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絶対防御の魔法使い  作者: スイカとコーヒー
聖女救済編 <Save the Saint>
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6.大聖女の娘

 ウィルたち四人が食事を始める少し前、日が沈み始めたブリストン大聖堂の奥屋、大聖女が癒しの奇跡をもたらすあの部屋に、クレイグ主教がやってきた。窓からは茜色の夕日が差し込み、夜が近づいている。


「今日の仕事はここまでです。戻りなさい。」


 感情のない、低い声。

 昼間、奇跡を求めてやってくる教徒たちに向ける声と同一人物とは思えない冷めた口調で、クレイグ主教は仕切りの向こうに声を投げつけた。


「……」


 ガタ、と椅子から立ち上がる音がして、仕切りの隣にある小さめの扉から、20代くらいの女がクレイグ主教のいる方へ出てきた。紺色の法衣についているフードを深く被り、表情は見えない。ただその体つきをみるに、若い女性らしいことは間違いない。50年間、ブリストン大聖堂の、いや神聖教のトップに君臨している大聖女とは思えない若さだ。


「いつになったら私の指示を理解するのかね?」


 何か卑しいものを見る目つきで、クレイグ主教は大聖女に対するものとは思えない言葉を女に浴びせる。女はフードを被ったまま、俯いて表情は見えない。


「バレないように体を見せるなと言っただろう?仕切りの外に手を出すなどもってのほかだ。お前のすべきことは大聖女の代わりとなって癒しを行うことだと、何度言ったらわかる?」


 クレイグ主教はうんざりした様子で、そして静かに怒りをあらわにしている。女は手を腰の前で重ねて、微動だにせず立っている。聞いているのか、理解しているのかわからない。それがクレイグ主教をより苛立たせた。なにせ大聖女による癒しの奇跡は、今や神聖教の大きな収入源の一つだ。


 今日だって治療の相場も知らない金持ちのボンボンが、行き倒れていた平民を愚かな善意で連れてきた。金貨30枚と吹っかけてみたら、あっさり支払ったではないか。これだから「大聖女の奇跡」はやめられない。

 だからこそ、癒しを行なっているのが大聖女ではないまがいものだとは、誰にも悟られるわけにはいかないのだ。


「癒しの奇跡の正体がバレれば、我々も事実を公表せざるを得ない。そうすればどうなるかわかっているな?今までお前が大聖女と偽り、癒しの奇跡を使って教徒から金を巻き上げてきたことを、大聖女本人に伝えるしかなくなるぞ?」


 大聖女に伝えると聞いて、女の肩がびくっと震え、初めて主教の言葉に反応した。腰の前で重ねられていた両手は、緊張して強く握られている。

 しばらくはこれでおとなしく言うことを聞くだろう。脅しに効果があったことに満足したクレイグ主教は、女の肩に手を置き、今度は普段教徒に見せるような優しい声色で話しかけた。


「さぁ、わかったら大聖女様にご挨拶をしてきなさい。早く良くなっていただくよう、教徒全員が待っていると伝えてくるんだ。」


 こくり、と頷いた女は、そそくさと部屋を出て行った。残されたクレイグ主教は、醜悪な笑みを浮かべて独り言を呟いた。


「あいつも大聖女も、もうそろそろダメかもしれんな。次の計画を実行に移すか。」


 日は沈みきって、大聖堂は暗闇に包まれていた。



****



 クレイグ主教と別れた女がやってきたのは、奥屋のさらに奥にある、大きな扉の前だった。今は閉じているが、鍵がかかっているわけではない。すぐに入らないのは、扉を開いて中に入る前に、少し準備が必要なのだ。


「ふぅぅ。」


 目を閉じ、大きく息を吐き出す。まがい物の奇跡を法外な値段で教徒たちに与えていることを、吐き出して忘れるために。


「すぅぅぅ」


 そして、大きく息を吸い込む。大聖女を欺いている罪悪感を、体の中に閉じ込めるように。


 俯き加減だった頭をまっすぐ前に向けると、女はフードをとった。金色の細い髪がフードから飛び出し、そとへ流れ出た。顔つきは25歳前後のそれで、口元にはすこし無邪気な笑みが浮かんでいる。まるで、世界には汚い思惑など何もないかのように。


