12.帝国護衛騎士
「……不発か?」
第二射目の火球は教会の屋根で炸裂したように見えたが、当の教会は破壊された様子がない。不自然さを感じつつも眼帯の男は後ろに控える魔法使いたちに指示を出す。
「目当ての皇子サマはあの教会にいる。今のうちに撃ちまくれ!」
「はっ!」
しかし、魔法使いの放った火球も、氷槍も、教会に届くかというところで爆発してしまう。まるで何かの壁にぶち当たっているようだ。
「……どういうことだ?何が起こっている?」
困惑する眼帯の男の前に、帝国の紋章をあしらった大柄の男が向かってくる。アルフレッドだ。
「そこの者!今すぐ攻撃をやめろ!」
教会に向かう並木道から出てきたアルフレッドは、何かを警戒する素振りもなく、魔法攻撃の斜線上に立ち塞がった。
「私は帝国軍護衛騎士アルフレッドだ!この先には帝国王位継承権第四位、ウィルフォード・エスタリア皇子殿下がいらっしゃっている!」
アルフレッドの威厳ある声は、彼の姿を知らない者たちにも、あの帝国護衛騎士の中でも最強と目されるアルフレッド本人といっても不思議ではないと思わせるだけの迫力がある。
「すぐに攻撃をやめて杖を下ろせ!さもなくば……」
アルフレッドの最終警告に、眼帯の男は怯みつつも配下の魔法使いに指示を出す。
「おい、教会に魔導弩弓を打ち込め」
「し、しかし相手は帝国の……」
「護衛騎士がなんだ!皇子を殺っちまえばこっちのもんだ。あとはパーセル公爵に始末をつけて貰えばいい。早くしろ!」
こそこそと何かやりとりをして、武装解除する様子のない不届き者に、アルフレッドはため息をつく。
「ふぅ。警告は伝わったと思ったんだが……まだ諦めないつもりですな。ま、警告した上で一度撃ってくれた方が、言い逃れできない分やりやすいかもしれませんな」
アルフレッドは腕を組んで相手の出方を待っている。どうやら今までの魔法攻撃とは違う作戦を取るようだ。
「なるほど、殿下を直接狙うのですな!しかし……」
「打てっ!!」
単発の火球とは比べ物にならない規模の魔力で構成された、魔法の砲弾が射出される。複数人の魔法使いによって発動する、攻城戦で利用される破壊力の高い魔法だ。硬い石造りの砦や城壁へ打ち込む弩弓になぞらえ、魔導弩弓<マギア・バリスタ>と呼ばれている。
もちろん、魔法攻撃を想定してなどいない民家に放つような魔法ではないし、盗賊の捕縛に使うようなものでもない。明確に、それなりの威力でないと倒せない相手がいると知って攻撃しているのだ。例えば……帝国護衛騎士の護る皇族とか。
アルフレッドの見立て通り、アルフレッド本人ではなく教会に向けて魔法は放たれた。火球の魔法より大きく、風槌の魔法より疾い攻撃魔法が飛んでいく。
だが……
地響きのような振動とともに爆発を起こした魔導弩弓の衝撃は、魔法を発動した魔法使いのところにまで到達した。それぞれがマントで自らを覆い、パラパラと衝撃によって飛ばされた小石を防ぐ。爆風がおさまって教会の方へ目を向けた眼帯の男は、その光景に目を見開いた。
「う、嘘だろ……?攻城魔法だぞ……?」
そこには先ほど何も変わらないままの教会が建っている。あれほどの爆発で無傷な建物など、そもそも砦ですらありえない。
「もう、よろしいですかな」
様子を見ていたアルフレッドが、スッと背負っていた巨大な戦斧を手に取る。すぅっと息を吸い込むと、先程のさらに倍ほどの声量で叫ぶ。
「貴様たち!!栄光あるエスタリア第四皇子殿下への害意は明らか!帝国護衛騎士アルフレッドがエスタリア帝国の名において貴様たちを処断する!!」
「ひっ、ひぃぃぃっ!!」
眼帯の男が連れてきた、魔法使いたちの一人が恐れをなして逃げ出した。実際の実力は知らないとしても、護衛騎士の強さは帝国民なら誰だって知っている。
並の戦闘能力では、百人や二百人では勝負にならないとさえ言われるのだ。
「おい!逃げるんじゃねぇ!!全員でアイツに攻撃を仕掛けろ!」
眼帯の男が叫ぶ。
「クソ!!今ビビったって逃げ切れるわけがねーじゃねーか!」
「その通り」
「っ!?」
先ほどまで遥か先に、どちらかというと教会の方に近い場所にいたはずの護衛騎士が、すぐ目の前まで移動してきていた。もう逃げられない。
「くそがぁあ!」
叫び声をあげて腰の剣に手をかけたところで、眼帯の男はアルフレッドに殴り倒され、そのまま伸びてしまった。
周囲にいた魔法使いたちは、それを見て戦意を喪失したのか、その場に座り込んだ。