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絶対防御の魔法使い  作者: スイカとコーヒー
聖女救済編 <Save the Saint>
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15.再戦

 闇に紛れ、昨日と同じ宿、昨日と同じ部屋の屋根までたどり着く。壊れた壁や屋根が1日で直ることもなく、壁をつたうために昨日開けた穴がまだ残っている。


 わざわざ音を立てることもないから、その穴に手をかけて降りてゆく。


 大胆にもあの皇子たちは、同じ宿にしばらく滞在すると主教に伝えてきたらしい。昨日戦った時に出していない、何か切り札があるのだろうが、関係ない。私を殺せる存在などこの世にいないだろうし、私の攻撃が通らない存在など、この世にいないのだから。


 昨日は先に護衛に見つかったせいで騒ぎになってしまったが、今日は大丈夫そうだ。両隣の護衛の部屋の窓は閉まっている。逆に皇子の部屋の窓は空いていて、部屋からカーテンの一部が風に煽られてはためいている。


「はぁ。ふぅ」


 罪悪感を薄めるために深呼吸をする。


 壁伝いに空いている窓からするりと部屋の中に入り、膝をつかって衝撃を逃がす。



 音はしない。



 様子を確認するため目線を床から上にあげると……


「よくきたね」


 ウィルフォード皇子と護衛が待ち伏せていた。

 咄嗟に触手で一撃を繰り出す。しかし正面からのあまりに単調な攻撃は、女の護衛がいなしたことで、天井に突き刺さった。


「少し話す時間が欲しい。攻撃をやめてくれ」


 皇子は触手には目もくれず、私をじっと見つめている。しかし、大聖女様以外の人間のいうことなど、聞く意味などない。皇子だかなんだか知らないが、私には関係のないことだ。

 同時なら護衛も防げまい。次は複数の触手で護衛にも、皇子にも狙いをつける。防ごうが、躱そうが、死ぬまで何度でも続けてやる。先程よりさらに力を入れて、鋭利に尖った触手を突き立てた。




 ギィィィイン……!!




 金属同士が擦れ合うような不快な音を上げて、リズ、アルフレッド、そしてウィルを狙って放たれた触手の刺突はウィルの防御魔法によって勢いを減じて止まった。ウィルは呟く。


「よし、ひとまずは持ちそうだ」


 昨日のウィルは寝起きで全く準備できていなかったが、今日は十分時間があった。相手の攻撃の特性も把握していたので、それに合わせて魔法障壁をすこし強化しておいた。

 これで第一段階はクリア。しばらく時間を稼いで説得するのだ。


「主教の誰かに命令されているらしいことはわかっている。まずは攻撃をやめてくれ」


 次々繰り出される触手は、その数を増し、一撃の衝撃もどんどん強くなっている。何本かに一本は、触手が障壁を貫通し始めた。


「……た、頼む、少し話せないだろうか?」

「殿下、大丈夫ですかな?」


 アルフレッドが心配そうに声をかける。

 あの呪い攻撃を受けないようにするため、今日はウィルだけでなくリズとアルフレッド、サイラスにも障壁の魔法をかけている。この強烈な攻撃に耐えるよう集中力を保つには、自分が会話するのは無理そうだ。


「サイラス、説得を頼む! 僕は障壁の維持で手一杯だ」


 今までウィルの後ろに隠れていたサイラスが、体をびくつかせる。


「で、殿下?ちゃんと俺のこと守ってくださいよ……ヒッ!」

「ナンパは得意なんだろ?期待してるよ!」


 サイラスが何かを始めると考えたのだろう、ズドン、と何本かの触手がサイラスの頭や、心臓をねらって突きたてられる。しかし一部はアルフレッドとリズが盾を使って逸らし、残りはウィルの障壁が食い止めた。


「こんな状況でナンパなんて無理っスよ……。あー、ユーベルさん?どこかで会ったことありませんか!?」

「バカ!本当にナンパを初めてどうするのよ!」

「確かに、大聖堂で会ったことはありますなぁ」


 まだ護衛の二人は余裕があるのか、リズはわざわざサイラスをひっぱたいている。

 ビシュッ!触手の数だけ、空気を切り裂く音が何重にも重なって聴こえてくる。狙いの中心はサイラスになったようだ。


「ヒィィ!そうじゃなくて……そ、そうだ!大聖女様にあったんスよ!ユーベルさんのお母さんなんでしょう?」


 ウィルはほんの一瞬、「お母さん」と聞いて触手の攻撃が鈍ったように感じた。

 よし、おそらく説得の効かない相手じゃない。サイラス次第だ。


「大聖女様、泣いてましたよ。ユーベルとちゃんと話したいって」


 触手の攻撃はつづいている。しかし、うなりを上げて飛んでくる攻城兵器のような威力ではなくなっている。


「大聖女様、体調が悪いんスよね?もう先は長くない、時間がないって言ってましたよ!」


「嘘!嘘をつかないで!!!」


 ユーベルは初めて口を開いた。触手の動きはまばらになり、威力は見る影もなくなってきた。


「サイラスの説得は成功ですかな?」

「いや、これは……」


 ウィルは何か嫌な予感を感じた。とてつもない攻撃の準備をしているような。そしてその予感は的中した。きゅるきゅると今まで聞いたことのない音がユーベルから聴こえてくる。数本の触手がお互いにねじれ、絡み合い、一つの太い触手になろうとしている。


