8───────────岩波の謎
「うわっ!危ねぇな、ドアの前なんかに立ちやがって!」
岩波が苛立った声を上げる一方、角川はぶつけた頭を抱えてヨロヨロする。
岩波は石頭だ。ぶつかっても涼しい顔をしている。
「おい角川、何でお前がここにいる」
「マ、マドンナさんに頼まれて…」
角川はズキズキ痛む頭を抱えて呻きながら答えた。
「麗奈が?」
岩波が顔をしかめる。
「…──あいつ、お前に何もかも喋ったのか?」
「え?」
角川は涙目になりながら岩波を見た。
「何もかも、ってどういうことですか?」
しかし、岩波は答えなかった。少し角川から眼を背ける。
「…知らないなら、それでいい」
角川にとっては、何だか腑に落ちない言葉だった。「実はね…」と切り出されたのに「やっぱり何でもないよ」と言われた時の感覚に似ている。
しかし、これ以上追及すると岩波の雷が落ちそうだったので、角川は仕方なく話題を変えた。
「ここに、岩波さんの知り合いが入院してらっしゃるんですか?」
その途端。
ほんの僅かだが、岩波の目蓋が確かにピクッと動いた。
だが、彼は答えず、そのまま角川に背を向けて歩きだす。その歩き方は、どことなく乱暴だ。
「あ!ちょっと待ってくださいよ、岩波さんっ」
慌てて角川が後を追った。どうやら、岩波が病院にいた理由は聞き出せそうにない…。
*
「犯行予告…?」
角川の報告を受け、岩波は顔をしかめた。
「随分と大胆なことをするヤツがいるもんだな」
「まったくです」
シロップをたっぷり入れたアイスティーを啜りながら、角川が頷く。
ここは、病院内のカフェテリアだ。ガラス張りの窓から、さんさんと陽光が降り注いでくる。
岩波は仏頂面のままエスプレッソをグイッと飲んだ。そして、再び口を開く。
「…つまり…万が一に備えて患者を移動させた方がいい、と言いたいんだな?」
「はい。その通りです」
角川が頷く。
「マドンナさんも、そう言ってました」
「だがな、それはムリだぜ」
岩波はにべもなく言った。
「え…な、なんで…ですか?」
角川は眼をパチクリさせながら上司を見る。患者を救う最善策だというのに、どうして否定されなければならないのだろうか。
「バーカ。考えが単純すぎるんだよっ」
岩波はふうっと息をつく。
「患者の中にはな、生命維持装置で生きてるヤツもいるんだよ。それを一朝一夕で安全に外して、他の病院に移すなんて不可能だ」
「は…はぁ」
角川は再び瞬きした。岩波の言葉に、妙な熱っぽさを感じたのだ。だが、それは気のせいだったかもしれない。
岩波が静かに続けた。
「俺たちにできることは…犯行の前に、被疑者を捕まえることだ」