9.皇子暗殺指令
「ユーベル、入りますよ。」
十二人の主教の集会の後、ブリストン大聖堂に戻ったクレイグ主教は、その足でユーベルを尋ねた。ユーベルの返答を待つでもなく、ずかずかと部屋に入ってくる。そのまま乱暴に近くにあった椅子に腰掛けた。
「……なんでしょうか。」
非公式の訪問ということは、また何かよくない悪巧みを聞かされるのだろう。
大聖女様が外に出られなくなって以来、主教たちは何度かこうして身勝手な命令をしてきたが、ユーベルは従う他なかった。だって、なによりも敬愛する大聖女ダイアナを人質に取られているから。
「殺してほしい人物がいます。」
「っ!?」
流石にユーベルは背筋が凍りついた。今まで「大聖女のために」とかなんとかそれらしい理由をつけて行ってきた悪事は子供の悪戯に過ぎなかったと知った。女神シーラは、この世の全てのものに慈しみを与える存在。そんな女神に仕えるはずの主教が口にして良い言葉ではない。
「ついに女神様への信仰すら忘れてしまったのですね。」
ユーベルの声は確かにクレイグ主教に届いたはずだが、彼は答えるそぶりすらない。彼女の言葉など、反応する必要すらないと考えているのだ。
「対象は四人。帝国王位継承権四位のウィルフォード王子と、その配下の護衛三人です。」
「私にはそんなこと……」
できない、と言おうとしたユーベルを、クレイグ主教が遮る。
「ユーベル。これはあなたのためでもあるのです。王子一行はあなたの存在に気づいてしまいました。バレれば大聖女様の威厳は地に落ちるでしょう。それを知った大聖女様が、お体の調子を崩されなければ良いのですが」
これだ。私が指示に従わないと、いつも大聖女ーー母であるダイアナをつかって脅してくる。一度悪事に手を染めた私には、もう抜け出す道はない。大聖女の容体が回復することを祈って、悪事を重ね続けることしかできない。
「知っていますよユーベル。王子一行には帝国でも指折りの護衛がついていますが、あなたにはできるはずだ。なにせあなたは」
「それ以上言わないで!!!」
ユーベルはまるで救いを求めるように叫んだが、女神には届かなかったのだろう。クレイグ主教の口からは残りの言葉が紡がれた。
「あなたは、悪魔なのだから。」
「……。」
「王子はすぐ近くの宿屋にいるそうです。四人の情報がここに書いてありますから、数日中に全員殺しておきなさい。もちろん、くれぐれも誰にもみられることがないように。」
思わず耳を塞いだユーベルをチラリとみたクレイグ主教は、そう言って部屋から出て行った。
女神様を裏切るような行為はしたくない。でも、全てが明るみになれば私を育ててくれた大聖女様に大変な迷惑と負担を強いることになる。震える手で、クレイグ主教が置いていった紙を見る。そこには、王子一行の名前や見た目の特徴、公式な戦闘の記録などが描かれていた。そうだ、今回も選択の余地はない。
「ウィルフォード……」
やるしか、ないのだ。