「リズ!アルフレッド!僕の後ろへ!障壁を張り直す!!」


 これまでよりさらに強力な一撃が繰り出される。サイラスも身の危険を感じているのだろう。説得に必死だ。


「ユーベルさん!?お願いっす!聞いてください!!」

「一度大聖女様とちゃんと話し合って欲しいっス!」


 だが、巨大化した触手が放たれ、ウィルの障壁とぶつかる。衝撃で爆発のような音が建物全体に響いた。バチバチ……触手は回転しながら障壁を削り取ってくる。


「大聖女様は!ユーベルさんがやってることも全部知っているんスよ!!」

「っ!?」


サイラスの叫びを聞いて、触手の動きがとまり、力を失ってだらんと床に垂れ下がった。触手の先端は、あともう少しでウィルを貫くところでとまっていた。


「それなら……今まで私が大聖女様を裏切り続けたのはなんのためだったというの……?」


 膝をつくユーベル。


「それに、私は人間まで殺そうと……」


 フードを被り、顔は見えないが、涙がこぼれているのは遠くから見てもはっきりとわかるほどだった。


「うああああああ」


 床に突っ伏したユーベルは、泣き声を上げた。




****




「……私は、人間ではありません」


「そりゃあ、人間はあんな触手持ってないスからねぇ」

「サイラス。余計なことを言わないで」


 ユーベルが落ち着くまで、ウィルとアルフレッドは宿の主人や周囲の宿泊客に、騒音について弁明と補償をして回った。

 少なくない金額を払うと、激怒していた客でさえ大人しくなった。金銭の力というよりは、大柄な男を従えて多額の現金を惜しげもなく支払えるような人物と、ことを構えたくなかったのかもしれない。


 そうしてウィルが部屋に戻ってくると、ユーベルは静かに話し始めた。

 ウィルの防御障壁を貫通するほどの攻撃をするとは思えない、澄んだ水が波打つような、綺麗な声だった。


「それどころか、もともと、この世界の存在ではありませんでした。記憶が曖昧ですが、女神様がこの世界に連れてきてくださったのだと……思います」


「大聖女様は、ある日赤ん坊だったユーベルを拾ったんだって行ってましたよ」


「それが、女神様の奇跡なのでしょう。私が自分の正体を理解したのは、もっとずっと後のことでした。子供の頃は、本当にただの人間の子供でした。大聖女様を本当の母親だと、親子だと思っていたのです」


「今もそうなんじゃないかしら?大聖女様も、ユーベルのこと娘だって言ってたんでしょう?そうよねサイラス?」

「そうっス」


 サイラスの話を聞くに、大聖女はユーベル心の底からユーベルを自分の娘だと考えている。娘が過ちを犯したって、怒られることはあっても親子の縁が切れることはないだろう。

 でも、だからこそ、自分が人間ではないと知ったユーベルは自分の全てを曝け出すことを恐れた。それを、私利私欲にまみれた主教たちに利用された。


「さっきも言いましたけど、ちゃんと大聖女様と話した方がいいっスよ」


「しかし、主教たちにどんな制裁を受けるか……」


「主教たちの件は、僕が受け持とう。もともと、彼らの脱税を指摘するためにこの都市に来たんだしね。大聖女様の名誉が傷つかないようにするし、身に危険が及ぶようなら、僕の護衛が警護するよ」

「まぁ、ユーベル殿から殿下を護衛するよりは、だいぶ簡単でしょうな」


「……ふふ。頼もしいのですね」


 ユーベルはだいぶ気が晴れたのか、緊張がとけたようだ。こわばった体から力が抜けると、まるで見ているだけでこちらが癒される印象を受ける。

 先程とは違った意味で醸し出される、この世のものとは思えない雰囲気は、なんというか、まるで聖女のようだ。


「本当に、頼らせていただいてよろしいのですか?」

「もちろん、安心して。さ、ユーベル、大聖女様のところに早く行ってあげたら?僕たちも後で大聖堂に向かうよ」

「ご迷惑をおかけしました。このお詫びは必ずいたします」

「そんな、いいっスよ。俺なんて大したことしてないんスから」


 リズの「攻撃を受けたのは殿下なんだから、あんたは何にもしてないわね」という視線をサイラスは気づかないようにしているようだ。



 「……」



少し微笑んでウィルたちを見つめたあと、ユーベルは立ち去った。


いつも読んでいただき、ありがとうございます


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