8───────────刑事×泥棒!
「どこ見て走ってんだよ。失格刑事」
風が吹き過ぎていく。
街路樹の葉が、サヤサヤと鳴る。
黒のミリタリーコート。
切れ長の目元。
山川圭司が、立っていた。
「何よぉ…」
ヨーコがべそをかく。
「今更…何しに来たのよぉ…」
「手錠返しに来た」
山川が右手を突き出した。手のひらに、ヨーコの手錠が載せられている。
そういえば、山川を捕まえた時、たしかに手錠をかけた。
しかし、昨日の昼にザザの部屋に現れたとき、彼の手に手錠はなかった。
「どうやって外したの?」ヨーコが聞く。
「あ?ああ、俺のダチに頼んだんだ。30秒もかからなかったぜ」
…ダチ!?
あんたみたいな輩が、他にどれだけいるってのよ!
ヨーコは叫びたくなったが、山川を睨み付けるだけで終わった。
「また泣いてんの?」
山川が面白そうにヨーコの顔を覗き込む。
「顔ぐちゃぐちゃ。…あ、元からか」
パッコーン。
ヨーコのパンチが山川の太ももに発射された。
だが、山川は動じない。
からかいの言葉を投げ掛ける。
「こんな朝から泣いて出てきたってことはぁ、もしかしてぇ…アレかな?クビ?とか」
「うっさい。あんたには関係ないでしょ」
ヨーコは立ち上がった。
山川に見下ろされるのは、なんだか癪だ。
「まだクビじゃないわ」
「『まだ』か。じゃ、もうすぐだな」
「うるさいって言ってるでしょう!!」
ヨーコは叫び、山川から手錠を奪うように取り返した。
「なんだったら、今この場で逮捕してあげるわよ」
「あー、それは勘弁だな」山川がとっさに逃げ腰になった。
「俺、捕まる訳にはいかないからさ」
誰だってそうだろう。
ヨーコはガクッとして、手錠をシャネルのバッグにつっこんだ。
「あれ?捕まえないの?」山川がおどける。
「…もういいわよ」
ヨーコは面倒臭そうに言った。
「早く私の前から消えて。あんた、私の疫病神みたいだから」
「うゎ、失礼だね〜」
山川が笑う。
「ま、捕まらないなら俺はいいんだ。もう用はない」ミリタリーコートが風にゆれた。
「じゃあな、失格刑事」
山川が背を向けた。
土にまみれたスニーカーが、歩みを始める。
ヨーコはその後ろ姿を見つめた。
これで良いのだ。
本当に…
『刑事って、犯人逮捕のために働いてんだろ?』
山川のセリフが、頭の中に渦をまく。
『佐倉長官が倒れたの』 『心労が原因よ』
ヨーコは、立ち尽くしていた。
私は、失格刑事…。
でも。
まだ、刑事。
今なら、まだ間に合うんじゃない??
刑事としての正義を、守り通せるんじゃない?
…『自分で決めなさい』
「待って!!」
叫び声がした。
山川は足を止め、振り替える。
涙に濡れた目をして、ヨーコが呼んでいる。
「待って!!」山川は、手をコートのポケットに入れ、ニッと笑った。
「なあに?失格刑事のヨーコちゃん?」
「バカにしないでよぉ…」ヨーコが膨れながら、また涙を流す。
「あんたの取り引き。…受け入れるから…」
風が吹く。
時に強く、時に弱く。
「きまりだな」
山川が笑った。
「よろしく、ヨーコ」
その声は、風と共に、優しくヨーコの耳に届いた。
まるで、待っていたかのような響きだった。