13.乙女の戦斧
つらいことがあっても、涙を流すと少しは気が晴れる。
「出発する」と言っていたウィルの気配がなくなってからしばらくして、リズは少し落ち着いた。そろそろ外は白み始めている。そろそろ訓練場へ素振りに行く時間だ。
コンコン、と再びノックの音。ウィルはまだ出発していないのだろうか?それとも、ユーベルあたりだろうか?ガチャリと無言で扉を開ける音がする。
「入ってこないで!」
思わずリズは声をあげるが、そんなものは聞こえないかのようにその人物……オクタスは入ってきた。
「オクタス殿下!?」
素振りのため、着替えが済んでいてよかった。ノックがあったとはいえ、こんな早朝に女性の部屋に入ってくるなんて失礼な行為ではあるが、何しろ相手は皇子だ。自分の部屋だとしても、帝国の皇位継承者に寝巻で謁見したなど許されないだろう。恐縮したリズはオクタスの前に跪く。
それにしても何の用事だろうか?オクタスはしばらくリズの様子を見て、こういった。
「ウィルフォードにはついて行かないのか?」
リズは体をびくりと震わせる。ウィルに説得を頼まれでもしたのだろうか?デューン皇子はともかく、オクタス皇子とはこれまで一言も話したことはないのだ。説得するにしても意図が分からない。
「私は」
寝起きで乾いた喉が、緊張でさらに乾く。一度口をとじてから、リズは一気に声を出した。
「護衛騎士の資格がございません。先の戦闘で左腕を失い、ウィルフォード殿下をお守りするには力不足かと」
「……」
あまり饒舌ではないことで知られたオクタスだけに、リズの返答に対してもすぐに反応がない。跪いているリズはオクタスの顔を見なくてよいので、少し気楽だ。
「ウィルフォードの護衛は、アルフレッドがいる。問題はなかろう」
問題ない、と聞いて安心する一方、やはり自分は不要であるといわれているも同然で、リズの中に悲しさがあふれる。
「護衛騎士の件は理解した。帝国の護衛騎士に求められる実力は高い。
水準を満たさないと判断したのであれば、自ら身を引くのも護衛騎士として求められる素養ではある。だが」
オクタスは続ける。
「ウィルフォードには護衛騎士でもない供連れがいるようだが」
それを聞いて、リズははっと顔を上げる。無表情なオクタス殿下と目が合う。
「お前は護衛騎士でないと一緒に行かないのか?」
自分は大切なことを、ウィルとずっと一緒にいるということを、忘れていたことに気づく。実力を磨き、護衛騎士としてウィルに仕えるのは手段でしかなかったはずだ。それがいつの間にか、護衛騎士であることが自分の存在意義であるかのように勘違いしてしまっていた。
戦力として役に立とうが、立たなかろうが、後ろ盾のまったくないウィルを傍で支えると誓ったのではなかったか。だからこそ、これまでずっと一緒にいたのだ。
「わ、私は」
大切なことを忘れていました、とリズが言おうとしたとき、オクタスは手にしていた大振りのハルバードを壁に立てかけた。白銀に輝く柄は長く伸び、存在感はあるが決して大きすぎない斧刃の先に鋭いスパイクが伸びている。
「乙女の戦斧だ」
オクタスはハルバードの穂先を見ながら、つぶやいた。乙女の戦斧と言えば、初代皇帝に付き従った、最初の護衛騎士ともいえるヴァルキリーが振るったという武器だ。
あらゆる戦闘に長け戦場を駆けたヴァルキリーがひとたび戦斧をふるえば、森の木々はまるで葦を刈り取るように切り倒され、山は砕かれ平地になったという。
「皇帝陛下の許可をいただいている。お前にやろう。
片腕では剣は不利なことが多い。間合いの広い得物のほうがよかろう」
「オクタス様、それほどの物、私がいただくわけには」
本物であればとんでもない歴史的な価値があるだろうし、それこそ手にしたい護衛騎士たちはいくらでもいる。なぜ今、私に。
「リゾルテ卿」
オクタスは仏頂面でこちらを見ている。
「ウィルフォードのもとへ向かうつもりはあるか?」
二回目の問いかけに、リズは今度は迷わず答える。
「はい。殿下」
「ならば、これが必要だろう。帝国の皇帝はヴァルキリーが守護するものだ」
「しかし、ウィルフォード殿下が皇帝になると決まったわけではないのでは……?」
オクタスはリズの問いには答えない。
「ヴァルキリーは皇帝の守護の要。皇帝が求めればどんな時でも主人を護るもの。
ならばヴァルキリーの武器も同様だ。乙女の戦斧を求めれば、すぐさま主人のもとへ現れるだろう」
オクタスは用事が済んだのか、くるりと後ろを向いて部屋を出て行ってしまった。
「オクタス様!?」
リズの隣で、乙女の戦斧が朝日を浴びて淡く輝く。それを目にしたリズには、戦斧がこちらに呼び掛けているように感じた。手に取って持ち上げると、思ったよりも軽い。
「……行かなきゃ」
リズは部屋を飛び出した。
****
宮殿を出てからのリズは、ウィル達に追いつくべくかなり急いでリンドグレーン王国領――試練の森へと進んだ。だが一向にウィル達と出会うことはできない。
「ウィル、相当急いで進んでいるようね」
リズはすでにリンドグレーン領ベルフライ近郊まで来ている。今日中には試練の森の入口に到着してしまうだろう。
「急ぎすぎて、追い抜いてしまったのかしら……??でも、途中の町に立ち寄っていた形跡があったわね」
大柄の男と、青い髪の調子のよい男、魔杖を持った身なりのよい少年、神官服の女。
途中の町でこの見た目で四人組の話を聞けば、大体後を追うことができた。すぐに追いつくだろうと高をくくって馬すら使わなかったのは判断ミスだった。まぁ、準備もそこそこにハルバードだけを持って飛び出してしまったのだ。しょうがない。
「ウィルたち、もう試練の森に到着してしまったのかしら?ヴェンパー皇子の護衛騎士に襲われていなければいいけど」
不安に駆られて自然と歩く足が速くなる。
そろそろ試練の森に到着するだろう、というところで、だんだんと周囲に霧が出てきた。太陽は空の上にある。こんな昼間に平地で霧が出ることなどまずない。おそらく何らかの魔法だ。
「まさか、戦闘が始まっている!?」
リズは走り出す。背負っていたハルバードは走ると背中で揺れてバランスが悪いので、右手に持って走る。だがそれはそれで重さが右に偏って走りづらい。こんなところでも左手を失った不便さを感じてしまう。
「だからって、ウィルの護衛をやめるわけにはいかない!」
霧が段々と濃くなってきた。魔法の発生源に近づいているのだろうか?
「殿下!!」
霧はいよいよ密度を増して、数メートル先も見えない。だが、近くにウィルの気配を感じる気がする。
「ウィル!!」
その時、聞きなれた声が耳に入ってきた。
「アルフレッド!サイラス!ユーベル!どこにいった!?」
「ウィルだ。助けを呼んでる!!」
もはや上下すらわからなくなるほどの濃霧の中。だが直感を信じて、リズは声のするほうへ飛び込んだ。
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