「どうぞ」


 ノックをすると、ぎりぎり聞こえるくらいの声で返事が返ってくる。少し前まではまだ声に張りがあったのだが、衰弱が激しいのだろう。

 扉を開け、部屋に入った女はベットに臥せっている老婆のもとへ駆け寄った。


「大聖女様!」

「ユーベル」


名前を呼び合うと、二人はお互いを抱きしめあった。


「今日はお加減はどうでしたか?」


 ユーベル、と呼ばれた女はそう言うとベットに横たわる老婆、ダイアナ・マクナイトに問いかけた。神聖教数十万の教徒の頂点に立つ、本物の大聖女だ。


「悪くはないわ。それに、今日もあなたが来てくれて元気がでちゃった。」


 気丈に笑みを浮かべているが、大聖女ダイアナの体調はよくないように見えた。これまでユーベルがいくら偽りの癒しの奇跡を使っても、大聖女の体調を戻すことはできなかった。それどころか、日に日にダイアナの容態は悪化している。


「大聖堂にお祈りにこられた方達は大丈夫かしら?私が不甲斐ないせいで、女神様の奇跡をお届けできないから。」


 本来、女神の奇跡による治癒は、大聖女のみが行使できるものだ。当の本人が体調を崩せば、癒しを求めて来た教徒たちも諦めざるを得ないはずだった。


「大丈夫よ。皆理由を話して納得してくれているわ。それに、みんな大聖女様が早く良くなるようにって、お祈りもしてくださっているの。」


……ということになっている。主教たちがユーベルを替え玉にして、さらには教徒から高額の金銭を受け取るようになっていることは、ダイアナは知らない。もし、奇跡の対価に金銭を要求すると知ったら、彼女は激怒するだろう。これはユーベルと主教たちの秘密だ。部屋から出られないほど衰弱しているダイアナには知る由もない。


 そもそもユーベルが癒しの奇跡を使えることは、ダイアナも知らない。ダイアナが病に伏した時、ユーベルが癒しの奇跡を使えることがたまたま主教たちにバレてしまったのだ。それ以来、ユーベルは主教の金儲けのためにずるずると大聖女のフリを続けさせられている。


 ある意味大聖女に対する裏切りとも言える行為を続けているのは、主教たちの知るユーベルの秘密を、公開されたくないためだ。それは……


「ユーベル。かわいい私の娘。もう一度抱きしめて頂戴。」


 ダイアナはユーベルを娘と呼ぶ。数十年前、大聖堂からの帰り道で、ダイアナはユーベルを拾ったのだと言う。「私には、女神様が奇跡を二つも起こしてくれたの」とは、ダイアナの口癖だった。一つは癒しの奇跡、そしてもう一つは、家族のいないダイアナに、子供を授けてくださったのだと。


 ユーベルはゆっくりとダイアナに両手を伸ばしながら思う。自分がこの慈愛に満ちた女性の本当の娘だったら、どんなによかったことか。いや、せめて自分が「この世界」の「人間」だったら。


 当時の記憶は曖昧だが、あのとき私は、何者かによって人間の赤子の姿としてあの場に喚び出された。そう、私は、



――――この世界の存在ではないのだ。





「ユーベル。何があっても、私はあなたの味方です。何せ、あなたの母親なのですから。」


 ダイアナは本心から、こんな私のことを娘と思ってくれている。

 しかし、女神シーラの統べるこの現世において、大聖女が異なる世界の存在を娘として受け入れるなど、醜聞以外の何者でもない。主教たちがこのことをどうやって知ったのかはわからないが、これ以上、他の誰にも知られるわけにはいかない。


 ダイアナに就寝の挨拶を済ませたユーベルは、自室へと戻っていった。


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