8.ヴァルキリーの想い、リズの想い
……。
モヤのかかった思考の中、昔聞いたことのある声がする。
「ウィル、今日からあなたの護衛をしてくれる、リゾルテ嬢よ」
懐かしい記憶だ。初めて、ウィルと会った時の記憶。階級こそ低くはないものの、傍流の貴族の娘として生まれた私は、十歳になる前からウィルの護衛……と言う名の世話係に任ぜられた。
「はじめまして、ウィルフォード殿下。リゾルテと申します」
小さかった私は、かなり緊張していた気がする。なにせ相手は数少ない皇位継承権を持つ、本物の皇族だ。まぁ、継承権は後ろの方だし、主流ではないと言う点で私と似たような境遇だなと親近感を持っていた記憶がある。
「よ、よろしく……」
初めて会ったとき、ウィルは母君の後ろからオドオドと私のことを見ていた気がする。緊張、というか恐怖すら抱いているかのような顔つきだ。そのおかげで、逆に私は少し肩の力を抜くことができた。
「ウィル。リゾルテ嬢はあなたに仕えてくださるのよ。ちゃんとご挨拶なさい」
困ったようにウィルの母君が言う。
「リズ、とお呼びください。ウィルフォード殿下」
「ありがとう、リズ。それじゃぁこの子もウィルとよんでくださいな。
護衛と言ってもここは宮殿内だし特に危険もないのだから、弟ができたと思って遊んであげてくれるかしら?」
「はい、王妃殿下。では、ウィルフォード……ウィル殿下。一緒に敷地の案内をしていただけますか?」
そう言って私はウィルの手をとった。私には兄しかいなかったので、弟ができた気がして嬉しかった。
「う……」
まだズキズキと痛む頭を起こす。だんだんと思考がはっきりしてきた。ヴァルキリーの装備を求めて古城に入ったリズは、早速ヴァルキリーの甲冑に出会い……打ちのめされたのだった。
戦っていたはずの甲冑は今は大広間にはいない。奥の扉が空いているところを見ると、私が気を失ったことで奥へと戻っていったのだろうか。
立ち上がって体に異常がないか確認する。幸い、意外と戦闘のダメージは残っていないようだった。あたりを見回すと、ハルバードもすぐ近くに転がっていた。甲冑はハルバードを取り返すつもりはないようだ。一度あの甲冑から、あるいは甲冑を動かしている何かから装備を奪ってしまえば、興味をなくしてしまうのかもしれない。
その仮説があっているのなら、具足でも、盾でも、一部ずつでも装備を剥がしていけば自分のものにできるだろうか。そうずれば次第にこちらが有利になるだろう。
「よし!」
少し勝ち筋が見えた気がして、リズは少し気持ちが軽くなった。
「それなら何度だって戦いを挑んでやるわ!」
ハルバードを握りしめ、半開きのままになっている大広間の扉をくぐった。
しばらく進んでいくと、また広い部屋へと辿り着いた。先程の大広間よりもさらに天井は高い。以前は豪奢に飾られていたのだろう、装飾品の残骸がいくつか転がっている。リズにはあまり機会はなかったが、舞踏会場などに使っていたのだろうか?
薄暗い部屋の燭台に、突然火が灯る。照らし出された部屋内に、あの甲冑もいることに気づいた。甲冑はこちらをじっと伺っているように見える。リズはハルバードを構える。今度はこちらから先制攻撃してやろうと左足に力を入れたところで、甲冑が掠れた声で呟いた。
「命をかけて陛下をお護りしたところで、お前の望むものは手に入らない」
「!?」
何を言っているのかと一瞬怯んだリズに甲冑が飛びかかる。武器を持たない甲冑は、先ほどと同じく空いている右腕で殴りかかってくる。膂力は侮れないが、攻撃が右腕とわかっていれば対処は難しくはない。唸りを上げて突き出される拳を、リズはハルバードの柄で防ぐ。甲冑は受け止められた拳にさらに力を加え、リズを押しつぶそうとするかのようだ。
ふと、甲冑からまた掠れた声が聞こえてくる。
「私は陛下に心から尽くしお護りした」
「!?」
リズに何かを伝えようとしているのだろうか?それとも、こうやってヴァルキリーの装備を狙う不届きものの動揺をさそい、返り討ちにしてきたのだろうか?
