2.再会、そして新たな出会い
デューンが治療を受けている部屋を出たウィルは、一人で廊下を歩いていた。廊下をはさんでデューンの部屋と反対側は中庭になっている。外から日光が廊下に差し込んで、陰鬱な今の心持を少し軽くしてくれる気がする。
中庭を何とはなしに見ていると、空に影が差し、翼を打ち付ける音が遠くから聞こえてくる。この音は聞いたことがある。そして、この気配は。
「ルクス!」
上空を見上げると、思った通り使い魔のルクスがまさに降り立つところだった。
ウィルは久しぶりに会った使い魔に駆け寄る。
「元気だったか?ルクス!……!?」
ルクスは後ろ足から中庭の地面に着地した。そして前足を地につけ、姿勢を低くしたところで、背中に乗っていた人物がひょいと降りてきた。落差はそれなりにあるが、ドレス姿にもかかわらず慣れた様子で着地を決める。
「シェリル?」
「その声は……ウィル!!」
二人は駆け寄って、お互いの無事を確認するように抱きしめあった。
「シェリル、無事でよかった。リンドグレーンは大丈夫?」
ウィルが心配すると、シェリルは問題ありません、とほほ笑む。
「はい。ウィルからの手紙の通りでした。オリエンスからの侵攻がありましたが、なんとか撃退することができました。すべてルクスと、ウィルのおかげです」
ありがとうございます、と律儀にお辞儀をするシェリル。さすがは一国の女王、という完ぺきな所作だ。
「安心したよ。ルクス、ありがとう」
「何、大したことはない」
ふん、とルクスは鼻を鳴らす。ドラゴンの表情はウィルにもよくわからないが、主人に褒められて悪い気はしていないのだろう。
「大したことないだなんて、とんでもない。今回もルクスがいてくれなければ、ラストフォートは危なかったですから」
シェリルが優しくルクスの頭部を撫でながら、ウィルに詳細を説明する。ラストフォート砦上空に現れた黒いドラゴンのこと。同時に侵攻してきたオリエンス軍のこと。ルクスが事前に自らの鱗や牙を提供してくれたこと。
そして、黒いドラゴンもオリエンス軍も、無事撃退できたこと。
「本当に良かった……。ルクス、改めてありがとう」
リンドグレーンとシェリルを守れと言ったのは自分だが、ウィルは心の底からルクスに感謝した。ヴェンパーの使い魔はルクスしか太刀打ちできなかったはずだ。あらかじめルクスとシェリルが竜鱗騎士団の準備を進めてくれていたからこそ、勝利することができた。
「ラストフォート砦は竜鱗騎士団によって、戦力が非常に強化されました。もうルクスに手助けしてもらわなくとも、自力で砦を守れるでしょう」
シェリルは少し名残惜しそうにしていたが、ルクスに触れていた手を離した。
「そろそろウィルがルクスの力を必要としているのではと思って、お返ししにきたのです。
魔物の軍勢がこの帝都に向かって進軍しているのですよね?」
「リンドグレーンからこちらに来る間、おびただしい数の魔物を見た。多少蹴散らしておいたが、数が多すぎる」
シェリルの言葉に合わせて、ルクスも空から見た大陸の様子を語る。ヴェンパーによって開け放たれた魔界の扉から、魔物が次々と現れているのだ。
「ルクスがそこまで警戒するほどの魔物が……?」
「警戒はしていないが、数が多すぎると言ったのだ。人間の町や村もろとも焼き払ってよいのであれば、簡単なのだが」
「いや、それはやめてほしいな……」
「では、やはり面倒だな」
事態が思ったより深刻になっているようだ。町や村がすでに大量の魔物に蹂躙されているかもしれない。とはいえ生存者がいる可能性もあるのだから、ルクスが空からブレスで根こそぎ焼き払うわけにもいかない。ルクスだけでは大陸全土は手に負えないのだ。
「面倒ではあるが、とりあえず周囲の脅威は減らしておこう。
主に魔物の脅威が至る可能性は、低くしておくべきだ」
そういって、ルクスは翼を広げ、空へと飛び立とうとする。
「ルクス?少しは休んでいったら?」
「私は問題ない。それより主のつがいを休ませたほうが良い。戦闘続きで緊張し続けていたのだからな」
そういってルクスは飛んで行ってしまった。
「つがいって……」
ウィルとシェリルは顔を見合わせる。少し気まずい。
「シェ、シェリル。確かに僕も休んだほうがいいとは思う。そうだ、僕の部屋へ……」
「……」
シェリルは無言だ。そこまで言ってから、ウィルは何かおかしなことを言ってしまったのではと思いなおす。
「あっ? ええと!? 僕の部屋というのは寝室などではなくてですね!
