときには、懐かしさ、誇らしさ、寂しさが混ざったような表情をする。家族に向けるいろいろな感情が、全て詰まっているのだろう。


「父上が亡くなったあと、わたくしが頼れたのは、メイドのマリアくらいでした。

 貴族たちはまだ小娘のわたくしの言うことは聞かず、近寄ってくるのは女王の権力を私利私欲で利用しようとするものばかり。

 王家の力を維持し、貴族たちを従えることに必死でした」


「帝都では目を見張るほどの交渉能力だと思ったけど、それだけの苦労をしたからなんだね」


「ふふ、ありがとうございます殿下。

 貴族との綱引きに慣れたと思ったら、次は周辺国家との鍔迫り合いが待っていました。今まで、わたくしが気の休まる夜を迎えたことはありません」


 シェリルは本当に嬉しそうだった。これまで必死にもがいてきた事を、認めてくれた人は今まで誰もいなかったから。そしてウィルは少し、この女王が理解できた気がした。そして、多少でも力になりたいとも思った。


「その、け、結婚するのだから、僕もできる限りのことはサポートするよ」

「っ。あ、ありがとう、ございます…………」


 シェリルの顔が少し熱をもつ。

 この方は本当にまっすぐだ。腹の読みあいに慣れ切ってしまったわたくと違って。

 シェリルは、帝都へ向かう時とは少し異なる感情に戸惑いを感じていた。マリア以外に、真正面から話を聞いてくれる人物が現れた。貴族たちとのやりとりで猜疑心の塊だった自分の心が、ときほぐされているような心地がする。


 死の間際に父王が言った、「自分が信じられる伴侶を、頼ることができる王配を探しなさい」という言葉が、思い出された。


いつも読んでいただき、ありがとうございます


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