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絶対防御の魔法使い  作者: スイカとコーヒー
戦乙女復活編 <Valkyrie Reborn>
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1.黒い使い魔

「ぷはっ」


 何本目かのマナポーションを飲み干す。のどを通り過ぎた薬品が体へ速やかに吸収されるのがわかる。

 再び体内に満ちてきた魔力をそのまま目の前の卵――試練の森から持ち帰ってきた使い魔へと注ぐ。


「ウィルフォードが魔力を使い果たしたって情報は間違っていなかったみてぇだな」


 薄暗い部屋の中でヴェンパーは独り言をつぶやいた。試練の森を出て数日、ヴェンパーはリンドグレーンへ向けて途中の町を転々としながら進んでいた。正確には、リンドグレーンのさらに東、オリエンス王国のモーガン辺境伯領を目指している。


 ヴェンパーが真エスタリア帝国の建国を宣言してから、国家としての統治は同調した南部諸侯たちによって行われている。といっても南部諸侯はもともと月に一度はサロンを開いて顔を合わせていた。お互いの意見をなるべく合わせることで、帝国内の貴族たちの中で一定の影響力を保つためだ。


 今はそのサロンが政治的な判断をする場に変わったに過ぎない。

 まだ、エスタリア帝国もリンドグレーン王国も、真エスタリア帝国へ軍事的なアクションを起こしてはいない。まずは様子見、そして自国内に他にも寝返ってしまう貴族がいないかどうか、足元の確認を進めているのだろう。


 まだ多少の時間はある。真エスタリア帝国は地理上、エスタリア帝国とリンドグレーン王国に挟まれている。あの二国が国内の混乱をおさめ、真エスタリアを敵国とみなして双方から攻め込まれれば、まだ建国間もない真エスタリアはもたないだろう。

 だからこそ、オリエンス王国と軍事的な共闘関係を結ぶことが重要だ。オリエンス王国がリンドグレーンに攻め込む姿勢を見せるだけで、今度はリンドグレーン王国が真エスタリアとオリエンスに挟まれた形となり、むやみに首都から戦力を動かせなくなるだろう。


 エスタリア帝国、デューンや皇帝アウグストゥスとの戦いを制するには、そうして少なくともリンドグレーン王国の動きを封じる必要がある。


「理想は、今のうちにリンドグレーンを落とすことだな」


 卵へ魔力を注ぎながら、ヴェンパーは口角をあげた。この卵がかえれば、自分も使い魔を使役できるようになる。あの忌々しいウィルフォードですら使役している使い魔を、自分が持っていないことにイライラしていたところだ。

 ウィルフォードは白いドラゴンを手に入れた。あいつよりも優れているはずの自分なら、どれほどの強力な魔獣が手に入るだろうか。それを想像すると自然と笑みがこぼれる。




 みしっ……




 ふと、何かがきしむ音がヴェンパーの耳に入ってきた。それが卵にひびが入った音だと理解できたのは、実際に目の前の卵に落雷のようなひびが縦に伸びるのをみたからだ。


「ふっ。ふははははは!!」


 ついに、俺の使い魔が生まれる。思わず笑い声をあげるヴェンパーに呼応するように、卵に入ったひびは見る間に大きく、いくつにも枝分かれして増えていく。


「さぁ、出て来い!俺様の使い魔よ!!」


 ひびは卵を縦断し、ぱきっと乾いた音とともに殻を左右に分けた。


「グェェェェ……」


 ヴェンパーが一人で抱えられる程度の卵に入っていた使い魔は、まだ人間よりも小さいくらいだ。それにもかかわらず、中から聞こえてきた鳴き声はずっしりと重く、聞くものに圧迫感を与える。


「素晴らしい……お前の名前は”アビス”としよう」


「グルルルル……」


 アビス、と名付けられたそれは、立ち上がり、卵の中にしまっていた首と、翼を広げる。体は漆黒で、薄暗い部屋の中にさらに闇を落としたようだ。開いた口からは鋭い牙が二本でていて、その牙すら黒く、漆黒が広がっている。


 その姿はルクスと瓜二つの……ドラゴンの容姿をしていた。


「これで、ラストフォートが落とせる……!待ってろよ、リンドグレーン。ふふふ……ははははは!」


 部屋の中にはヴェンパーの邪悪な笑い声が響いた。




****




 オリエンス王国西端の町、モーガン辺境伯領は今日も快晴だ。大陸中央特有の乾燥した風が住人の間を吹き抜ける。ラストフォート砦の侵攻失敗により、大都市ブラッドリバーは一時期閑散としていた。数万にも上る辺境伯領軍や傭兵たちがあの戦いで散り散りになってしまったためだ。

 ただ、それも少し前までの話。ブラッドリバーは以前の賑わいを取り戻しつつある。モーガン辺境伯領だけではなく、周囲の貴族領からもラストフォート砦侵攻への参戦を志す兵士たちが集まってきている。