リズは柄を押し返し、一旦距離をとる。
「戦いが終わった後、私はこの城で待ち続けた。しかしそれ以降、陛下が私のもとにいらっしゃることはなかった」
甲冑は独り言とも、リズへの忠告とも取れる言葉を発する。
初代皇帝の英雄譚で語られているのは、大陸西部を統一し帝国を打ち立てるところまでだ。その後、皇帝とヴァルキリーがどのように暮らしたのかはわからない。もしかすると、ヴァルキリーは皇帝に捨てられてしまったのだろうか。
「お前も同じだ」
甲冑は「同じ」といった。いったい何が?
リズが集中を切らせた一瞬のうちに、どっ、と床を踏み込んで甲冑がリズに襲い掛かる。甲冑が左手に持つ盾による攻撃だ。片腕のリズでは衝撃を吸収しきれない。体ごと数メートル後ろへはじかれる。体制を立て直す間に、甲冑はさらに追撃してくる。
うなりを上げて振るわれる右腕の攻撃をハルバードで受け止める間に、再び盾により体ごと打ち据えられる。中身のない甲冑とは思えない剛力は、リズの体は宙に浮かせてしまうほどだ。
「うっ……」
一方的に攻撃を受けながら、リズは甲冑の言葉を繰り返し反芻していた。戦いを終えたヴァルキリーが待っていたもの。リズと、同じもの。
リズは、少しこの甲冑に、初代皇帝を守り続けたヴァルキリーに同情した。
「あなたは、皇帝のことを……好きだったのね」
リズが口にしたその事実を塗りつぶすかのように、甲冑が声を上げる。
「護衛が報われることなどない。あの方と……結婚することなどできない!」
甲冑の攻撃はさらに勢いを増す。容赦のない拳がリズに襲い掛かる。恨みをぶつける対象を見つけたかのようでもあるし、どうしようもない悲しみのやり場を探しているようでもある。
甲冑はあの方、と言った。それはもちろん、初代皇帝のことなのだろう。命を賭けて初代皇帝を守り続けたヴァルキリーは、大陸西部の統一後、一人でここで暮らしたのだろう。
初代皇帝には、すでに心に決めた人がいたのかもしれない。まだ生まれたばかりの帝国が不安定な体制を維持するためには、政治的な婚姻が必要だったのかもしれない。
いずれにしろ、ヴァルキリーの望みは、叶えられなかった。それはまるで自分のようではないかとリズは考える。命をいくらかけたところで、ウィルにはもうシェリルがいる。
この甲冑の言う通り、”報われる”ことなどないのだろう。
「わかっているわよ、そんな事……」
殴られながらも、リズはつぶやく。いくら伝説の存在だろうと、ひとこと言ってやらなければ。
「報われないから、なんだってんのよ!!」
ハルバードを握った右手で、殴りかかってきた甲冑の右の拳を殴りつける。
「ウィルに相手がいるからって!結婚しているからって!関係なんかないわ!」
もう一度、こんどは甲冑の頭部を殴りつける。甲高い金属音が響いて、甲冑は後ろにのけぞった。それはリズに殴られたからなのか、リズの言葉にひるんだからなのか。
「私だってウィルのことが好き。報われなくたって、結婚できなくたって、ウィルのことを守ってあげたい!!」
甲冑を殴った右手が熱を持つ。
「護衛だからじゃない!見返りが欲しいわけじゃない!ウィルが好きだから!!ウィルのために力を振るいたいのよ!!!」
ハルバードが光を帯びる。ハルバードと、いや、初代ヴァルキリーと何か通じ合ったような気がする。
「はぁぁぁあっ!!」
リズは力を蓄えたハルバードの一撃を放つ。ハルバードがまとっていた光は収束し、その向き先である甲冑へと向かう。
「ォォォ……」
放出された力は甲冑を……粉々に粉砕した。
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