9.ヴァルキリーの残滓(?)
「はぁっ。はぁっ。はぁっ」
リズは力が抜け、立ち尽くしている。甲冑に攻撃を受けた個所は痛むが、大したケガではなさそうだ。
それよりも、ダメージを受けてしまったのはあの甲冑――ヴァルキリーの装備だ。
「はぁ……。ヴァルキリーの装備が……これじゃ来た意味がないじゃない」
鎧。兜。具足。ほとんどひしゃげ、もう使い物にならなそうだ。盾は無事なようだが、片手しかないリズには、ハルバードを持つ右手以外に空いていない。リズには使えないのだ。
「こんな鉄くずじゃ役に立たないわ。時間を無駄にしたわね」
早くウィルのもとへ向わなければ。いら立ちとともにリズは散乱した甲冑に背を向け、もと来た道へと進もうと部屋の入口へと向きを変える。急いで一歩踏み出したリズに、後ろから声をかけたものがいた。
「おい!?鉄くずとはなんじゃ!」
「誰!?」
まだ何かがこの城にいるのだろうか。
ハルバードを構え振り向くが、もちろん背後に人の気配はない。目に入るのは先ほどまで甲冑だったものの残骸だ。
「エスタリア建国に尽力したヴァルキリーの鎧に向かって鉄くずとは……って!!ほとんどバラバラになっておる!?」
リズは警戒を解かずに敵の気配を探るが、やはり誰もいない。
次に、声が聞こえてくる方向へと意識を向ける。どうも下のほう……床から聞こえてきているようだ。
「そこの娘、どうしてくれるつもりじゃ!?もうこれほどの逸品を作れる鍛冶師はおらんぞ!?」
そこの娘、と言われたあたりで、リズは声の主を特定した。信じられないが、バラバラになって転がっている甲冑がしゃべっているようなのだ。
正確には、まだ破壊されずに形が残っていた小手から声が聞こえるようだ。
「……あなたは誰?」
いつ攻撃を受けてもよいようにハルバードを構えたまま、リズは声の主――小手に話しかける。頭の中で、幻聴なのではないかと冷静な自分に突っ込みをうけながら。
「見てわからんのか?我こそは大帝国エスタリア建国の立役者であり、そして皇帝と帝国の比類なき守護者である、ヴァルキリー!!」
と、そこまで叫んだ小手は、数秒口ごもると、
「……の、甲冑……の一部じゃ」
と自信のない声で付け加えた。
****
「ほう、あれからもう数百年も経っていたとはな!我が城が風化してしまうのも納得じゃな!」
「我が城っていうけど……あなたの城ではないんじゃないの?」
「細かいことを言うな。それにな、わしのことはヴァルキリーと呼ぶように」
「ご本人ではないんでしょ?」
小手がかちゃかちゃと音を立てながら喋るさまは、慣れるのに時間がかかりそうだ。この小手は自分のことを、「ヴァルキリーの残滓のようなもの」だと言った。
ヴァルキリーは武力だけではなく魔力も当時比肩するものはおらず、負けなしだったらしい。なるほど、皇帝とヴァルキリー二人で大陸をまとめあげたとするなら、それはもうべらぼうな強さだったに違いない。
その強力な魔力を持つヴァルキリーが四六時中身につけ魔力を流し続けたことで、いつの間にか甲冑も意思を持つようになったのだ、と小手は説明した。
「ヴァルキリーの魔力から生まれたんじゃ。ほぼ本人と言っても良いじゃろ?」
「はぁ。ということは、私はさっきまでヴァルキリーに襲われていたんですけど?」
リズに襲いかかってきた甲冑の低く掠れる声と、小手から聞こえる能天気な声色は明らかに違う。
「わしも意識にモヤがかかったような感じだったんじゃが……。
おそらく、ヴァルキリーの負の感情……嫉妬や、悔しさの念が積もって、周囲に当たり散らしていたんじゃろう。
それをお主が打ち払ったから、わしが残ったんじゃ。ヴァルキリーが本来持っている、清廉で、慎ましく、麗雅なわしがな!」
自分のことをそこまで高く評価できるとは、もしかするとヴァルキリーはかなりの自信家だったのだろうかとリズは思う。いや、清く、慎ましく、麗しいとは一般的に語り継がれているヴァルキリーそのものではあるが、この小手……残滓の様子を見るに、意外と本人は親しみ易い性格だったのかもしれない。
「それで?お主はどうしてこんなところに?」
ヴァルキリー――一応、本人の希望通りに呼ぶことにする――は、ふとリズに問いかける。リズは歩きながら理由を答えた。
帝国が今分裂の危機にあること。魔界の扉が開かれてしまったこと。そして……自分が力及ばず、ヴァルキリーの装備を手に入れようとしてここにきたこと。
「……」
話終わる頃には、リズは古城の入り口までついていた。扉を潜って外に出ると、森とはいえ日光が所々差し込んで、薄暗い古城から解放されたような気分になる。
「まずいな」
リズの話を聞いていたヴァルキリーは真剣な声でそう言った。
「初代皇帝が魔物を討ち払いながら大陸を回って、最後に辿り着いたのが大陸南西部なんじゃ。ほとんどの強力なモンスターは、そこから湧き出しておった」
「そことは、つまり……」
「お主の言っていた、『魔界の扉』というやつじゃな。初代皇帝は膨大な魔力と自らの固有魔法でもって、扉を封印したんじゃ。それによって大陸は安全な場所になり、発展していった」
ヴァルキリーは真剣な様子だ。
「急いで向かわねば。あれをなんとかせねば、大陸がまた魔物のはびこる不毛の地に戻ってしまうぞ」
「私だってすぐに向かいたい。けど……」
力が足りない。ウィルを守り、ウィルの敵を打ち倒す力が。
「安心せい!」
リズの逡巡を悟ったのか、ヴァルキリーが声を張り上げる。
「わしがついておる!そうじゃ、お主は左腕を失ったのだろう?わしがその代わりになってやろう」
たしかに、今は右手で小手を胸元に抱えながら歩いているが、左腕につけてしまえば右手が空く。何かあった時に、背負っているハルバードをすぐに取り出せる。
左腕に小手をもっていくと、不思議と吸い付くように馴染んだ。なんというか、自分の腕が生え変わったような、妙な気分だ。
「ふふ。左腕の無い私と、体の無いあなたで、ちょうどいいコンビになれそうね」
リズは笑う。
「そうじゃろう?……そういえば、お主の名前はなんだったかな?」
そう言われてみれば、まだリズは自己紹介していなかったことに気づいた。
「私はリゾルテ。リズと呼んで」
「そうかリズ!これからもよろしくたのむぞ!」
ヴァルキリーはカチャカチャと体――小手だが――を震わせた。
「リズ。想いを寄せる男に振り向いてもらえない傷心者同士、共に仲良く生きようではないか!!」
「えぇ……そういう同士にはなりたくない……」
振られた者同士にはなりたくなかったが、ウィルと少し距離が空いてしまい孤独を感じていたリズには仲間が増えたようで嬉しかった。
「さ、お主の主人のところへ……魔界の扉へ向かうぞ!ウィルとやらが皇帝の器かどうか、このわしが直々に見定めてやろう!」
……前言撤回。めんどくさい奴だなとリズは少し後悔した。
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