6.力を求めるヴェンパー皇子
「大変申し訳ございません」
試練の森。平野の中に不自然に存在している密度の濃い木々は、見ているだけで奥に吸い込まれてしまいそうだ。森への入り口は禍々しいほど神秘的な深い緑で満たされている。
その入り口の前に三人の人物がいる。
エスタリア帝国第三皇子、ヴェンパー。そしてその護衛騎士。レイ・ハイアットとロブ・ウォーターズだ。二人はヴェンパーに跪き、ことの顛末を報告していた。
第四皇子ウィルフォードの襲撃中に護衛騎士アルフレッドが参戦し、ウィルフォードの暗殺に失敗。護衛騎士リゾルテに重傷を負わせるもアルフレッドとリゾルテともども逃亡。
森に逃げこんだウィルフォードを追い詰めたものの、取り巻きと一緒に崖へ転落。死体はいまだ見つかっていない。端的に言えばヴェンパーの命令は何一つ遂行できていないということだ。
「気に入らねぇ」
レイの報告を聞いていたヴェンパーがつぶやく。レイはあまりのふがいなさに主人に顔向けできないようで、頭を下げたままだ。
「申し訳ございません。ヴェンパー様の護衛騎士である私がウィルフォードを取り逃がす失態を……」
「そうじゃねぇ。アルフレッドが来たんじゃお前らには荷が重いだろ。そ
れより予想以上に速いタイミングで戻ってきたのが気に入らねーんだよ」
「……っ」
面と向かって「お前はアルフレッドには太刀打ちできない」と言われれば護衛騎士としてのプライドが傷つくが、今のレンには言い換えす口はない。そのとおり、アルフレッドの参戦で戦況はひっくり返り、このザマだ。横に居るロブも、何も言わないが怒りに体を震わせているのがわかる。
「こっちの動きがバレているな。デューン兄上か?どこかから情報がもれた……?」
「まさかヴェンパー様の配下に間者が紛れ込んでいるのですか!?見つけ出して始末いたします!」
情報を漏らした者がいるとすれば、ウィルフォードを逃がした原因を作り、敬愛する主人の前でこれほどの恥をかかせた張本人だ。それが本当なら何としても報復してやる。レイは静かに復讐を決意するが、ヴェンパーは特に気にしていないようだった。
「まぁ、動くタイミングが早まっただけだ、気にするな。もうコソコソと動き回るのは終わりだ」
「では……!」
「あぁ、これを帝都に届けさせろ」
そういってヴェンパーはレイに書簡を渡す。宛先はエスタリア皇帝。大陸南部に独立国家建国の宣言が書かれているのだ。
「俺はおさがりの王冠なんぞに興味はない。ここに俺様の、真エスタリア帝国の樹立を宣言する」
すでにヴェンパーは大陸西南部を統治するいくつかの諸侯と密約を結び、帝国からの独立に向けて動いていた。あとはヴェンパーが独立を宣言すれば、西南部の貴族たちはヴェンパーに同調して帝国を離脱する算段になっている。
「本当は俺が試練の森から帰ってきてから動くつもりだったんだが、動きを察知されているようなら仕方ねぇ。反乱をつぶされる前に動かなきゃな」
この宣言が帝都に届いてしまえば、もう後には戻れない。ヴェンパーも、ヴェンパーに呼応して蜂起する西南部諸侯も、エスタリアとは完全に敵対することになる。だからこそ、王たるヴェンパーにはさらなる力が必要だ。
「俺はこれから試練の森に入る。デューン兄上が動いている場合、ここにも手のものが来る可能性が高い」
そういってヴェンパーはレンとロブに視線を向ける。
「はっ。私どもへの次のご命令は、この森の防衛でしょうか?」
「いや、この森を守る必要はない。この俺が出てくるまで時間が稼げればいいだけさ。ちょうどうってつけの奴を呼んである。ドリス!」
レンとロブしかいなかったはずの空間に、突然もう一人の気配が生まれる。何もないはずの場所の空気がもやのようにゆがんだあと、黒いローブに身を包んだ女が姿を現した。
「ヴェンパー様」
姿を現した女はヴェンパーに向かって跪く。
ローブは女よりも大判で、胸元が大きくはだけている。年齢は三十前後だろうか。長い髪は後ろで編み込まれて束ねられ、跪いたことで地面へと垂れ下がる。周囲に妖艶さを振りまき、魔法を使わずとも男性を虜にしてしまいそうな妖しさだ。
「レン、ロブ。俺様が森から孵るまでの時間稼ぎはドリスに任せる。こいつは幻術が得意だからな。時間稼ぎにはちょうどいい」
「では私どもは……?」
「お前たちには行ってもらう場所がある。それは……」
ヴェンパーがレンに耳打ちをする。
「まさか、そんな場所が?」
「俺様が大陸西南を狙った理由がわかったか?お前たちがそこを押さえれば、エスタリア侵攻の準備は完成する。用意をしておけ。俺が力を、従魔を手に入れてくる間にな」
「ははっ。」
レンとロブはすぐさま風のように消え去る。ヴェンパーの指示された場所へ向かったのだ。残っているのはドリスと呼ばれた魔女と、ヴェンパーだ。
「ドリス、俺が戻るまで時間を稼げよ。もしかすると、オクタスやデューンが直接出張ってくる可能性もある」
「心得ております。わたしの愛しいヴェンパー様」
ドリスは恍惚とした表情で頭を垂れている。まさに心酔といった様子だ。ドリスの返答に満足したのか、ヴェンパーは深い闇をたたえる森の中へ入っていった。最後に残った妖艶な魔女は、立ち上がると早速魔術を展開する。
「誰だって、私の魔術から逃れられる奴なんていないわぁっ!」
ヴェンパーの入っていった試練の森は、魔女の魔法に包まれた。
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