5.ヴァルキリーの残滓
ウィル達と離れ一人行動を別にするリズは、オクタスから教えを受けたヴァルキリーの城へと向かっていた。
薄暗い森の中を歩くと、聞いたこともない動物の鳴き声が遠くに聞こえる。まだ午前中のはずだが、陰鬱なこの森の雰囲気のせいでもう日が暮れ始めているのかと勘違いするほど周囲は暗い。
「見えた」
そう独り言を呟いたリズの目前に現れたのは、小さな古城だ。城オクタスの言う通り、帝都から半日もかからないところに、ヴァルキリーの古城は存在した。
壁があるわけではなく、森の中にポツンと立っているその城は、周囲を多くの蔦に覆われている。所々、崩れた城壁から草木が生えている様は、この城が主人を失ってかなりの年月が経っていることを感じさせる。
「さて、入り口はと……」
蔦に覆われたこの城にどう入ったものかを周囲をさがす。だが、リズの懸念に反して入り口はすぐに見つかった。偶然なのか、城の正面近くの扉はまだ開閉ができそうだ。扉に手をかけたリズの脳裏に、オクタスの忠告が浮かぶ。
「古城には初代皇帝に仕えたヴァルキリーの亡霊が住み着いている。初代皇帝とともに帝国を築き上げたその強さは健在だ。これまで多くの護衛騎士がヴァルキリーの装備を求めて古城へと挑んだが、そのことごとくが失敗している」
だが、今のリズにはヴァルキリーの、初代皇帝を支えた強力な装備が必要だ。片腕を失い、大幅に戦力が落ちた自分がウィルを守るには。
「亡霊がなんだって言うのよ。私はハルバードを持っているんだから」
自分に言い聞かせるように、呟く。
「絶対、ヴァルキリーの装備を手に入れて見せる」
前以上の強さを手に入れなければ。力さえあれば、ウィルの隣にいることが出来る。
リズは勢いよく扉を開けた。
「……」
中に入ったリズが目を凝らす。薄暗いと思っていた森よりも、さらに一段闇が濃くなった。それも当然だろう。周囲を蔦に覆われたこの城は、窓から日光が入りにくい。
日光が入らないせいで、中の空気はひんやりとしている。目が慣れてくると、自分が大広間にいることがわかった。森の中に立っている城だけあって、帝都のように豪奢な飾りやもったいぶった部屋が並んでいるわけではない。あくまで実用重視、といった感じで、入ってすぐのこの大広間は謁見室を兼ねているようだ。
コツ、コツ。慎重に一歩一歩踏み出すリズの具足が、石でできた床を叩く音が響く。反響の具合から、100人や200人くらいは余裕で入れるくらいの広さがあるようだ。だが、今この部屋にいるのはリズ一人。……いや、もう一人の気配をリズは感じ取っていた。
「誰?」
気配を察知してリズが正面に声を掛ける。薄暗い大広間の最奥には、一段高い床と背もたれの大きな椅子。そして……その椅子に座っている甲冑があった。甲冑は誰かが着ているわけではないが、剣呑な雰囲気を放っている。リズを、古城の侵入者を排除しようとする意思を感じる。
「あなたが『ヴァルキリーの亡霊』ってわけね?」
「……」
リズの問いかけに、甲冑が答えを返すことはない。だが、返答の代わりに甲冑は立ち上がり、こちらに向かって歩き始めた。ガチャリ。甲冑が動き、冷たい金属音が大広間に響く。どんどんと、甲冑――ヴァルキリーの亡霊から発せられる敵意が強くなる。間違いない、こいつがヴァルキリーの亡霊、そしてリズが手に入れようとしている、初代ヴァルキリーの装備だ。
「あなたを倒させてもらう。その装備で、ウィルを守る!」
リズはハルバードを構えながら歩みを進める。その矛先は、本来ひと揃いであるはずの甲冑への向けられている。次第に足運びの速度が上がり、いつしかリズは走り始める。
リズの動きに合わせてか、最初は緩慢だった甲冑の動きも次第に早くなり、リズに向かって全力で走り始めた。
「はあああっ!!」
ここまで近づけばわかる。甲冑の中身は空洞だ。亡霊と聞いて、ヴァルキリーがアンデッドにでもなったのかと考えていたがそうではないようだ。おそらく、これは本当に亡霊、皇帝に仕えたヴァルキリーの残滓なのだろう。
「ォォォォォ……」
背筋の凍るような、不吉な声が目の前の鎧の中から響いてくる。その声を聞くだけで、恐怖で身体がこわばってしまいそうだ。リズは心を奮い立たせ、叫ぶ。
「くらえぇぇぇっ!」
右手のハルバードを全力で突き出す。亡霊は右手――右の小手を握りしめ、リズが突き出したハルバードの刃先を真正面から殴りつけた。
ガィィィン!
火花が散った。暗い大広間が、その閃光で部屋の隅まで一瞬照らされる。
二度、三度とハルバードを突き出すリズ。だが亡霊の右手は悉くリズの突きを殴りつけ、弾き返した。片腕で大振りのハルバードを握りしめているリズの方が、弾かれたハルバードによって体制を崩される始末だ。
一瞬、怯んだリズを亡霊は見逃さない。すかさず左手に持っていた盾で、リズを横殴りに打ちつける。
「あぐっ」
中身は空っぽのはずなのに、どこからこれほどの力を得ているのだろうと疑問に思う暇もなく、リズはふきどばされる。大広間は十分広いはずだったが、大きな力で飛ばされたリズの身体は、壁に打ち付けられて床に這いつくばる。
「……」
頭を打ち、意識が朦朧とするリズ。
「負けるわけには行かない……私は……ウィルの護衛騎士なんだから……」
手足に力が入らない。だが、亡霊はたったままリズを見下ろしている。
「私が……ウィルを守らなきゃ……」
無意識にそう言いながら、リズは気を失った。最後に、リズに背を向けて遠ざかる甲冑を見た気がした。
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