7.失意の護衛
エスタリア帝国首都、帝都ランス。大陸の中心を縦断する山脈を境に、西部のほぼ全域を支配下に置く帝国の首都は、大陸の西の端にある。
もともと、エスタリアを建国した初代皇帝が大陸じゅうのモンスターを討ち取り、最終的に居を構えたのが帝都ランスの始まりだ。西には大陸最大ともいわれる港を有し、大陸内の主要港との物流だけでなく、他大陸との貿易も行っている。ここでやり取りされる物資が街道を通って大陸中央へと運ばれ、オリエンス王国との軍事的な緩衝地帯でもあるリンドグレーン王国を介して大陸東部との交易がおこなわれる。
そんな巨大な貿易港を西に臨むランスの街並みにはあと二つ、広大な敷地を有する特別な施設がある。
一つは言うまでもなく、皇帝以下皇族が住まうエスタリア宮殿、そしてもう一つが「訓練場」だ。すなわち、帝国の中心たる皇族の身を護る護衛騎士の育成施設だ。
帝国護衛騎士は一人いれば一騎当千ともいわれるだけあって、多少広い程度の敷地では強力な攻撃によって訓練といえども周囲に被害が出てしまう。そのため帝都ランスの北方の広大な土地が訓練場と位置付けられている。
とはいえ毎日地形を変えるほどの戦闘があるわけでもないし、精兵に毛の生えた程度の実力の”護衛騎士の卵”たちは、ほぼ帝都の敷地内といえる施設の中で実力を磨いている。そういった比較的一般兵に近い程度の実力者たちは、ごくふつうの道場だったり、剣術の修練場を使っている。
朝。太陽が港と、西に広がる海を照らし始めたころ、ある訓練場で一人の少女が剣を振っていた。素振り用に通常よりも重い金属で作られた長剣を、ゆっくり頭上へと構える。切っ先の動きが一瞬止まり、正確にまっすぐ振り下ろされる。
「ふっ!」
海風の混じった空気を切り裂く音とともに長剣は振り下ろされ、見えない敵を両断すると、少女は再び長剣を頭上へと構える。少女の額には汗が噴き出し、修練場の床へと落ちる。もう何度目かわからないが長剣が振り下ろされたタイミングで、少女に話しかける者がいた。
「もう、お体は大丈夫ですか?」
話しかけたのは、神官服に身を包んだ人物……ユーベルだ。いつもの通りフードで表情は見えないが、声には心配の色が含まれている。
「ありがとう、ユーベル。あなたのおかげでもうすっかり万全よ」
そう答えた少女、リズは構えを解いてユーベルの方へ向き直った。力自慢が筋力強化のために使う両手剣をつかって、片手で素振りをしていたのだ。
「すみません、私の力が及ばないばかりに」
うつむいてユーベルが謝罪を口にする。瀕死の状態のリズは、アルフレッド、サイラスの後を追ってリンドグレーンからやってきたユーベルによって治療を受け、一命をとりとめた。非常に危険な状態で、ユーベルの合流が遅れたり、他の神官であったならば命を落としていたかもしれない。
リズの容体が安定したところでユーベルは必死に左腕の治療を試みたが、結局、完全に失われた体の一部を元通りにすることはできなかった。
「ううん、気にしないで。回復魔法じゃ、腕は生やせないもの。
死にかけだった私をここまで回復してくれたんだし、むしろいくらお礼を言っても足りないわ」
「……」
明るい調子で礼を言うリズを見るユーベルは、気まずそうにうつむいた。心配事はリズの左腕だけではない。アルフレッドとリズが帝都に到着してから数日たっているが、まだウィルとサイラスの消息が分からないままなのだ。
もちろん中央が何もしていないわけではない。アルフレッドの報告を受け、デューン第一皇子はすぐさま探索隊を編成し、リズが襲われたあたりに捜索に向かわせた。さらに翌日にはフェブリア皇女がアルフレッドとその兄ウルムガルドにウィルフォードの捜索を命令。本来皇族を守るはずの護衛騎士まで投入し、全力で二人を探している。そんな中、行方不明の主人の護衛騎士であるリズはいかほどの思いを押し殺しているのだろうか。
ユーベルは昼食の時間になったら呼びに来ます、と告げてその場を去ることにした。正直ここにいてもいたたまれない。それに、余計なことを考えないよう、ひたすら剣を振り続けるリズの邪魔をしたくなかったのだ。
宮殿へ向かって戻るユーベルは、肩越しにリズのすすり泣く声が聞こえた気がした。
****
リズが帝都で治療を受けてから一週間が経過した。もう体の傷は神官たちによって完全に回復し、血を流して失った体力も戻っている。左腕の切断面も傷はふさがって、痛みを感じることもない。
潮の香りが少しする風が吹く中、リズは今日も訓練場にいた。このところ毎日訓練場に通っている。宮殿にいても特にすることもないし、ほかの護衛騎士や貴族たちから、主人を守り切れなかった無能と言われているような気がして居心地が悪かったからだ。
上段の構えからまっすぐに長剣を振り下ろす。それこそ何千回、何万回と繰り返した動作だ。でも。だからこそ。右手のみで振り下ろすこの一刀は、どうしても今までのそれとは違っていることが分かってしまう。
気を取り直して剣を横に薙ぎ払う。高速で振り切られた長剣が朝日を反射して、まるで尾をまとったかのように横一線に光の軌跡を残す。初めてリズの剣さばきを見たものは誰もがその鋭さに絶賛するだろう。……だがこれも何かが違う。
袈裟切り。違和感がぬぐえない。
突き。切っ先に力が伝わり切らない。
切り上げ。体の重心がぶれている。
「はぁっ……はぁっ……」
どれもこれも、リズの思うような斬撃ではない。ひたすら研鑽を積んで、体になじませた動きが、リズの左腕が必要だと喚き散らしているようだ。
「……っ!!」
リズは右手の長剣を地面にたたきつける。石畳に勢いよくぶつかった刀身が火花を散らした。何度剣を振ったところで、胸の奥底からふつふつとわいてくる焦燥を押さえることができない。ウィルがいない間の暫定的な立場として、リズやサイラスの主人はデューン皇子ということになっている。彼はウィルが返ってくるまで帝都で待機するように、とリズに命令を下した。
だが、私こそウィルを探しに行かなければならないのではないか。主人を守り切れなかった私こそが。
悔しさに、視界がにじむ。焦りで心がかき乱される。そのせいか、宮殿から走ってきたユーベルの足音に直前まで気づかなかった。
「はぁ、はぁ。リ、リズ様!」
ユーベルは息を切らせて走ってきたようだ。
「殿下が……はぁ。はぁ。殿下が保護されました!」
「!!ユーベル、ウィルは無事?今どこにいるの?!」
「今しがた、宮殿の看護棟へ向われたと……」
「ウィル!」
ユーベルが看護棟、と口にするや否や、リズは走り出す。
「リズ様……」
残されたユーベルが心配そうにリズの後姿を見ていた。
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