16.本当に誰もいないのですか?
「にげろにげろ~。追いついたら襲っちまうぞ~♪」
サイクロプスはユーベルの方へと走り寄ってくる。マントの男はサイクロプスの肩の上に担がれて、高みの見物とばかりに不快な声をあげている。
「誰か!」
ユーベルは叫ぶ。
「誰かいませんか!!」
「ははーっ!ここはドリス様の幻影世界よ。いくら叫ぼうが助けなんか来ないぜぇ?」
げへへ、と背筋が冷たくなる下品な笑い声をあげて、マントの男はユーベルを追い立てる。
「はぁっはぁっ。この世界は幻だとでもいうのですか!?」
「そうさ、この世界は現実じゃねぇ。ドリス様がお創りになった幻影よォ。
ドリス様の魔法はな、相手を無防備にして幻の世界に閉じ込めるのさ!お前がいくら泣き叫ぼうと、どこにも声はとどかねぇ。誰も助けになんてこれねぇってことだ!」
マントの男とサイクロプスはユーベルを追いかけるのを楽しんでいる。つかず離れず、ユーベルが恐怖するさまを堪能しているのだ。
「だがな、お前たちの体は本物だ!ここで死ねばそれで終わりさ。
だからな……お前の体をちゃぁんと味わってやるからなァ!!ひゃひゃひゃひゃ!」
「本当に、本当にあなたの他には誰もいないのですか!?」
「いるわけ無いだろう?じゃないと楽しめねぇからなぁっ!」
「そうですか……」
ふいに、女が走るのをやめた。
「ぐへへへ。あきらめたか?それとも俺と楽しむ気になったのかなァ!?」
「”私たちのほかに誰もいない”なら、安心しました」
足を止めた女はくるりとこちらを向く。
「……あぁ?なんだ?」
幻影のせいで服こそみすぼらしいが、振り向いた女は絶世の美女と言って差し支えの無い美貌をしている。
だが、その顔には、感情らしきものが全く感じられない。恐怖や不安が表情に現れていないだけではない。そもそも、目の前の恐ろしい魔物になんの興味もないような……
「安心したと言ったのです。これを見られる心配が、ありませんから」
ビシュッ!!
「あ……?」
突然、サイクロプスから全身の力が抜ける。鉄製のこん棒がだらんと垂れ下がった右手から地面に落ちる。超重量の鉄塊がずしん、と土煙を巻き上げた。
サイクロプスは足にも力が入っていない。だが何かに吊り下げられているかのように、ただ同じ位置に固定されている。
「ど、どうした……ひっ!?」
異変を感じたフードの男がサイクロプスの顔に目をやると、どこからともなく伸びた黒い突起がサイクロプスの頭蓋を貫通していた。サイクロプスの目から後頭部へ突き抜けた突起――触手のようなそれは、ぬらぬらと光沢を放っている。
もはや命を失ったサイクロプスは、頭を貫通した触手によって吊り下げられている状態なのだ。
フードの男が触手の先端からその出元を目線でたどると……あの女の背後からのようだった。
ずるりと不快な音とともに黒いトゲがサイクロプスの頭から抜き去られる。崩れ落ちるサイクロプス。
肩に乗っていたフードの男がなすすべなく地面に落ちる間に、黒い触手があの女の中に引っ込んでいくのが見えた。
「な、なんなんだ!?どういうことだ!」
装備がないとはいえ、帝国の護衛騎士すら退けたサイクロプスは、頭を貫かれて即死だ。フードの男はうろたえる。目の前にいる女を見ると、先ほどと同じようになんの感情もない無表情でこちらを見ている。
「ここは幻影空間だぞ!?武器を持ち込めるはずが……」
「武器ではありません。私の体の一部です。敵とは言え、見せたいものではありませんが」
なぜなら、大聖女ダイアナの娘ユーベルは、母親とは別の生き物であることをはっきりと突き付けられてしまうから。
ビシュ!!
「な”っ……」
再びユーベルから伸びた触手は、フードの男の頭を貫通していともたやすく命を奪った後、しゅるしゅるとユーベルの中に戻っていった。
やっぱり、これを使うのは気分が良いものではない。
でも、いつも一緒にいる殿下や、アルフレッド様、サイラス様、今はいないけれど、リズ様は、私のことをただの神官ユーベルとして見てくれる。大聖女の娘でも、異形の存在でもない、ただの仲間として。
だから、本当に必要ならばこの力を使ってでもみんなの役に立ちたい。今のように。神官として皆を癒すことで役に立てるなら、それに越したことはないが。
「……そうです、サイラス様!アルフレッド様!ご無事ですか!?」
ユーベルは倒れている二人のほうへ駆けだした。そう、二人の傷を癒すのは、神官の大切な役割だ。
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