25.母
ユーベルが塔の悪魔が消え去ったあたりを見上げると、夜空が見えた。
星が瞬いている。
大聖堂の光球は既になく、あたりも元の夜の闇が覆っている。
周囲からはまだ混乱している人々の声が遠くに聞こえるが、恐怖の色は感じられない。
起き上がる。
自分の手のひらを、足を見てみる。
もう、体はすべて再生していて、悪魔たちに戦いを挑む前の状態と何ら変わらない。
私はどうなったのだろう。そして悪魔たちは、塔の悪魔と一緒に消え去ったのだろうか。
「ユーベル!大丈夫!?」
ぼんやりとした意識のまま立ち尽くしていると、遠くからリズの声が聞こえる。
同時に、荷車を引く音も聞こえてきた。
ウィルフォード皇子と護衛、ピーター主教が荷車を引いてやってきた。だが、その表情は暗い。ウィルフォード皇子が真剣な眼差しで伝える。
「ユーベル、大聖女様のご容態がよくない」
……そうだ。大聖女様に謝らなければ。
「大聖女様!」
ユーベルは荷車に駆け寄り、大聖女へ声をかける。
「私!大聖女様に謝らないといけないことが……」
そう言いかけたユーベルに、大聖女は口を開いた。
「ごめんなさい、ユーベル。……大聖女の名前のせいで、あなたを苦しませてしまった」
「そんなことありません。悪いのは私です!大聖女の名声のために、信者の方々をだますなんて……」
「……。あなたは優しい子ね。……でも、大聖女は私が望んでやってきたこと。
その名を貴女が無理して背負うことはないのよ。」
大聖女は一言一言、息を深く吸いながら言葉を紡ぐ。
消えようとしている命の残り火に、一生懸命風を送り込んでいるかのようだ。
「あなたは私のたった一人の娘、ユーベルでしょう。大聖女ではないの。
……だから、貴女の好きなように人生を歩んでいくのよ」
ユーベルは大聖女の手を取る。生気がもう無く、冷たい。その事実が、ユーベルの背筋を凍らせる。
「……ユーベル。女神様の作った……この世界は…………広いの。……。自由に生きて、いいのよ」
「そんな、大聖女様。いかないで」
「大聖女……そうね、私はずっと大聖女だった。……あなたにもっと…………。母親らしいことを……してあげればよかったーーーー」
大聖女も、ユーベルも、泣いていた。
「うぅ……そんなことありません。私は……あなたの娘で本当に幸せです。…………ありがとう、……おかあさん。おかあさん!うゎぁぁぁぁぁ!」
「ふふ。ユーベル、ありがとう。私と出会ってくれて、私の娘になってくれて……ありがとう」
目を閉じた大聖女が、再び目を開けることはなかった。
その晩、ユーベルはずっと母の手を握っていた。
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