7───────────角川の憂鬱
吉祥寺本町総合病院。
最先端の医療技術を取り入れた、都内でも有数の大病院だ。
6階建ての建物で、3階部分までが全面的にガラス張りになっている。そのモダンな外観は、テレビドラマの撮影にも何度か用いられた。
今、その病院に向かってトボトボと歩く男がいる。中肉中背で、いかにも真面目そうな雰囲気を漂わせているのだが、メガネが僅かに傾き、背中も少し曲がり気味だ。
「はーぁ…」
その男───角川は、深い深いため息をついた。
火災が起きたとき。ヨーコを守りたかったのに、逆に足を引っ張ってしまった…。
その思いが、彼をションボリとさせる。
…────桐原さんは、私のことをどう思っただろうな────…
考えれば考えるほど、自分が情けなく感じられた。しかし、いつまでも憂鬱な気分でいる訳にはいかない。角川は、「犯行予告」の内容を病院に伝えるためにやってきたのだから。
病院のエントランスへと足を進める。
そこは、空港を連想させるような、解放感溢れる巨大なフロアだった。看護師や医者が忙しそうに行き交い、点滴を刺した患者達がのどかに談笑している。
生死の境を彷徨う急患も受け入れている救急病院だが、昼下がりの穏やかな空気が満ちていた。
角川はマドンナに教えられたとおり、エレベーターで真っすぐ五階に向かう。その一室に岩波がいる、と言われたのだ。病院内なので携帯の電源は切っているだろう、ということで角川が出向くことになった。
「岩波さん、体調でも悪いのかな?…いや、それはないか」
誰もいないエレベーターの中で、角川は呟いた。いつも現場にいる鬼上司・岩波が、病院にいるとは珍しい。それに、彼は体調を崩すような男ではなかった。
「ってことは…誰かのお見舞い、かな?」
エレベーターが緩やかに止まり、ゆっくりと扉が左右に開く。
五階に降り立った角川は、病室が等間隔で並ぶ廊下をキョロキョロと見回した。マドンナに渡されたメモを頼りに、一番奥のドアまで歩いていく。
509号室。
その部屋の前まで来た時、突然中から岩波の低い声がした。角川は、ドアに伸ばしかけていた手をピクッと止め、思わず立ちすくむ。
「じゃあな。…また明日にでも来るから。待ってろよ」
岩波の声は、ぶっきらぼうだが、とても穏やかだった。いつもの怒鳴りっぱなしの彼とは全く違う。今の声には、どこか優しさが滲み出ていた。
…────岩波さん!?
角川は驚きに口をポカンと開ける。だから、病室内から岩波本人が出てきた時、反応が遅れた。
ゴツッ!
角川は、思いっきり岩波と正面衝突してしまったのだ。