2.リズの決意
「はっ!!」
リズは気を吐き、一歩踏み出した足に力を入れた。
ハルバードの柄は自分の背丈よりも長い。柄の終端を腰骨にあてがい、梃子の要領で柄を握る右手に力を入れる。見た目の重量からは予想もつかない高い風切り音とともに、先端の刃が視線の先にいるオクタスを切り払う。
オクタスはその動きを予想し、一歩引いて横薙ぎを躱す。引いたオクタスが身に着けていた鎧をわずかに矛がかすめる。金属同士のこすれあう不快な音が修練場に響いた。
「……片腕での扱いに慣れてきたようだな」
リズの一撃の後、さらに距離をとったオクタスがつぶやいた。オクタスが戦乙女の戦斧をリズに授けてからというもの、いつからともなく二人は護衛騎士の修練場で打ち合いをするようになっていた。
リズはこれまでロングソードが主武器だったし、慣れないハルバードの扱いに練達するためにも、ある程度の実力者との試合は願ってもないことだった。それがまさか第二皇子とは思っていなかったが。
「はぁ、はぁっ。……」
リズは振り切ったハルバードを手元に引き戻す。どっ、と石突きを地面に打ち付けて立てると、穂先がリズの頭の上で威厳のある輝きを見せた。
しかしハルバードの威容に似合わず、リズの表情は暗い。悔しさ、不甲斐なさといった感情が見て取れる。きゅっとかみしめた下唇から、血でも出てきそうなほどだ。
毎日リズの相手をしているオクタスも暇ではない。だが彼は古今東西の武器防具の収集が趣味でもある。エスタリア建国に尽力したヴァルキリーが使っていたハルバードともなれば伝説の武器だ。オクタスからするとその伝説の武器とやりあえるのがどうも楽しみのようだった。
どちらかというと武器が目的でリズの相手をしていた節もあるオクタスだが、さすがに目の前のリズの表情をみて、何かを感じ取ったのかもしれない。珍しくリズに声をかけた。
「腕を失ったばかりでその動き。まだ護衛として十分……」
「”片腕にしては十分”では意味がありません!!」
「む……」
オクタスは根っからの武人気質だ。それ以外の政治とか、貴族との権力争いとか、女性――それも片腕を失って失意の女性――の相手など、デューン第一皇子にすべて放り投げてきた。珍しく慰めの言葉をかけてみたら、話し終わるまでもなく否定されて対処に困ったようだった。
リズが慌てて申し開きをする。
「も、申し訳ありません。ハルバードを下賜いただいただけでなく、こうやって訓練までしていただいておきながら……」
よく考えてみれば、相手は帝国の皇位継承権第二位の存在だ。護衛騎士とは言え軽々しい口をただいてよい相手ではない。そんな相手に無礼な物言いをしてしまった。リズも自分が考えているよりも自分が追い込まれているのだなと自覚する。ウィルを護りたいという想いと、その想いを十分果たせない自分の実力に、焦っているのだ。
「……」
「……」
気まずい時間が少し流れたところで、先にオクタスが口を開いた。
「片腕での戦い方は時間をかけて慣らす以外にあるまい。それよりも、お前には防具が必要だと思うが」
「防具、ですか?」
「そうだ。今まで盾で防いでいた敵の攻撃を、これからは一部分体で……防具で受け止めることも必要になる」
片腕になってしまったことによる不利の一つは、防御が薄くなる点だ。攻撃を今までのように維持するなら、失った左腕が担っていた防御は必然的に鎧なりの防具が負うことになる。
「しかし、私には質の良い防具のあてなどはございません」
「ひとつ、心当たりを知っている」
そういったオクタスは少し待っていろ、と言ってどこかへ行ってしまった。
しばらくして戻ってきたオクタスが持っていたのは、古い羊皮紙に書かれた地図のようだった。
「これは?」
「初代皇帝に仕えたヴァルキリーが晩年を過ごした古城だ。お前のそのハルバードは、もともとここにあったものだ」
地図は、この帝都からほど近い場所を指しているが、周囲は深い森におおわれている。こんな場所に城があることはリズも知らなかった。ヴァルキリーの住んでいた古城ともなれば、もっと広く知られていても良いはずなのに。
「……だが、この城は廃城されている。危険だからだ」
「危険、とはどのような意味でしょうか?」
リズが問いかける。
「言葉の通りだ。城に入ったものは、ほとんどが帰ってこれなかった。
数代前の皇帝が、多くの犠牲を出しながら、何とか持ち帰ったのがそのハルバードだった」
皇帝の命となれば、護衛騎士も向かっただろう。それでも犠牲が出るほどの何があるというのか。当然の疑問に、オクタスはリズからの問いを待つことなく答えを返す。
「この城には、ヴァルキリーの亡霊が出る」
「亡霊?つまり、初代皇帝に仕えたヴァルキリーということですか?」
「そうだ。初代皇帝が崩御されたあと、ヴァルキリーはいつしか亡霊となって古城に現れるようになった。
亡霊は生前の姿……そのハルバードと同じ素材でできたフルプレートを身にまとっている。ヴァルキリーを打ち倒せば、その防具を手に入れられるだろう」
これまで実力者を退けてきた亡霊を倒す。それも片腕を失ったこの身でだ。だが、それくらいできなければウィルの護衛だと胸を張って言えないだろう。リズはハルバードを握る手に力を込めて言った。
「オクタス殿下。私、ヴァルキリーの古城へ行ってきます」
強くなければ、ウィルの隣に立つことはできない。ウィルを護れなければ、自分の存在意義が無い。リズの眼には決意の光が映っていた。
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