……。
その、変な意味で言ったわけでは……」
「いっいえ!もちろんです!」
だめだ。言い訳を重ねているようで、さらに気まずい。
「とにかく! 行きましょう!!」
そういって、ウィルはシェリルを自室に案内した。
「はぁ……。シェリルの前であんな恥をかくとは……」
ウィルは宮殿の書庫に向かって歩きながら、独り言をつぶやく。ルクスが つがい などというせいで、変に意識してしまった。シェリルの前でベッドだ寝室だなどとおかしなことを口走ったことをひどく後悔している。
当のシェリルは部屋で休憩中だ。もちろん、部屋にベッドはない。自分がいても気を遣うかもしれないので、何人かメイドを呼んで世話を指示しておいた。
いや、本当は恥ずかしくていたたまれなかったウィルが逃げ出した、というのが正解か。
じわじわと湧き上がってくる羞恥心から目をそらすように、ウィルは速足であるく。しばらくして書庫にたどり着いた。
入り口を警備している衛兵を通り過ぎ、奥にいる司書に軽く挨拶をする。座って蔵書の整理をしていた司書は、皇子が訪れたことに気づくと勢いよく立ち上がって挨拶を返してきた。
ただ、その表情を見れば、「皇子がなぜ書庫などを訪れたのか?」と疑問に思っているのがよくわかる。
「ご苦労様。ちょっと聞きたいんだけど」
そういえば、書庫には今まで一度も入ったことはなかった。よく利用する本は宮殿や離れにあったし、世間知らずの皇子が読む本などそれで十分だったからだ。
「初代皇帝に関する資料をみたいんだ。特に、初代皇帝が封印したといわれる、魔界の扉について」
司書は少し思案するそぶりを見せた後、「こちらへどうぞ」とウィルを案内した。初代皇帝に関する書物や資料はそれなりに大量にある。大陸を平定し、帝国を作り上げた人物だ。皇帝が周囲に話した言葉、ふるまい、他国とのやり取り。いろいろなものが記録され、あるいは物語として書き記されている。
書庫はウィルの想像以上に広いようで、いくつかの部屋に分かれているようだった。司書の後をついていくと、一番奥の部屋に案内された。
「こちらは皇族の方以外は入室させないよう、言われております」
そういって扉の鍵を開けると、司書は戻っていってしまった。書庫の奥でただ皇族だけを待っていた扉は、ウィルが手をかけるとあっさりと開いた。
「うわ……カビ臭い。それにホコリも……けほっ!けほっ!」
皇族だけが入れるという部屋はおそらく何年も、もしかしたら数十年といった単位でだれも入ったことがなかったのだろう。ウィルが足を踏み入れると、手に持ったランタンの光が宙に舞うホコリを照らし出した。
目線を周囲に向けると、見るからに年季の入った書物がずらりと並んでいる。ウィルは目に付くものから手にとって開く。初代皇帝の何代か後の皇族がやりとりした書簡。初代皇帝が交わした周辺国との密約。たしかに公開は皇族だけにしておいた方が良さそうなものが並んでいる。
「魔界の扉に関するものは……」
これはと思う本を手に取り、ざっと眺めては元に戻す。
何度繰り返したかわからない。ウィルが手に取った本を棚へ戻そうと、ふと本棚へ目をやった時だった。棚の奥から、光る目がこちらをみていることに気づいた。
「わっ!!」
驚いたウィルは思わず後ろに勢いよくとびのいた。バランスを崩して尻餅をついてしまう。背中が後ろ側の本棚にぶつかり、何冊も貴重な本がばらばらと床に散らばる。
「ちょ!ちょっとまて!!お主は皇族か?」
……どこからか、声が聞こえた気がする。いや、はっきりと聞こえた。さっき視線を感じた、あそこからだ。