 そう、モーガン辺境伯は再びラストフォート砦を、リンドグレーンを落とそうと画策していた。


 鋭い日の光が差し込むその部屋には、身なりの良い男が二人、向かい合って座っている。モーガン辺境伯その人と、ヴェンパー第三皇子。いや、今モーガン辺境伯の正面に座っているのは、帝国の第三皇子ではなく、つい先日帝国から独立した真エスタリア帝国のヴェンパー皇帝だ。


「ここに来るのは二度目と聞いているが?」


 不機嫌そうにモーガン辺境伯が口を開いた。


 本来他国の王族であれば国力の大小にかかわらず、貴族が手厚くもてなすのが礼儀である。だがモーガン辺境伯の態度は真逆といえよう。というのも、オリエンス王国はまだ真エスタリア帝国を独立国家として認めていない。いくら皇帝を自称したところでモーガン辺境伯の目の前にいる男は、単なる客に過ぎない。

 ……いまのところは。


「この前は残念だったな。まさかオリエンス軍が負けるなんて思わなくてよぉ」


 ヴェンパーは物言いだけではなく挑発的な表情で辺境伯をにらみつけている。モーガン辺境伯はヴェンパーの言葉にピクリと反応した。



「黙れ。あの戦いでワシの大切な将校を何人も失った。お前の口車に乗せられたせいでな」



 テーブルの上で組まれた両手に力が入る。皮手袋がぎりりときしんだ音を立てた。


「勘違いするなよ?俺はオリエンス軍に勝ってほしいって本気で思っていたんだぜ?

 だからこそ、帝国の魔法倉庫からデューンの氷結魔法が入ったスクロールまで盗み出してきてやったんだ。信じてくれるだろ?」


 先日のラストフォート砦での戦いは、帝国第二皇子ウィルフォードが砦にいたことを踏まえても、あと一歩で攻略できたはずだった。そう、戦いの終盤に現れたあのドラゴン――ウィルフォードの使い魔さえいなければ。



「それで?またワシらをそそのかしに来たのか?」



 殺気を向けるモーガン辺境伯だが、ヴェンパーは涼しげな顔をしている。


「知ってるぜ。また侵攻の準備をしているんだろう?」

「……」


 モーガン辺境伯はすっと目を細めた。この都市で数日過ごせば、再び戦争の準備をしていることくらいはだれでもわかる。だが、復讐を誓うモーガン辺境伯が周囲の貴族たちに頭を下げて、前回以上の兵力を終結させつつあることまでこの男は知っているのであろうか?


「俺が新しい国を立ち上げたことは知っているだろう?リンドグレーンを挟撃するチャンスだ。そう思わないか?」


「ふん。物は言いようだな。今にも東西から攻め込まれる可能性があるのはお前だろう。

 わしがリスクを負う必要はない。内乱で帝国の国力が十分疲弊したところで、リンドグレーンを攻めればよい」


 女王が第四皇子ウィルフォードと結婚してしまったせいで、大陸諸国からはリンドグレーン王国はほぼ帝国勢力と同一視されている。

 オリエンス王国からしてみれば西側――帝国へ攻め入るために非常に邪魔な存在となってしまったし、ヴェンパーからしてみれば帝国とリンドグレーンから攻め込まれる可能性があるため都合が悪い。ただし、オリエンス王国は攻め込まれる可能性が低いため焦る必要はないのだ。


「くっくっくっ」


 モーガン辺境伯の言葉を待っていたかのように、ヴェンパーは笑う。


「あんたらが恐れているのは、あのドラゴンだろう?俺があいつをどうにかしてやると言ったら、どうする?」

「!?」


 モーガン辺境伯は自慢げなヴェンパーをじっと見つめる。


「忌々しいウィルフォードの使い魔を俺が消してやるよ。そうすれば、思い切りラストフォート砦を攻められるだろう?」


 ヴェンパーの口から発せられたのは、信じられないような内容だ。魔法がまるで効かず、上空を自由に飛び回るドラゴンに地上のオリエンス軍はなすすべもなくやられている。いくら独自の魔法を持っているヴェンパーといえど、あのドラゴンを……


「俺には、あの使い魔を始末できないと考えているんだろう?」


 ヴェンパーはにやりと笑う。


「少し前までは、そうだったかもな。だが、今は違う」


 そういって、ヴェンパーはパチン、と指を鳴らした。




 どこからともなく、風の吹きつける音が聞こえてくる。日光を部屋に取り入れていた窓が、風によってカタカタと音を立て始めた。


「もう一度質問だ、モーガン辺境伯。俺たちとリンドグレーンを攻めるか?」



 ばさっ……ばさっ……!



 外から、大きな羽ばたきの音が近づいてくる。ヴェンパーは立ち上がると、窓へと歩み寄った。


「俺は切り札を手に入れた。リンドグレーンを落とす、切り札をな」


 すっ、と部屋が暗くなる。窓から入ってきた日光が遮られたのだ。モーガン辺境伯が窓へ目をやると、窓からこちらを除く巨大なドラゴンと目が合った。


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