9───────────本町署、始動
犯行が予告された当日を迎えた。
まだ夜も明けない午前3時。
病院の周辺を、かなりの数のパトカーが取り囲み始めた。どの車両も、一見普通のどこにでもある一般車に見える。しかし、中に乗っているのは私服を着た警官たちだ。
犯人に悟られないよう、警官たちは一般人のふりをしている。
一方、何台もの救急車がひっきりなしに病院を出入りしていた。できるだけ多くの患者を、安全な病院に搬送するためだ。
他の病院には、あまりベッドの空きはない。何しろ、救急患者の「たらい回し」が頻発するご時世だ。しかし、「犯人を捕まえるまで」という期限を条件としたところ、患者の受け入れを何とか承諾してくれる病院もあった。
殆どの患者は移送先が決められ、ある程度回復している患者は、一時帰宅してもらうことになった。
こうして病院には、移送することもままならないような重体患者のみが残されたのだ。
刑事たちの役目は、これらの患者を守り切ること。そして、被疑者を犯行の前に捕まえることだ。
「桐原さんと角川くんは、ここに張り込んでちょうだい」
刑事たちをエントランスに円形に集め、マドンナが指示し始めた。
「入院患者の家族以外は、一切中に入れちゃダメよ。それから、高橋くんは監視カメラのモニターチェックをお願いね。不審者を見つけたら、すぐ連絡して」
「はい!」
ヨーコ・角川・高橋が返事する。
…─────やった!
角川は、密かにガッツポーズをした。
…──桐原さんと一緒の持ち場だ!ラッキーだなぁ!
たったそれだけのことなのに、角川は踊りだしたくなってしまった。
「松田くんと新潮さんは4階、岩波さんは5階に張り込んでね。それぞれの階に4人ずつ、移送できなかった患者がいるわ」
マドンナが指示を進めていく。
「今回の事件では、患者の命を守ることが最優先よ。本町署以外にも応援を要請したわ」
マドンナは言葉を切り、刑事たちの円の外から見守っていた一人の男に目を向けた。
「本庁の、竹内翔さんよ」
刑事たちは、揃ってその男に視線を注ぐ。
すらっとした長身。黒く、糊の効いた上品なスーツ。短めに揃えた黒髪。切れ長の、涼やかな目元…
「あぁっ!」
突然、ヨーコが悲鳴を上げ、飛び上がった。
「どうした?」
岩波が不審そうに彼女を見つめる。
ヨーコは、慌てて首を振った。
「なっ、何でもないです。つい…すみませんっ」
「なんだ、こんな時に」
岩波がイライラとヨーコを睨み付ける。
ヨーコは深呼吸をしながらも、まだ落ち着くことができずにいた。
なぜなら。
紹介されたその男は、知り合いの泥棒───山川圭二に瓜二つだったからだ。