「おい!聞こえてるのか?」
ウィルはおそるおそる、棚の奥を覗き込む。ランタンの光を向けると、何かが蔵書の奥に押し込まれているのが見えた。
「聞こえているっぽいな。とりあえず、ここから外に出せよ」
その何かは、偉そうな口調でウィルにそう命令した。恐る恐る、ウィルは手を伸ばす。
「いやー。皇族と話すのも久しぶりだぜ!」
ウィルが棚から出したそれは、片手でちょうど持てるくらいの透明な立方体だった。ガラスのようにも見えるが、遥かに強度があるようだ。
「あいつの子孫どもは俺の言うことなんて聞かなくなっちまったからなー」
そして、その立方体の中にいたのがこの妖精だ。妖精なのかはわからないが、透き通った羽と人間離れして整った顔がくっついた、小人のような存在だ。
「で、何か用かよ?」
「ええと。あなたは何者でしょうか?」
先ほどからこの妖精は偉そうな態度のままだ。ウィルは思わずへりくだった態度を取ってしまう。
「皇族すら、もう俺のこともわからなくなっちまったのか……。俺は使い魔だよ。初代皇帝のな!」
妖精は透明な立方体の中で、自慢げに腕組みをしていた。
****
「そうか。ついに魔界の扉の封印が解けたか」
「ご存知なのですか?」
「当たり前だ!俺ぁアイツの使い魔だからな!一緒に扉の封印だって行ったんだぜ?」
「それにしても、初代皇帝陛下の使い魔でいらっしゃるとは」
「ああ!もっと敬っていいんだぜ?小僧」
「小僧って……」
ウィルが状況を説明すると、透明な立方体の檻に入った妖精はすぐに状況を理解したようだった。初代とともに扉を封印したと言うのも、本当なのだろう。なんだかとても口が悪いようだが。
「では、魔界の扉を再び封印する方法もご存知ですか?」
そう。ウィルの目的はこれだ。初代皇帝が行った、魔界の扉の封印の方法。
「知ってはいる。だが、無理だ」
妖精は抑揚のない声で答える。もしかすると、これまで何度も過去の王族と同じやりとりをしてきたのかもしれない。
「なぜ……」
これも何度も繰り返した問答なのだろう。ウィルが尋ね終わる前に回答が帰ってきた。
「扉を封印したのは、初代皇帝の固有魔法だからだ。アイツの固有魔法は”封印”の魔法なのさ。お前に封印の魔法が使えるか?」
「……いいえ」
「扉の封印が解けたってことは、大方あの魔人も出てきているんだろう?」
妖精が言っているのは、おそらくデューン兄上に重傷を負わせた存在のことだろう。そこまで知っているとは。妖精はつづけて、驚きの内容を言葉にする。
「俺様なら、あの魔人と扉をなんとかできなくもない」
「!?では……」
「まぁ急ぐな!それには条件がある」
「はい。その条件とは?」
「俺を使い魔にすることさ」
妖精は、自分を使い魔にすることを条件に、魔界の扉と魔人をなんとかしてくれるらしい。だが、ウィルにはすでにルクスという使い魔がいる。使い魔は分身だ。一人一体は前提と行ってもいい。
もちろん、途中で分身である使い魔を変更することだってできない。自分がある日突然、別人に切り替わることができないのと同じことだ。
「すみません。僕にはすでに使い魔が」
「なんだぁ?それじゃ時間の無駄じゃねーか!この小僧が!!」
妖精は落胆と、怒気を含む声で叫ぶ。
「帰れ!使い魔のいない皇族を連れてこいよ!しっしっ!!」
妖精はものすごい剣幕で怒りだした。あまりの勢いにウィルは追い出される形で、書庫を後にした。
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