27.新しい人生
悪魔によって甚大な被害が出たにもかかわらず、大聖女の葬儀は大規模に行われた。
主な拠点となっていたブリストン大聖堂は、崩壊した聖堂の全面に白と黒の薔薇が飾られ、教徒たちの精神的支柱だった大聖女との別れを悲しんだ。
葬儀の当日、聖教都市じゅうの教徒たちが、思い思いの手向けの花を持って、ブリストン大聖堂に列をなした。大聖堂の裏にある墓地に、花を供えるためだ。
墓地には歴代の上位神官たちが眠っていて、大聖女のために作られたひときわ立派な石碑は、教徒たちの花で埋め尽くされた。
神聖教では、死んだ者は女神シーラのもとへ還り、また新たな命となってこの世に生まれるのだとされている。
現世での別れは悲しくもあるが、本人にとっては女神のもとへ旅立つ門出でもある。
教徒たちは厳粛に、そしてつとめて明るく、大聖女ダイアナを送り出したのだった。
夜通し献花に訪れた信者たちもまばらになり、空が白み始める。
聖教都市の東に位置するアルバラ大聖堂の屋根のあたりから、朝日が差し込んできた。
大聖女が埋葬された墓地は、周囲をブリストン大聖堂の奥屋で囲まれているのでまだ朝日は届かない。
まだ少し暗く、夜が残る大聖女の墓石の前に、一人の神官が立っている。
墓石に供えるためだろう、紺色の法衣によく映える小さな白い花を持っているのが見えた。
「ユーベル。出発前に会うことができてよかった」
日中の葬儀でユーベルに会えなかったウィル、リズ、アルフレッド、サイラスは、出立の前にもう一度大聖女に挨拶をしようとここに立ち寄ったのだ。
後ろからウィルに話しかかけられたユーベルは、少し顔をあげると、墓跡の方を向いたまま口を開く。
「……今まで大聖女様が、おかあさんが私の世界の全てでした」
これは、ウィルへの返答だろうか、それとも、大聖女へ話しかけているのだろうか。
「ここまで育ててもらったのに、なんのお礼もできないうちに、逝ってしまった」
部外者の我々が言うことではありませんが、とアルフレッドが前置きして応える。
こう言う時は、やっぱり年長者の重みのある言葉が良い。
「大聖女様も、ユーベル殿と暮らせて幸せだったのではないですかな。私も娘がいるのでわかります」
「えっ!?アルの旦那、結婚してたんスか?!」
ウィルもリズもサイラスと同じことを考えていたが、こんな空気の中でも口に出してしまうのはサイラスだけのようだ。アルフレッドは気にもしていないようだが。
「私も、おかあさんとずっと一緒で幸せでした。……そしてこれからも一緒です」
そう言ってユーベルは一本の触手を伸ばし、大聖女の墓に突き立てた。触手はうねうねと地面に潜り、ぷつりと千切れた。
「私は、私の一部はずっとおかあさんと共に暮らします。そして、残りの私はーー」
ユーベルはこちらに振り返った。頭まで深く被っていたフードがなびいて、少しだけ、ユーベルの表情が見えた。
細く長い金髪がサラリと流れる。
優しく開かれた両目は赤い瞳をしていて、少し笑っているようだった。
フードを被り直したユーベルは、ウィルに向かってこう言った。
「女神様の作った、この世界をもっとよく知りたい。
ウィルフォード殿下、私もお供させていただけないでしょうか?」
大聖女ほどではないかもしれないが、回復の技が使える彼女が同伴してくれるのはありがたい。だがーー
「聖教都市には、いなくていいの?」
ウィルは最後に確認する。そしてユーベルの答えはもう、決まっていた。
「問題はありません。幸い私の存在は主教たちが隠していましたし、ピーター主教にも昨日伝えましたので」
いずれにしろ、聖教都市を離れるつもりだったのだろう。大聖女の娘では無く、ダイアナの娘ユーベルの人生を始めるために。
「ユーベル!よろしく」
リズが手を出す。こう言う時に率先して関係を作ってくれるのが、リズのいいところだ。
「ユーベル殿。よろしく」
「よろしくお願いっス、ユーベルさん。もう襲わないでくださいね?」
「……ふふ。もちろんですよ」
一度は敵対したが、彼女の深い優しさゆえの行動とわかれば、これほど信頼のおける人物はいまい。ウィルも改めてユーベルに挨拶する。
「よろしくね、ユーベル」
聖女救済編、終了です!
ユーベルを仲間にしたウィルたちは、次の目的地へと向かいます。
※ 次回は一週間後の更新予定です
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