10.破天荒な女王シェリル
ウィルが案内されたのは、少し小さめの部屋だった。
数人がテーブルを囲んで座れる程度で、ごくプライベートな面会に利用されるような場所なのだろう。議会でウィルに声をかけた帝国派の貴族は、部屋の入口まで案内すると、そのままどこかへ行ってしまった。
この場はシェリル女王と、ウィルだけの会話の場ということらしかった。
「ようこそ、いらっしゃいました」
部屋に入ったウィル、リズ、アルフレッドを迎えた声の主は、シェリル女王そのひとだった。
女王は既に座っていて、後ろにメイドが一人だけ控えている。促されるままウィルはテーブルに着くと、メイドが手際よく飲み物を用意し始めた。
リズは先ほどよりは落ち着いたものの、剣呑な目つきをしている。
「先ほどの議会でのお話ですが……」
「あっ、あまりに急ではありませんか?!」
最初に口を開いたのはウィルだったが、我慢できなかったのか、リズも声を上げた。シェリル女王は一瞬リズの方に視線を向けただけで、すぐにウィルに視線を戻す。
「……いくら帝国の皇族といえど、他国の王に対して護衛が口をはさむのは失礼にあたるのではありませんか?」
落ち着いた雰囲気のシェリル王女は、淡々とそう言った。これからの会話に、後ろから余計な口をはさむなという警告でもある。すかさずウィルが謝罪の言葉を返す。
「シェリル女王陛下。護衛の無礼を謝罪いたします」
「謝罪を受け入れます」
シェリル女王にくぎを刺されたことで、リズとアルフレッドは発言できないどころか、ウィルが意見を求めることもはばかられる空気になってしまった。
場を支配する方法をよく心得ている。さすが、伊達に女王というわけではない。この狭い部屋も、余計な邪魔者がなるべく入ってこないための作戦というわけだ。
主導権を握ったところで、シェリルは話を始める。
「先ほど議会で発言した内容は本当です。つまり、わたくしはウィルフォード殿下と結婚するつもりです」
リズは全身をこわばらせて、シェリル女王をにらみつけている。護衛としては大変失礼な態度だが、シェリル女王はその点をたしなめることはしなかった。発言できない以上、もう意に介していないのだ。
「しかし僕は中央から何も聞いてはいないのですが?」
「わたくしは数か月前に、アウグストゥス皇帝陛下とお会いいたしました。その際に『王配を迎える用意がある』とお伝えいたしました」
「……」
なるほど、婚姻外交を打診したところまでは本当なのだろう。ウィルが次の言葉を発する前に、シェリル女王は続けて婚約のメリットを語り始めた。
「ご存じかと思いますが、オリエンス王国との勢力争いにおいて、我が国を押さえることは帝国としても地政学上重要です」
「それは、確かに事実ではありますが」
「それだけではありません。ウィルフォード殿下の皇位継承権争いも、わたくしが微力ながらお手伝いいたします。
失礼に当たると思いながらも、殿下の身の上について調べさせていただきました。
”政治的な後ろだて”が、必要ではありませんか?」
シェリル女王の言う通り、これまでほとんど活動のなかったウィルフォードは、中央、つまり帝国貴族の中では味方となる貴族がいないのが現状だ。貴族どころか女王が味方になってくれるのであれば非常に心強い。
シェリル女王は建前――皇帝との約束だけではなく、帝国とウィルに対するメリットも用意していて、論理的には反対できないように思われる。
しかしなぜ今日、自分なのだろう?ウィルは正直に疑問を口にする。
「なぜ、突然僕との婚約を発表したのですか?ほかの兄弟の方が帝国内の立場が強いというのに」
「わたくしの戴冠式に来ていただいたのが、ウィルフォード殿下だからです。
皇帝陛下とお話した結果、ウィルフォード殿下が来訪された。
これはすなわち、皇帝陛下が殿下をわたくしの結婚相手としてお選びになったと理解しています」
結局、本質的に「なぜウィルを選んだのか?」という質問には回答していないのだが、シェリル女王が「皇帝の意思に従った」というのであれば、ウィルがひっくり返すわけにはいかない。
一度父上の意思を直接確認した方がいいだろう。
「シェリル女王のお考えは理解いたしました。しかしこのお話を僕が初めて聞いたことも事実。一度中央へ戻り皇帝へ確認したいと思います」
ウィルのその回答すら予想していたのか、シェリル女王の返答は早い。
そしてその発言は三人を驚愕させるものだった。
「そうされるのがよろしいかと。その際ですが、わたくしも同行させてください」
「はい、承知しました。では一度帝都へ帰還し……。今、なんと?」
「わたくしも同行いたします。ウィルフォード殿下」
「えっ。ええええええっ?」
翌日、シェリル女王が帝国の皇子と移動を共にするとの話が広がり、リンドグレーン議会は再び大騒ぎとなった。
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