表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/45

6───────────奇妙な取り引き

『俺はあなたを救える』


…どういうこと?


『あなたのミスは帳消しになる』


…有り得ない。


『捜査に協力するってことだ』


…泥棒が??

バッカじゃないの?


「…信じてもらえない?」山川と名乗った男が、彼女の顔を覗き込んだ。

「ったり前でしょ!」

ヨーコは憮然として山川を押し退ける。

「近寄らないでよっ、この泥棒!!」

「…こんなおいしい話蹴っちゃうの?」

ガラクタの上に崩れながら、山川は続けた。

「ミスを帳消しにできるチャンスなのに」

ピタッ。

ヨーコの動きがとまった。「…」

沈黙が流れる。

ヨーコの瞳が、わずかに揺れ動く。

山川は、それをじっと見つめた…。



「あんたは、私を助けようとしてるの?」

ヨーコが、かすれた声で聞いた。

「それとも、騙そうとしてるの?」


「だまして何になるのさ」山川が笑い、サングラスを外した。涼やかな切れ長の目元が顕になる。

決して美形では無いが、すっきりと整った顔立ちだ。「捕まること覚悟して来てるんだから。騙そうなんて思ってないよ」

優しい光が、その瞳に宿った。

「確かに、あなたのミスは俺のせいだ。だから、俺はあなたに協力する」


ヨーコが大きく鼻を啜った。

…信じちゃダメ!!

理性が彼女を引き止める。…彼は犯罪者よ。私が、捕まえなくちゃいけない人間なのよ。


「…刑事になるために、頑張って来たんだろ?」山川が囁く。

「じゃ、諦めんなよ。またやり直せるチャンスなんだ」


…信じちゃ、ダメ…。


「刑事は、犯人逮捕のために働いてんだろ?俺の情報があれば、逮捕できるかも知れないじゃん」


ヨーコの頬を、また涙が流れた。


    私は…


涙は、次から次へと溢れては頬を伝う。

その雫が、ザザのフレアスカートに染みをつける。



日がフッと陰った。

風がサアッと梢を揺らしていく。 



「…わかった」

ヨーコが言った。

はっきりした声だった。

「あんたの申し出、受けるわ」


しん、とした部屋に、その声は染み透った。

山川がニヤリと笑った。

「了解」

彼の手に握られていたピストルは、ミリタリーコートのポケットに消えた。


穏やかに、風が吹きすぎる。



「そのかわり」

山川が人差し指がピンと立てられる。

「今回は、俺を逮捕すんなよ」


「エ?」

ヨーコが、泣きながらきょとんとした。

「どういうこと?」

「だからあ。ひったくりとか住居侵入とか、今回のことでは俺を逮捕すんなって言ってんの。

取り引きなんだから、お互いに協力しあわなきゃおかしいだろ??」

山川は、さも当たり前のことのように喋った。

「そんなこと…!」

ギシッ!という音と共に、ヨーコがベッドから飛び上がる。

「そんなこと、出来るわけないでしょ!!犯罪者を見逃すっていうの!?」山川の視線が冷たいものに変わる。

「できないの?」

「当たり前でしょう!!」ヨーコは怒って怒鳴った。「協力してくれるのは有難いけど、私はあんたには協力しないわ!」

「じゃあ、俺も協力しないよ」

しゃあしゃあと山川が言った。

そのままベッドに寝転がる。

「ま、それはそれで良いけど。

俺は今すぐここから逃げられるし、お前が刑事辞めようが何だろうが、俺には関係ないし」

「そん…なっ…」

「どうすんの?」

だるそうに青年が欠伸した。

「協力して欲しいの?ほしくないの?」


ヨーコは怒りに震えて、もう涙も出ない。

もういい。

もういい!!

「協力なんかいらない!」轟くような大声だった。



ギシッ!!

ベッドが大きな音を立てるた。

山川が急に立ち上がったのだ。

「あ!」

気付いたヨーコは、慌てて彼の腕を掴もうとした。

が、遅かった。

山川の体は、逆上がりでもするかのように回転し、軽々と窓に着地した。

一拍遅れて、ヨーコが窓枠にたどり着く。

山川は既にベランダの柵を跨いで、乗り越えようというところだ。

ヨーコがベランダに出ようと、窓枠を跨いだ、その時。  

「おい」

山川が声をかけた。

「気を付けろよ。スカートの中、丸見えだぞ」


「!!」

慌てて手でスカートを押さえる。

そのスキに、山川はベランダから飛び降りた。

ザザのアパートは二階。

すぐ下を、人気の無い通りが走っている。

山川にとっては好都合だ。「それからぁ!」

ベランダの柵に走りついたヨーコをからかうように、山川が叫んだ。

「その服、小さいんじゃね?裂けそうだぜー!!」

「何ですってぇ!?」

ヨーコが憤慨して地団駄を踏むのを見届けると、山川は走り去った。

軽快なステップで…



「…はぁ…」

ヨーコはぐったりとベランダにもたれた。

何だか、どうしようもない虚脱感が彼女を襲っている。


『俺はあなたを救える』

まだ、その甘美な響きが耳に残っている。

でも。

これで良かったのだ。

ミスの埋め合わせは出来なくても。

…少なくとも、私は、刑事としての誇りだけは守ることができた…。


太陽が雲の影から現れたらしい。

再び、さんさんと日が照りつけ始めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