21.間一髪
後方から飛び込んだサイラスの小剣がふるわれる。
悪魔は振り下ろそうとした腕と一緒に首を切断され、白い法衣の人物ーーピーター主教の目の前に倒れ込んだ。
「ヒッ!」
恐ろしい悪魔の死体を見て、ピーター主教は尻餅をついた。
悪魔は灰になって崩れ始めたが、ピーター主教はぼーっと見つめるだけだ。ついさっきまで自分を殺そうとしていた存在が、一瞬後にはあっけなく崩壊を始めている。あまりに激しい状況の変化についていけないのだ。
「大丈夫っスか……?って、大聖女様??」
「……あら、昨日の」
大聖女もサイラスを覚えていたようだったが、そう一言呟いただけだった。
夜に話した時もだいぶ辛そうだったが、無理をしてここまで逃げてきたのだろう。大聖女はさらに疲れているように見えた。
だが、今は大聖女ばかりを気にしている余裕はない。一部の悪魔が人間がいることに気づいて、こちらに向かってきている。
「っと、まずいっスね」
数匹の悪魔が一斉に飛びかかる。しかし、悪魔の爪が三人に届くことはなかった。
「障壁っ!」
荷車の周囲に障壁が発生し、荷車と悪魔を見えない壁で分かつ。サイラスに追いついたウィルの防御魔法だ。
悪魔は何が起こっているかわからないのか、キィキィと鳴き声を上げながら何度も障壁に爪を振るっている。数瞬の後、リズとアルフレッドによって周囲の悪魔は駆逐された。
「サイラス!よくやった!!」
「お手柄ですな!」
ウィルたちが合流したことによって、一時的に荷車の周囲は悪魔に襲われる心配が減った。防御魔法を展開するウィル。ぽつぽつとこちらにやってくる悪魔を両断するリズとアルフレッド。比較的安全になったことで、やっとピーター主教が判断力を取り戻した。
「あ、あなたはウィルフォード皇子!?主教第十二席、ピーターと申します。ご助力に感謝いたします」
「お初にお目にかかるピーター主教。荷台の方は……?」
「大聖女のダイアナさんっス」
サイラスはウィルの障壁の中でただ立っているだけだ。悪魔の掃討はリズとアルフレッドの仕事だとでも思っているのだろう。
「大聖女ダイアナ。初めまして……でいいのかな?」
「……」
大聖女は口を少し動かしたが、ウィルには声が届かなかった。ウィルが荷台に少し近づこうとしたところで、別の人物から声をかけられたからだ。
「ウィルフォード殿下!大聖女様をお護りいただき、ありがとうございます」
「や、また会ったね」
ユーベルだ。彼女は先程から足元から伸びる何本もの触手で、次々と襲いかかる悪魔の頭蓋を砕き、胴に穴を開け、灰に戻している。
しかし現れる悪魔の数は一瞬一瞬ごとに増え続けている。まるで押し寄せる川の流れを手で堰き止めようとしているようだ。ユーベルですら押し流されないだけで精一杯だ。
「だれかこの状況について知っていないか?どうすればいい!?」
ウィルは問いかける。主教と、本物の大聖女、大聖女の替え玉がいるのだ。ブリストン大聖堂で起こっていることについて、何か知っているに違いない。
「……我々の責任でございます。他の主教たちが、異世界からあれを召喚したのです」
罪悪感からか唸るように答えたのは、ピーター主教だ。
「つまり、大聖堂を破壊した黒いアレは、主教が呼び出した悪魔だと言うのか!?」
「……」
ピーター主教は黙ったままだ。悲痛な表情が、ウィルの問いへの何よりの回答だ。
「では、どうすればアレを元の世界に戻せる?残りの主教たちはどうなった?」
「わかりません。私は途中で恐怖に耐えきれずに逃げてしまいました」
こうしているうちにも、悪魔の濁流はその勢いを増している。ユーベルの触手に加え、リズとアルフレッドも加勢して押し返しているが、いつまでもつかわからない。
「この悪魔はなぜこんなに集まってくるんだ?」
ウィルがそう呟いたところで、ユーベルが何か思い当たったようだった。
「……私、かもしれません」
「君?」
「はい。私を狙っているのかもしれません。主教たちは、ウィルフォード殿下と私を殺害しようとしていました。もしかすると、先程の悪魔の叫び声が、標的を見つけた合図だったのかと」
「じゃぁ、あなたが遠ざかれば、この場は安全になるのかしら?」
悪魔を機械的に斬りつけながら、リズが冷たい声を出す。
敵対的になるのも無理はない。これまで護衛対象を二度も狙われ、自身も呪いをうけているのだ。
ただ、ユーベルは特に気にしていないようだった。
「おそらく。しかし悪魔はあの大聖堂の黒いものから湧き出してきています。
全てを解決するには、あの本体を叩かないと」
「その前に、この悪魔の群れをなんとかしないと、本体までは辿り着けないのでは?」
「私だけなら、なんとか行けると思います。ウィルフォード殿下、身勝手なお願いとは存じますが……」
ユーベルは大聖堂に視線を合わせて、こういった。
「私があの黒い悪魔を倒すまで、大聖女様をお守りいただけませんか」
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