10.まほうつかいのウィルフォード
……。
「こんにちはー。……。」
扉には鍵はかかっておらず、ウィルが力を入れる必要もなくギィときしんだ音を出して開いた。聖堂にはろうそくやたいまつの類はなく、窓から差し込む日光だけで明かりをとっているようだった。
それまで扉の外からでも聞こえていた、子供たちの楽しそうな歓声が止む。子供たちからしてみれば、見たことのない人物が急に現れれば警戒もするだろう。
明るい屋外から、少し暗い聖堂に入ったウィルは何度か瞬きをした。目が慣れてくると、五歳くらいから十代のもうすぐ大人といえるくらいの年齢まで、さまざまな少年少女がいる。
その中心には、神聖教の神官服に身を包み、その上からエプロンをした女性がこちらをうかがっていた。
「あの、どちら様でしょうか?お祈りですか?あっ、ご紹介が遅れてすみません。私、この教会の神官をしている、ドロシアと申します」
「これはご丁寧に神官殿。僕は……」
帝国第四皇子ウィルフォード、と言おうとして、ウィルはやめておいた。変にかしこまられてもくすぐったい。それに帝国民といえど、こんな町はずれの教会に住む者たちが自分のことを知らなかったりしたら、傷つくだろうなという変なプライドが邪魔をした。
「僕は、ウィルフォードといいます。その……魔法使いをやっています」
よく考えたら、一人で帝国民と話すのは初めてで緊張してきた。魔法使いってなんですか殿下?余計怪しいですよ?とリズの突っ込みが聞こえてきそうだが、もう言ってしまったものはしょうがない。だが、向こうの反応は思いのほか良いものだった。
「おにーちゃん、まほうつかいなの?」
「まほうみせてー」
「おれもまほうつかいのつえもってるんだ!どうだ!」
自己紹介がわかりやすかったのか、子供たちはやいやいと話しかけてくる。その中に、ウィルは自分の魔杖を持った男の子がいることに気づいた。
「あー、神官殿」
「はい?」
「唐突に申し訳ないのですが、あの子の持っている杖を返していただけないでしょうか?あの魔杖はもともと僕のものでして」
「やーだよー!これはサイラスおじちゃんにぼくがもらったんだから!」
男の子は杖を抱えていやいやをしている。なるほど、あの青髪の男はサイラスというのか。子供になつかれているなら、根っからの悪人ということではないのだろう。
「ウィルフォードさん、あの、まだ状況がよく呑み込めないのですが……。この魔杖は知り合いの方から譲っていただいたものなのです」
神官はとまどっているようだった。それもそうだろう。知り合いからもらった物をその日に知らない男から返せと言われれば、誰だって不審に思う。
そういえば、外ではアルフレッドとリズがサイラスと戦闘しているはずだ。ウィルはどちらかというとサイラスが心配になっていた。
どこで手に入れたかを一旦置いておけば、あの男はこの教会――こどもたちに食料やら物資を施しに来ていた。それだけ見れば立派な行いだ。リズが激高してサイラスの首をはねたりしていなければいいのだが。
「そうでしたか。僕も道中うっかり魔杖をなくしてしまいまして……どこかで拾ってくださった方がいないかとこの町で聞き込みをしていたのですが、ちょうど魔杖を持った人物がこちらのほうへ歩いているのを見た方がいたのです」
「まぁ、そうでしたか」
本気かはわからないが、神官は納得したようだった。まぁ、魔道具などというものは魔法使い以外には価値のわからないものだらけだ。まさかあの杖が、帝国の第三皇子が弟のために作らせた一点ものの高級品とは思わないだろう。
「ヘンリー、こっちに来てくれる?」
神官にヘンリーと呼ばれた少年は、杖を抱えてしぶしぶとやってきた。いくら子供だって、この流れで何を言われるかはわかる。
「その杖はまほうつかいのおにいさんの方の物だったみたい。お返ししてくれる?」
「やだっ!!」
ドロシアの言葉を遮るように、ヘンリーは叫ぶ。唇を尖らせて、顔全体で不満を表現しているのがかわいらしい。
ウィルはしゃがんでヘンリーの目を見ると、誠意を込めて頼んでみた。そういえば小さいころ、王宮の世話係たちは皆ウィルにそうしてくれていたなと、ふと思い出した。
「ヘンリー。杖を大切にしてくれてありがとう。でもそれはもともと僕の持ち物だったんだ。できれば返してほしい」
「……」
ヘンリーはぎゅっと杖を抱えている。困った顔のドロシア神官が口を開いた瞬間、聖堂の屋根が爆発した。ステンドグラスが飛び散る。
「きゃぁっ!!」
轟音に恐怖する子供の悲鳴が聖堂に響く。思わず杖を手離したヘンリーがドロシアに抱き着いた隙に、ウィルが魔杖をとって魔法を発動する。
「障壁!」
対象は爆発のあったあたりの下にいた子供たちだ。間一髪、落ちてきたステンドグラスや屋根の破片はウィルの障壁にはじかれて子供たちに直撃することはなかった。
「ドロシア神官、子供たちをこちらへ集めてください。僕が守ります」
「みんな!こっちへおいで!私のほうへ!」
危険を察知したドロシア神官が叫ぶ。子供たちも必死の表情で集まってきた。
「誰が火球《ファイアボール)》を……?」
リズやアルフレッドは魔法を使えない。かといってサイラスが教会にこんなことをするとも思えない。
「ドロシア神官、僕は障壁の魔法を使うことができます」
「障壁?」
「はい。さっきの爆発くらいなら、全員を守ることができる障壁です。今からみんなに魔法をかけますから、しばらく動かないで」
「あの、いったい何が……?」
「僕にもわかりません。外の様子を見てきますので、いいですか、動かないでくださいね」
そういってウィルは聖堂の扉を飛び出した。